第36話 アナザフェイトちゃん(2)
「ところで、お母さん。こんな湖畔の宿で感傷に浸っているところ、追い討ちをかけるようで申し訳ないのですが、愛する人を亡くした悲しみはいつまで経っても癒えませんよ」
「べつにそんな早急に癒したいなんて思ってないわ」
「これからの人生のなかで、いろんな幸福を与えられても、良いときでも悪いときでも、ちょっとした瞬間に、お父さんを恋しく思う気持ちが溢れてきて、改めて悲しくなることもあるでしょう。
どんなに仕方のない寿命だったとしても、何年経っても、悲しいものは悲しいのです。だって、死んじゃった人はもう生き返らないのですから」
「ねえ、アナザフェイトn番ちゃん、そんなにはっきり言うなよ。見ろ、ロージーさん泣いちゃったじゃないか」
「そうよ。ロージーさんを慰めるために出てきたんじゃなかったの?」
「すみません。そうでした。えーっと、なんだっけ? ・・・そうそう、一方、時間が経てば忘れることもあります。特に、好きな人の場合は、実際にはやな奴だと思ってしまう出来事があったとしても、そういうのは不思議と都合よく忘れちゃったりするものです。
で、だんだんと、故人の人格や容貌までもが、遺された人のイメージのなかで美化されていく。極端な場合は神格化されてしまう。神様にされて神社に祀られちゃった人もいます。もっとも、神社の場合は祟りを回避するための鎮魂目的もありますが」
「ちんこ・ん?」
「区切らないように。都合の悪い部分を忘れちゃって勝手に美化してしまう。これこそ忘却の真骨頂です。遺された人が、故人に
「ちょっとはまともなことも言うんだね」
「アナザフェイトn番ちゃんは、フォーチュンドリャさんのことをどう思っているの?」
「優柔不断で」
「それはさっき聞いた」
「案外冷静な人でした。優れた功績は残さなかったけれど、これといった汚点も残さなかった。影が薄いといえば薄い。控えめな態度と笑顔がいじらしいというか・・」
「それって褒めてるの?」
「・・・・・・誇りに思います。あのお父さんの子であることを」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・あのね、アナザフェイトn番ちゃん。もしできれば、一度だけ、あなたを抱っこさせてもらっていいかしら?」
「ロージーさん・・・」
「フォーチュンと私の子を、一度だけでいいから、抱っこしてみたいの」
「いいですよ」
アナザフェイトn番ちゃんは、ロージーの腕のなかへすーっと入ってきて丸くなる。
「サービスしましょう」
と言い、ちょうど新生児くらいの大きさと重さと柔らかさと温かさになり、ロージーに抱っこされる。
我が子を抱き締めるロージー。まるで本当のお母さんみたいだ。
「・・・なんだか、本当に、フォーチュンが私のなかに、かけがえのない宝物を置いていってくれたような気がする・・・」
きっとフォーチュンドリャさんは、ロージーさんを心から愛していたのだな、とみんなは思う。ロージーさんも、フォーチュンドリャさんを愛しているのだ。
なんだかちょっぴり不器用な二人だ。
マーズタコ湖に薄く靄がかかりはじめた。もうすぐ夜明けだ。
「無数にある可能性のなかで、ただ一つだけ、本当に生きられた運命は、めぐり合わせの組み合わせによってもたらされた奇跡です」
「・・・奇跡、か・・・」
「アナザフェイトn番ちゃん、抱っこさせてくれてありがとう。あなたのこと、忘れないわ。悲しみは消えなくてもいいわ。悲しみと一緒に、大切なものも授かったような気がするから。フォーチュンと私との間に生まれた大切な何かをね」
「ところで、〈もうひとつの運命〉のアナザフェイトさんたちって、こんなふうにちょくちょく現われるものなの?」
「いいえ。現実世界にはふつう現われませんよ。夢の世界にはたまに現われます」
「じゃあ、今日はなぜ?」
「特別サービスです」
「?」「?」「?」「?」「?」
なんだこいつ?
「ではごきげんよう」
と手を振り、アナザフェイトn番ちゃんは湖の底へ帰って行った。白い小さな波紋に新しい朝の光がきらりと輝いた。
徹夜明けのみんなは早朝から莫睡して、午後には気持ちよく目が覚めた。ロージーさんの休暇も終わりだ。
ぴっちぃたちは旅を続けるから、ロージーさんとはここでさよならすることにした。
かっぱっぱとぺんは、ロージーさんが元気になりますようにと祈りを込めて、お絵描きをした。
マーズタコ湖を背景に、天国のフォーチュンドリャさんとシャバのロージーさんが仲良く手をつないで笑っている。二人の間には、かわいいアナザフェイトn番ちゃん。
ポセドン先生やネプチュン鳥さんたちや、それからぼくたちもみんな、ロージーさんが幸せになれるよう、応援しているよ。
ぴっちぃ直筆の書き込みは、
〈愛は界境を越える ロージーさん、素敵な人生を!〉
ロージーさんがネプチュン鳥島へ帰った後、ぴっちぃたちは、昔ロージーさんとフォーチュンドリャさんがま
「パパとママにも、〈もうひとつの運命〉ってあるはずだよね」
「そりゃ誰にでもあるさ。生きられた運命以外はみんな〈もうひとつの運命〉だって言ってたから」
「それにしても、あのn番ちゃんは理屈っぽかったわね」
みんなは、アナザフェイトn番ちゃんと遭遇してから、この湖のなかに、イヤシノタマノカケラを見つける手がかりもあるような気がしている。
無数の〈生きられなかった運命〉が沈んでいるマーズタコ湖。
今のママにとって、一番意味のあるアナザフェイトってどんなのだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます