第38話 アナザー・アナザフェイト

 その夜、かっぱっぱは夢を見た。


 マーズタコ湖の水面から一匹の子ガッパがぷはーっと顔を出し、岸へ這い上がってきて、ひとりぽつんと座っている。

 昔は〈体操座り〉といったものだが現代では〈おやま座り〉ともよばれる、あの、膝を抱えて座るやつだ。あの座り方はつい背中が丸くなって頭がうつむいて、なんかいじけた感じに見えるのだ。


 こないだからの文脈からしてこの子ガッパはおそらく、かっぱっぱのアナザフェイトだ。

 かっぱっぱはこの子に声をかけてみた。

『ねえキミ。もしかしてキミはぼく?』


 お返事がない。


 よく見ると、子ガッパは首から認証票をぶら下げている。

〈個体識別番号〉として一五桁くらいの数字と、〈分類 K〉と書いてある。

 かっぱっぱはそれを見て、数字はどうせ本人も憶えてないだろうから数字はとばして、

『Kちゃん?』

 と呼び直してみた。


 子ガッパは顔を上げてかっぱっぱの姿を確かめると、紙にサインペンでなにやら書いて示して見せた。

〈ギリシャ語で発音してください〉

『?』


〈どうしよう。ギリシャ語なんて知らないぞ。・・・ぴっちぃちゃんならわかるかな・・・?〉

『あの、ちょっと待ってて。友だちを連れてくるから。ここにいてね』

 かっぱっぱはジェスチャーを交えて子ガッパにそう言うと、急いでテントへ駆け戻り、ぴっちぃを連れてきた。


 ぴっちぃは、子ガッパの認証票と指示書を読み、それから、優しく声をかけた。

カッパちゃん』


『はい』

 やっとお返事してくれた。手間のかかるやつだ。


 なんでもカッパちゃんは、思ったとおり、かっぱっぱのアナザフェイトであるが、かっぱっぱ専属ではなく、全カッパ族の子どものアナザフェイトを掛け持ちしているらしい。アナザフェイトさんたちも結構忙しいのだ。

 かっぱっぱの運命に関しては、大量生産されて各地のファンシーショップに出荷されたものの売れ残り、新商品が出たら棚がごっそり入れ替えになって、廃棄処分されてしまった、という惨めな運命を担っているという。なんだかミもフタもないアナザフェイトだ。


 で、なぜ今夜かっぱっぱの夢に出てきたかというと、このカッパちゃんは、掛け持ちでアナザフェイトを務める実在カッパ族の、ある兄妹に関する課題をかかえており、同胞としてかっぱっぱに助けを求めにきたというのだ。


『かっぱっぱちゃんたちが旅をしていると聞いたので、お時間があったらぜひ、その子ガッパたちの力になってあげてほしいと思い、湖の底からやって来ました』


『カッパ族の仲間がいるんだね。その兄妹はどこにいるの?』

『マキュリデバ高原』

『・・・って、どこ?』

『そんなに遠くはないよ。三プラネッツ先のところだから。もーにちゃんの地図にその子たちの住所とお名前を書いておくから』


『それくらいなら行ってあげてもいいけど・・・どうする? ぴっちぃちゃん』

『旅のついでだから行こうよ。アナザフェイトに出会う夢なんて、きっと意味のある大事な夢だよ。これも何かの縁かもしれないし』

 ぴっちぃは素直にカッパちゃんのお願いをきいてあげるつもりらしい。


 かっぱっぱは、カッパちゃんがとても幼くて、発言に責任を持てるのだろうか、という疑問と、自分たちも、そのカッパ族の子に責任を持てるだろうか、という不安を感じて、ちょっとためらってしまう。

〈ぼくたちは力になれるんだろうか・・・〉


『あのー、かっぱっぱちゃん。何もタダで行ってくれとは言わないよ。お礼はするよ。ほら、これをあげる。前払いだよ』

 カッパちゃんが差し出したのは小さな石ころひとつだ。カッパちゃんはまだ子どもだから、こんな石ころでも大切な宝物なのだろう。いじらしいではないか。


『その石は、キミの宝物?』

『ううん。全然』

『・・・』

『さっき湖の底から拾ってきたんだ』


 ぴっちぃがかっぱっぱをツンツンしてささやく。

『(ねえ、かっぱっぱ。小さな子が〈あげる〉っていうモノは、〈ありがとう〉って、一応もらっとけばいいんだよ。おままごとみたいなものさ)」

『(わかったよ)』

 かっぱっぱは、おままごとの石を差し出す小さいカッパちゃんをいとおしく思い、手のひらを出した。


カッパちゃん、ありがとう。かわいい石だね』

『はい、どうぞ。それはみなさんのママのアナザフェイトの結晶だよ』

『えっ?』


 石ころをかっぱっぱの手に渡すと、カッパちゃんはひゅるっと身を翻して湖の中へ消えていった。忙しそうだ。



 朝、目が覚めると、なんとかっぱっぱの手の中に、本当に小さな石ころが握られている。

 不思議な夢だった。みんなに話すと、

「それは夢のお告げというものにちがいない」

 ということで意見がまとまった。

 もーにの地図には、ここからマキュリデバ高原への道順と〈ディコンくん、テイラちゃん〉というお名前と住所が記されている。


「行こう! マキュリデバ高原へ!」

 さっそく出発の支度だ。


 かっぱっぱが石ころをリュックに入れようとしてふと見ると、石ころに点々と汚れがついている。

 で、拭こうとして気がついた。汚れだと思ったのは小さい小さい文字だ。

〈はずれ〉

 と書いてある。

「なに?」


 みんなは石ころを囲んでまた考えた。


 どういう意味だ? ぼくたちは〈はずれ〉を摑まされたのか? あのカッパちゃんはふざけたやつだったのか?

 かっぱっぱは、出会ったときのカッパちゃんのように、膝を抱えてうなだれてしまう。


 しばらく考えていたが、ついにぴっちぃが結論を下した。

「〈はずれ〉でいいんだよ」

「へ?」

「だって、生きられなかったもうひとつの運命のほうが〈あたり〉だったら悔しいじゃないか」

「おーっ! そうか!」

 そういうことなんだ。みんなの顔がぱっと明るくなる。


「だから、アナザフェイトは〈はずれ〉でいいんだよ」

「そうだね」

 元気を取り戻して立ち上がるみんな。


 ぺんがぽつりとつぶやいた。

「こんな細字のペンがあるんだ・・」

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