第28話 祈る(1)
フォーチュンドリャは心拍が乱れ、意識が朦朧としはじめていた。
母親は、もう何にどう祈ればよいのかわからなくなるほど憔悴しきり、フォーチュンドリャの手を握ったまま、なかばうわ言のように囁く。
「がんばって、フォーチュン。・・・なにか欲しいものはない? ・・・そうだわ、花粉ミルクを作ってあげましょうか? 温かい花粉ミルクを飲めば元気になるわ」
息もできないくらい苦しんでいたフォーチュンドリャだったが、『花粉ミルク』と聞くと微かに微笑み、
「兄さんの・・花粉・・・」
声がかすれて最後まで聞き取れなかったが、兄さんの花粉ミルクを思い出したようだ。
それから息も絶え絶えに、
「お父さん、お母さん、ありがとう」
と言うと、まもなく昏睡状態に陥った。
お医者さんは告げた。
「会わせたい人がいたら会わせてあげてください」
ぺんとヒナちゃんはすっ飛んで帰り、ネプチュン鳥のおばさんたちの話をみんなに伝えると、弾かれたようにみんなは立ち上がる。
「ぼくたちがアルチュンドリャさんを弟さんのところへ連れて行こう!」
すぐさまビイル薔薇精油製造株式会社へ行ってみることにした。
受付で取り次いでもらえないのなら、受付を通らなければいい。
情報通のネプチュン鳥さんから社長室の窓を教えてもらい、もーにに乗ったみんなは、空からおじゃまする。
アルチュンドリャ社長はいつものように、昼間からビイル薔薇精油のソーダ割りをちびちびやっていた。
窓をコツコツ叩く音がして、見ると空飛ぶベビー毛布に乗った三体のぬいぐるみと、ネプチュン鳥の若鳥が浮かんで手を振っている。
「ああ今日はまためずらしい幻覚が現われたもんだ。ぬいぐるみちゃんの幻を見るおじさん、ってか・・。ヘンな趣味だな」
社長さんはこっちを見てるのに全然お返事してくれないから、かっぱっぱとぺんは強行突入を考える。
「誰からいく?」
「えー? 痛そうだなぁ」
「強化ガラスだったら割れないよ」
お互い先を譲り合っていたが、ぴっちぃが、
「ちょっと待て」
と言い、窓枠に手をかけると、すーっと開いた。鍵が開いてたみたい。なあんだ。穏当に入れてよかった。
もーにとヒナちゃんは、万が一の場合に備えて窓の傍で待機する。
「こんにちは、社長さん。こんなところからおじゃましてごめんなさい」
ぴっちぃがかっぱっぱとぺんの手をつなぎ、社長席の正面に整列しておじぎをする。
小さい三匹が手をつないで立つ姿に、アルチュンドリャは幼い頃の自分と弟の姿が重なって見えた。
〈まるで本当に目の前にぬいぐるみちゃんがいるみたいだ。えらくリアルな幻覚だな。『こんにちは社長さん、こんなところからおじゃましてごめんなさい』ってご丁寧な幻聴もなかなかリアルだったぞ〉
「あの、アルチュンドリャさんですね。お仕事中失礼します。
とても急いでいるので単刀直入に申しますが、弟さんのフォーチュンドリャさんがご病気で、それで、意識不明のご重体になられています。お医者さんが『会わせたい人がいたら会わせてあげてください』とおっしゃいました。
お願いです。どうか弟さんに会ってあげてください!」
最後のほうはぴっちぃも涙ぐんでしまっていた。
それを聞くや否や、アルチュンドリャの魂から憑き物がずるっと剥がれ落ちたかのように、いっぺんに酔いが醒めた。
「フォーチュンはどこにいるんだ?」
「村立病院のICUです」
「わかった。いや、よくわからんが、ぬいぐるみちゃんたち、とにかく知らせてくれてありがとう」
アルチュンドリャは転がるように社長室を飛び出し、病院へ走った。
歩いてもさほどかからない距離だが、もつれる千鳥足がもどかしくてしょうがない。
空には夕暮れの時が近づいている。
ネプチュン鳥島の夕焼けは絶景だ。
微妙で多彩な雲の筋が織りなす混合ばら色に染まった空と海が繋がって、島一面のビイル薔薇畑とひとつになり、霧に包まれたソフトフォーカスの視界全体が幻想的な世界に変わるのだ。
もつれる足で必死に走るアルチュンドリャの脳裡に、幼い日のある夕暮れの記憶が甦ってくる。
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