第31話 命の摂理とは
フォーチュンドリャの棺に満杯のビイル薔薇の花を入れ、葬儀を終えたその足で、アルチュンドリャはポセドン先生に付き添われて警察に出頭した。
捜査は棚上げになっていたものの、まだ時効が成立していない贈賄と、社会に飲バラを広めてしまった罪は重い。
お葬式の後、ぴっちぃたちは丘の上のテントへ戻ってしょんぼりしていた。
ぺんは疲れて眠ってしまい、もーにが優しくぺんに掛かってあげる。
ぴっちぃとかっぱっぱはテントの前に座り、アルチュンさんとフォーチュンさんの運命に思いを巡らせる。
「ねえ、ぴっちぃちゃん。人間ってほんとに死んじゃうんだね」
「人間だけじゃないよ。生きてるものはみんなそうだよ。命あるものはいつかは死ななくてはならないんだよ」
「おにいちゃんたちも?」
「そうさ。普通の順番ではまだまだのはずだけれどもね」
「パパやママのほうが先に?」
「その前におじいちゃんやおばあちゃんかな」
「ぼくたちは?」
「・・・ぼくたちには・・・」
ぴっちぃは、かっぱっぱの背中を優しく撫でながら、一息おいてぽつりと言う。
「・・・命はないんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「ぼくたちぬいぐるみには、実体があって、こんなふうに虚体もできて、魂もある。だけど、ぼくたちには命は与えられていないんだ。だから死ぬこともできない。もっと言えば、最初から生きてはいないのさ。
ぼくたちがご主人さまたちのもうひとつの運命を担うといっても、〈もうひとつの人生を生きる〉わけではないんだ」
「・・・・・」
いつかは死ななくてはならないっていうのは悲しいことだけれど、魂があるのに生きてないっていう創造のされかたも結構辛いものだ。
誰かが丘の小道を上ってくるのが見える。女の人だ。お葬式のときにも見かけた、それから、フォーチュンさんのご臨終のときにも、病院に来ていたお友達の一人だ。
ずいぶん泣いた後みたいで、目のまわりがむくんでいる。
「ぴっちぃちゃん、かっぱっぱちゃん、よね?」
その人が声をかけてきた。
「はい。あなたは、フォーチュンドリャさんのお友達のかたですね。このたびはたいへんご愁傷さまでした」
「ええ・・・」
また泣きそうになるのをこらえるように、その人は唇を噛み、それから、なんとか呼吸を整えた。
「あの、私は村役場に勤務している者で、現村長が村立小学校の先生だった時代の生徒なの。フォーチュンより一学年上で、アルチュン兄さんのことも知っているわ。村長と話し合って、それで、あなたたちに会いに来たのよ」
ぴっちぃたちにご用があるみたいだ。
彼女はロージーさんという人で、フォーチュンさんとは大学も一緒だったそうだ。
ロージーさんがソーラーシステム第四大学の二回生になったとき、新入生のなかに同郷の人がいた。それがフォーチュンドリャさんだった。
村立小学校は生徒数も少ない田舎の学校で、顔と名前と、どこの家の子かくらいはみんなお互い知っている。小学生の頃のフォーチュンは、とてもおとなしく、か弱い子どもで、登下校時はいつも兄がぴったり寄り添っていた。
ロージーは学年も違うし、当時はしゃべったことは一度もなかった。
故郷を離れて暮らしていると、特に新年度が始まる季節にはちょっぴりホームシックにかかったりする。
そんなとき、ロージーは同じ小学校出身のフォーチュンドリャくんを見かけ、声をかけたのだ。
「詳しい話はまたいずれ・・・」
とロージーさんは言う。
どうやらロージーさんとフォーチュンさんの間に何かあったみたいだ。
フォーチュンドリャが亡くなった日の午後、ロージーはポセドン村長に相談し、しばらく休暇をもらうことにした。
〈フォーチュンくんと過ごした第四大の町の、思い出の場所へ行き、気持ちの整理をしたい〉
ということらしい。
ポセドンさんは、自分の現部下で、かつての教え子でもあるロージーの傷心をなんとか癒してやりたくて、休暇を取らせることにしたのだが、なにしろフォーチュンが亡くなってすぐの旅行だ。ロージーが早まったことを考えてはいけないと思い、
『ぴっちぃちゃんたちと一緒に行きなさい』
と勧めたのだ。
話を聞いたぴっちぃとかっぱっぱも、ロージーさんと一緒にいてあげたいと思い、連れて行ってもらうことにした。
「来週出発するわ」
「思い出の場所、ってどこですか?」
「マーズタコ湖」
「タココ?」
「湖よ」
ぺんともーにがお昼寝から覚めると、もーにのナビ地図にマーズタコ市が現われていたが、ここからの道順は書いてなかった。
船と飛行機らしきヘタクソなイラストが浮かび上がっていたから、ジュピ田さんは絵が下手なのだろう、とみんなは思った。
ポセドン村長のアイデアで、ぴっちぃたちは、ネプチュン鳥島村教育委員会が推進するバラ中撲滅キャンペーンのマスコットに起用され、出発前にひと仕事することになった。
ピンク色の真面目で健気なクマさんと、でろんとのどかな子ガッパ、コロコロとまん丸な子ペンギン、ひらひら優雅に空を飛ぶベビー毛布。なかなかカワユイではないか。心を和ませてくれるキャラクターたちだ。
かれらをモデルに撮影されたポスターがたくさん刷られた。
ぴっちぃは今度も、この村の若者達へ向けてキャッチコピーを書き添える。
〈嗅ぐは極楽 飲んだら地獄 ビイル薔薇〉
お土産にビイル薔薇精油を買っていこうとしたら、ポセドン村長がポケットマネーでおごってくださり、アロマ課長のフレグリャさんは、ラベルに赤色マジックで〈飲むな!〉と書いてくださった。
絵葉書のほうは、残念ながらそもそも生産自体されていないが、その代わり、かっぱっぱとぺんが島の風景をスケッチした。ヒナちゃんは、天然ビイル薔薇色素使用のクレヨンで色を塗ってくれた。
ネプチュン鳥の皆さんが協力して作ってくれたポプリもたっぷり。
みんな、本当にどうもありがとう!
だけど、ものすごく悲しい出来事にも遭遇した。
これは、海の神様から教わったとおり、どうしても頑張って耐えなくてはならない試練なのだ。
どんなふうに耐えればいいんだろう? それはフォーチュンドリャさんのご両親にとっても、ロージーさんにとっても同様だ。
翌週、ぴっちぃたちはロージーさんと一緒に、船で丸一日かかって隣の島へ着き、そこの空港から飛行機に乗った。
機内ではぬいぐるみらしく、ロージーさんの手荷物として手提げ袋のなかに入り、もーにもきれいに畳まれて入っている。
でもみんなこっそり顔を出してきょろきょろ・・・。
〈飛行機なんて初めてだ! わーい!〉
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
約半年後、アルチュンドリャの公判は判決言い渡しの日を迎えた。
傍聴席には、アルチュンドリャの仲間や従業員たち、両親、ポセドン村長はじめ村役場の幹部職員たち、それに故フォーチュンドリャの友人たち。
ローカル地方裁判所離島支部刑事部、ハンジー裁判官の声が厳粛に法廷に響き渡る。
「主文 被告人を無期懲役に処する」
続いて判決理由が朗読されるなか、背筋をのばし、唇を真一文字に結んで裁判官の声に聞き入るアルチュンドリャの後ろ姿を、父さんと母さんがじっと見つめる。
息子の最後の姿を瞼の裏に焼き付けようとするかのように。
裁判が終わると、アルチュンドリャは傍聴席に向き直り、深々と頭を下げ、収監されていった。
アルチュンドリャ本人の意向により弁護側は控訴せず、刑は確定する。
半年余りの間に、アルチュンドリャの両親は、二人の息子を見送った。
一人を天国へ。一人を刑務所へ。
どちらも永遠の別れとなった。
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