第26話 バラ中社長と弟
アルチュンドリャの弟フォーチュンドリャは、三歳年下で、小さい頃から無口な子だった。それに、あまり身体が丈夫でなかったから、小学校に上がってもよく熱を出して学校を休んだ。
両親はなかなか休みが取れないので、フォーチュンドリャは病気になっても家で独りで寝ているしかない。
そんな時は、アルチュンドリャは学校が終わるとダッシュで家に帰り、かいがいしく弟の世話をするのだった。
たった三つしか違わなくても、どんなに幼くてもお兄ちゃんはお兄ちゃん、大きくなっても弟は弟なのだ。
アルチュンドリャは、温かくておいしい飲み物を作って弟によく飲ませていた。
その名も〈花粉ミルク〉。
ホットミルクに蜂蜜とビイル薔薇花粉を混ぜて作るのだが、ちょっとしたコツで、すごくおいしくなるのだ。
フォーチュンドリャは、兄の作る花粉ミルクが大好きだった。
この島ではどこの家庭でも作っている普通の飲み物だ。母もたまに作ってくれたし、自分でも作ってみたりするけれど、やはり兄が作ってくれるのがダントツにおいしい。なんでだろう、っていつも思っていた。
アルチュンドリャはいつも、弟のお気に入り〈ひよこちゃんコップ〉に花粉ミルクを注いでやる。ネプチュン鳥のひよこの絵がついた丸いマグカップだ。
弟が小さな手でひよこちゃんコップを大事に包み、小さな唇でふうふうしながら花粉ミルクを飲む姿が可愛い。
気分が悪くてごはんを食べられない時でも、花粉ミルクだけはおいしそうに飲んでくれる弟を見ながら、アルチュンドリャは心のなかで、
〈フォーチュンの病気、治れ治れ〉
と祈るのだった。
楽園ネプチュン鳥島といっても、現代社会で人間が暮らしているわけだから、ちょっとした歪みがでてくるのは仕方のないことだ。まったく単純な社会ではないのだ。
どういうわけか時代や社会のしわ寄せを集中的に受けてしまうツイてない者もいる。
アルチュンドリャはそんなタイプだった。要領が良くないのかもしれないが、偶然にも間の悪い出来事が重なり、十代半ばになるとかなりひねくれてきた。
やがて、ビイル薔薇精油を飲んでその麻薬作用に逃避するようになってしまう。
飲バラして酔っ払っている間は、嫌なことを何もかも忘れることができる。
ある日、アルチュンドリャの身体を心配してなんとか飲バラを止めさせようとした父親と口論になり、家を飛び出した。
ちょうど弟が学校から帰ってくるところに出くわした。
兄の荒れた様子を目にしたフォーチュンドリャは、何か言いたそうにアルチュンドリャを見つめ、手を差し延べようとする。
が、アルチュンドリャは目を逸らして弟の傍をすり抜けた。
すれ違いざま、フォーチュンドリャの目に浮かぶ哀しい表情。
後ろ髪を引かれる思いだったが、アルチュンドリャは振り返りもせず、弟への思いをも断ち切ろうとするかのように駆け出して行く。
以来アルチュンドリャは一度も家に帰っていない。
バラ中もひどくなり、引っ込みがつかなくなってしまったのだ。
アルチュンドリャがビイル薔薇精油製造株式会社初代社長に就任したことをニュースで知った両親は、会社に電話をかけてみたり訪ねて行ったりもしたが、受付のおねえさんは、家族が来ても絶対に取り次ぐなと社長から指示を受けていたため、どうしても会えなかった。
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