第35話 アナザフェイトちゃん(1)

 こんな話を、ロージーは思い出のマーズタコ湖のほとりで、ぬいぐるみたちに訥々と語って聞かせた。子どもにはわからない部分は適当にごまかしておく。

 

 いつの間にか夜も更けていた。


 みんながしんみりロージーさんとフォーチュンドリャさんの純愛(?)物語を聞いていたところ、湖面のさざなみのひとつがひゅるひゅるっと波立ち、小さな水柱が立ったかと思うと、白い影が現われて、こちらへすーっと近づいてきた。


「なにあれ? 幽霊?」

 気味が悪くなってみんなは肩を寄せ合う。


「こんばんわぁ、みなさん。聞こえましたよぉ『なにあれ、幽霊』って。だいじょうぶ。わたしは幽霊ではありませんから、ご安心ください」


「あ、あ、あなたは・・・だれ?」

「わたしはアナザフェイトです」

「アナザフェイトちゃん? かわいい名前だね」

「個人名ではありません。アナザフェイトは総称です。個体識別番号は他にあります」

「・・・ではきみは何番?」

「忘れました」

「・・・・・」

「なにしろ通し番号で何十兆にもなるので、桁数が多すぎて憶えられないのです」


「な、なにしに来たの?」

「お母さんが悲しんでいる様子なので慰めに来ました」

「へ?」

「おかあさん、って?」

「それわぁ、ロージーさんっ。あなたですっ!」

「へ? ・・・あ、あたし?」

 ロージーの声がひっくり返った。

「はい」


「お、おとうさん、は?」

「フォーチュンドリャさんです」


 ・・・ロージーを一瞥するぴっちぃ・・・。

「もしかして、ロージーさんたちって・・・」


「ごっ、誤解よ、ぴっちぃちゃん。いまひょっとして私が堕胎でもしたかと思ったでしょ? 絶対違うわ。妊娠しなかったもの」

 ほんとかなー?


「早合点はご無用。受胎して生きられなかった命は別の場所へ行きます。そこは〈もうひとつの祝福の泉〉です。

 ここは〈ANOTHER FATE〉すなわち、〈もうひとつの運命〉の湖なのです。

 この湖の底には、生きられなかった運命たちがたくさん沈んでいます。だから正式にはTHE OTHER FATESと複数形なのですが、ONE OF THE OTHER FATESと名乗ると字数が多くてややこしいので、我々はふつう単数形で呼びます。

 生きられた運命はただひとつ。それ以外はすべて生きられなかった運命です。現実以外のすべての可能性がこれに含まれます」


「可能性、ってことは、もしかしたら、ロージーさんとフォーチュンさんが結婚して子どもがいる、という可能性もあったかもしれないから?」

「そうです。あの時、そこの木の根元でお父さんとお母さんがま××ピーった時、わたしは可能性として成ったわけですが、つまり例えばその後、学生結婚かあるいは大学を中退してできちゃった婚をして、子どもは可愛いけれどビンボー暮らしで生活が大変、それで、お母さんはすっかりオバサン化し、見た目も根性も浅ましくなってお肌もボロボロ・・」


「ちょっ、ちょっと待ってよ、そんな勝手な想像。それならいくらでも架空のお話をでっちあげることができるでしょ?」

「想像は自由ですよ。無限です」

「で、何が言いたいの?」


「お父さんはまったく優柔不断な人だった」

「それはわかってるわよ」

「健康に自信がないから結婚しないというのであれば、もっともっと早くにきっぱりと別れてあげればよかったのです。そのほうがお母さんもさっさと次の彼氏を見つけられて、こんな三十のオバサンになるまで独身じゃなくて済んだかもしれない」

「悪かったわね、こんな三十のオバサンで」


「第三大の町あたりの大都会へ出てもっと頑丈なエリートの金持ち男と結婚して可愛い赤ちゃんを産んで、今頃幼稚園のお受験に奔走して・・」

「はいはい。想像は自由でいいわね」

「お母さんをこんな三十のオバサンになるまで」

「二度も言うな」

「煮えきらず中途半端に放置してしまったのはお父さんが悪い」


「まあ私のほうも、付かず離れずの関係も結構心地良かったから、漫然と待っていただけなのよね」

「待ち過ぎです」

「・・・・・・」

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