第33話 一度だけの・・・

 その日はそれぞれゼミが終わったあと待ち合わせをして、いつものようにマーズタコ湖のほとりをぶらぶら歩き、いつもの木の袂に腰をおろして、日が落ちたあとの湖のさざなみを眺めていた。

 二人の仲が全然進展しなくて、ロージーはそろそろしびれを切らしていた。散歩でもしようと言ったらほんとに散歩だけなのだ。


〈こんな夕暮れの静かな湖畔を二人っきりで、何度も一緒に歩いたのに、手も繋がないなんて。いったいどういうつもりなのかしら。今日こそフォーチュンの気持ちを確かめなくちゃ〉


 そう決心したロージーは、並んで座っているフォーチュンに寄り掛かってみた。

 フォーチュンはロージーの肩に手をまわし、そっと抱き寄せる。

〈いい感じ。なんかドキドキしてきた。こうなれば次はやっぱりあれよね〉

 フォーチュンの頬が近づいて・・・・・あれ? 来ない。

〈ん?〉

 ちらっと横目で見ると、フォーチュンは変わらず湖面を見つめたままだ。全然迫ってくる気配がない。


〈もしかしてフォーチュンには他に好きな子がいるのかしら? 付き合ってる人はいないと思うんだけど。女の子とのツーショットを見たことがないもの。友達はたくさんいるけどみんな男。でもってみんなに可愛がられてるみたいだけど・・・

 あーひょっとしてそっちのほうの趣味? えーどうしよう。人は見かけによらないものね。いや、こういうタイプの子ってやっぱりそうゆうタイプなの?

 ・・・なんか混乱してきた。とにかく今日こそ確認するのよ、フォーチュンに。私のこと好きかどうかって。そうよ、言葉に出して言わなきゃわかんないわ〉


「ね、フォーチュン」

「ん?」

「抱いて」

〈えーっ! なんてこと言うの! そのまんまじゃん。ストレートすぎるわ。あーもう私ったらドジ。フォーチュンどう思ったかしら・・〉

 フォーチュンは肩にかけた手に力を足してロージーをぐっと抱き寄せた。


〈えーっ! 字義どーり? ますます混乱しちゃうじゃない。どういうつもりよ。ええいもうこうなったらいくしかないわ! 私のほうから迫ってやる。強姦しちゃうんだから!〉

 ロージーは自分から顔を寄せ、フォーチュンの唇を奪った。

〈これでどう? 私のほうは意思表示しちゃったわよ。でもきっと素っ気なく離されるわね〉


 と思っていたら、フォーチュンはロージーに深いキスを返してくれた。まるでおしゃべりな心の中の独り言が口を塞がれたみたいだ。

 で、ここまできたら、ついでといってはナンだが、いけるところまで前進してみよう、ってことで、ロージーは自分のブラウスのボタンをはずし始め、途中からはフォーチュンがはずしてくれて、フォーチュンのシャツはロージーが脱がせて・・・。

 胸をくっつけ合い、フォーチュンの息がロージーの身体のそこここにかかり、二人はぐぐぐっと愛し合ったのだ。



 ところが、それっきりだった。

 次の日からも、相変わらず誘うのは五回のうち三回くらいはロージーのほうだし、キャンパスで朝会ったら『おはよ』と声をかけ、お昼に会ったら一緒にランチして、午後に会ったら一緒にお茶して、これまでとなにも変わりない。


 まあそもそも、男女の仲なんて、さあ今からお付き合いをいたしましょう、よういスタート、ってな具合に始めるのもヘンだし、何をもって付き合っていると見做すか、正式な決まりがあるわけでもない。でもって、仮に付き合っているとすればそれがどうしたというのだ。


 そんなふうに考えていくと、ロージーは、はっきりした証拠みたいなのを求めていた自分がアホらしくなってきて、別に定義なんてどうでもいいじゃないか、少なくとも同郷の友人として、清らかな友達付き合いを続けてきたのだからこのままでもいいじゃないか、と考えるようになった。


 ただ、そうなるとあのときの湖畔での事実の説明がつかなくなるのだが、あれは自分から強引にけしかけていったことだし、相手の本能を刺激して反応させてしまって、むしろ気の毒なことをした。

〈でも、たしかにあのときフォーチュンはとても優しかったし、愛してもらってると感じることができた瞬間だったんだけどな〉


 若いもんはこういうところが青いのだ。

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