第37話 ちょっぴりホームシック
マーズタコ湖の空に月が出た。今夜は満月だ。ふるさとのテッラの山に出でし月かも。
ぴっちぃたちは外へ出てお月見をする。ススキのような草はそのへんから適当に抜いてきたが、お団子がないのは寂しい。
山の際から出てきてぽっかりと浮かぶでっかいお月さまを眺めながら、かっぱっぱは、おにいちゃんが描いてくれた絵を思い出している。
天体望遠鏡と、三宝に盛られたお団子と、かっぱっぱが並んで描かれた絵。〈かっぱっぱがお月見をしているところ〉だそうだ。
望遠鏡をのぞくかっぱっぱの目は拡大して描かれ、ほっぺにはピンク色のぐるぐるナルトがついている。
ママはその絵を気に入って、冷蔵庫の横に磁石で貼りつけ、お皿を洗う時にちらっと見て笑ったりする。
かっぱっぱは実際、天体望遠鏡で月を見せてもらったことがあるのだ。半月くらいだと、クレーターの影がちょっとキモチワルイけど、満月だと影は目立たなくなる。
今夜のお月さまも、あのとき見ていたのと同じお月さまだけど、肉眼で見ると、もっとすべすべしたきれいなお肌に見える。リアルすぎなくていい。
かっぱっぱは、おにいちゃんとお団子を恋しく思う。
湖のおさかながぽしゃっと跳ねて波紋が広がり、ぴっちぃはおにいちゃんたちがもっと小さかった頃の、とある〈おさかな事件〉を思い出した。
ちびにいちゃんが持っていたおもちゃのおさかなは、プラスチック製で、お風呂にも入れてもらってる。大きくてまん丸なおめめはシール。毎日お風呂に入れられるから、糊が溶けてきて、とうとうシールが剥がれてしまった。
『あー、めぇがないー、かわいそうになあ』
ちびにいちゃんは失明したおさかなを憐れんだ。そしたらおにいちゃんがマジックでおさかなに目を描いてくれた。
おにいちゃんが描いた目はテン目で、おさかなはすっかり人相(魚相)が変わってしまったけれど、またおめめがついて、ちびにいちゃんはうれしかった。おさかなのほうも、すっかり別人(別魚)のような顔になってしまったけれど、とりあえずまた目をつけてもらえてほっとした。
おにいちゃんが光を取り戻してくれたのだ。おにいちゃんの絵には癒しのパワーがある。
ぺんはお月さまを見ながら、ちびにいちゃんたちとお月見をしたことや、お団子を分けてもらったことなどを思い出している。
ちびにいちゃんもよく絵を描いてくれる。ほとんどはおにいちゃんの真似で、細かいところまでいちいち対応していることもある。
二人の画風は違うけれども、癒しのパワーがあることではよく似ている。
ちびにいちゃんの描くぺんは、いつも笑っている。おめめがいつもとても幸せそうなのだ。実物より足をちょっとだけ長く描いてくれることもあって、そんなときぺんは、自分がちょっぴりオトナになったような気がして、それも嬉しい。
ぺんの体をパパの肩から腕や胸にころころ転がしながら、ピタゴラ装置のメロディーを歌うちびにいちゃん。おやつを食べるときは、ぺんや仲間たち、何十体ものポケモンゆびにんぎょうを自分のまわりにずら~りぐるりと並べて、みんなにおやつを分けてくれるちびにいちゃん。
ぺんも、ちびにいちゃんとあのお団子を恋しく思う。
「ところで、今まで聞きそびれてたんだけど、もーにちゃんはなぜあのとき、ぼくたちのところへ現われたの? どうしてあの家の場所がわかったの? そして、本当はどこに誰と住んでいるの?」
ぴっちぃがぼそぼそ尋ねると、もーには少しばかり困惑した様子で、一瞬ちょっと目線が宙を泳ぎ、口をつぐんだ。
「あ、ごめん。話したくなければ無理に話さなくていいんだ、もーにちゃん。余計なこときいて悪かったよ」
「あのね、ぴっちぃちゃん」
「うん?」
「あたしはね」
「うん」
「あたしにはね・・」
「うん」
「ひとつずつ質問してくれる?」
「へ?」
「いっぺんにたくさん訊かないでくれる?」
「・・」
「ふたつ以上言われると最初のから忘れちゃうから」
そうだったのか。混乱したのか。意外とシンプルな子だ。平面だもんな。
「じゃあまず、もーにちゃん出現の謎その一。ぼくたちのおうちの寝室へやってきた理由を教えて」
「リビングに誰もいなかったからよ。もう寝てるのかなって思って」
「そうじゃなくて、そもそもどういう事情があってあの家に来たわけ?」
「頼まれたからよ」
「誰から?」
「じじさま」
「えっ? じじさまと連絡が取れるの?」
「だって一緒に住んでるんだもん」
「へぇぇぇ! そうなんだ。いいなあ。・・・ってことは、もーにちゃん出現の謎その二をとばして、その三の半分が解けたわけだ。残りの半分。じじさまと一緒にどこに住んでいるの?」
「あの世。決まってんじゃん」
「・・・・こっちが混乱してきた。この問題は当面保留としよう。では謎その二。あの家の場所がわかったのはなぜ?」
「ジュピ田さんに電話して聞いたの」
「ジュピ田さんとも付き合いがあるの?」
「うん」
「『うん』ってそんなに軽く言うなよ。ジュピ田さんの電話番号を知ってるんだね。ジュピ田さんってあの世とも交信できるのか。すごいなぁ。・・・・待てよ。その電話ってNTT?」
「ううん。KDDI」
「・・・なんであの世と電話回線が繋がってるんだよ」
「線は繋がってないわよ。ケータイだもん」
「・・・・深く考えるのはよそう。余計な混乱を招くだけだ」
「じじさまってだあれ?」
ぺんが横から訊いた。
「じじさまっていうのはね、ママのお父さんだった人で、何年も前に亡くなったんだよ。おにいちゃんがまだ赤ちゃんの頃だったかな。今でもあの世にいるんだね」
「あたりまえじゃん。この世からいなくなったら、いつまでもあの世にいるのよ。あたしのほうがずいぶん先に行ってたけどね、じじさまが来てくれたときは嬉しかったわ。だってあたしもじじさまが大好きだったもの」
「あの世でじじさまとどんなふうに暮らしているの?」
「結構ヒマよ。あたしはいつもだいたい、じじさまのお膝に抱かれているわ。じじさまも、あたしの角を触ると気持ちいいんだって」
「ふふっ。ママとおんなじだね。じじさまは元気?」
「ええ、元気よ。死んでるけど」
「あそっか」
「あの世ライフを楽しんでるわ。『酒はうまいしネエちゃんはきれいだ』って」
かっぱっぱも身を乗り出して尋ねた。
「ねえ、もーにちゃん。もーにちゃんは、赤ちゃんの頃のママを知ってるんでしょ? ママってどんな赤ちゃんだったの?」
「そうねぇ。よく寝る子だったわ。出かける用事がなければ一日中でも寝てる赤ちゃんだったわね」
「・・・いまもおんなじだ・・・」
ぴっちぃも曰く、
「でもって、一年生になってもおねしょしてたよ」
「・・・ちびにいちゃんとおんなじだ・・・」
今ではあの世ライフをエンジョイしているじじさまにも若いときがあって、じじさまがこしらえた赤ちゃんがママで、ママが大人になって赤ちゃんを産んで、その赤ちゃんがおにいちゃんたちで、その間に関与したのがパパで、パパにも赤ちゃんのときがあったのだ。この世の営みはどこまでも続くのだなぁ。
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