第24話 学校では教わらない歴史
ネプチュン鳥の楽園、ネプチュン鳥島。
この島を人類が発見、上陸してきたのは、今からおよそ数百年ほど前のことである。そう、現ネプチュン鳥島人の祖先。
彼らは航海の途中、えもいえぬいい匂いに誘われて偶然この島を発見したのだが、見渡すかぎり一面の薔薇色のお花畑、そのなかを飛びまわる半透明の鳥たちの姿、それに、自らもなんとも安らかな心地がすることから、
『ここは天国かしら? 我々は知らない間にあの世へ来てしまったんだろうか? ああまだ死にたくなかったのに。こんなことなら船に積んでいた備蓄用の食料をたらふく食っておくんだった』
と悔しがった。
しかし来てしまったものは仕方がないので、覚悟を決めた。
『どうせ死んじゃったのなら、地獄じゃなくてラッキーだったじゃないか。せめてこの天国でいい香りに包まれて成仏しようではないか』
まだ死んでないとわかるまでに二~三日かかった。腹がへってようやく気がついたのだ。
ってことは、食っていくために働かなきゃならない。
そんなこんなで島は少しずつ開拓され、農場や小さな町も建設されていった。
島民の先祖たちは、ネプチュン鳥の群れが実に仲良しで、楽しそうに踊るように飛びまわり、人生を謳歌している姿を見て、あの鳥の快楽の源は一体何なんだろうと不思議がった。
長年にわたる観察と研究の結果、その秘密はネプチュン鳥が棲家としているビイル薔薇の花の香り成分にあることが判明した。
食べている花粉や葉っぱではなく、〈花の香り〉というところがポイントだ。
この香りは、ネプチュン鳥のみならず、ヒトなどあらゆる生き物にも同様の作用を及ぼすこともわかってきた。
だってそもそもビイル薔薇臭素が文明発祥の源泉なんだから当たり前なのだが、人類の英知はこの真理に未だ到達していない。
ビイル薔薇臭素、とりわけ花びらに含まれる香り成分に、ある種の快楽をもたらす作用のあることがわかると、島民たちは花びらから精油を抽出する蒸留器を発明した。
さらに、効率よく量産するために、大規模なビイル薔薇プラントも建設した。
精油の量産に成功すると、今度は輸出だ。海外へ行商に出かけた。
ビイル薔薇精油の評判が口コミで伝わり、二〇世紀には、F国のオリヴさんという化粧品メーカーの社長さんが、この精油を自社製品に利用することを思いつき、試しにビイル薔薇精油入りローションを開発したところ、香りがよく、人懐っこいハッピーな気分になれる、と、好評を博した。
こうして、ネプチュン鳥島とオリヴ社長とのコラボが実現。
ただ、ネプチュン鳥島があまり有名になりすぎると、観光客がどっと押し寄せてゴミのポイ捨てが増えたり、〈楽園の宅地分譲します〉などという不動産屋が横行して乱開発されたりしても困るから、〈ビイル薔薇〉〈ネプチュン鳥島〉という固有名詞は企業秘密とし、精油の原料名・原産地名は伏せられている。
現在私たちが愛用しているF国某ブランドの自然派化粧品には、このように実はビイル薔薇の花の精油が含まれているのだ。
ネプチュン鳥島民共同体のコミュニケーションを円滑にしてきたビイル薔薇は、島の唯一の産業を発展させ、経済的にも潤いをもたらした。
ネプチュン鳥島のこんな本当の歴史はインターネットでも調べることはできないが、ぴっちぃたちは、ネプチュン鳥さんご本人から教えてもらった。
もーにが地図ナビに導かれてネプチュン鳥島へ接近すると、裏の巣の匂いとよく似た芳香が漂ってきた。
ネプチュン鳥島は常に淡い霧に覆われている。島に着陸すると、霧のシールド効果によって香りが一層深まり、細胞の隅々にまで行き渡るようだ。
裏の巣のネプチュン鳥さん親子は、ヒナちゃんが飛べるようになるまでドワフプルトに滞在する予定であるから、ぴっちぃたちは当分のあいだ島を観光しておくことにした。
ネプチュン鳥のご主人が言ってたとおり、ほんとに素晴らしい眺めだ。一目百万本。ふわふわと丘一面に咲くビイル薔薇の花。なだらかな斜面がそのまま、バラ色の綿菓子みたいだ。
〈バラ色天国〉っていうと、安っぽくて怪しい店みたいになっちゃう。ならば、〈ビイル薔薇色の楽園〉だ。
心地よい香りのなかでビイル薔薇畑を眺めていると、うっとりしてくる。
なんだか眠くなってしまったかっぱっぱは、ママの口癖を思い出した。
〈寝るは極楽、カネ要らず〉
こんな素敵なお花畑のなかで、芳香のベールに包まれてお昼寝したら、それこそ極楽だ。
「ああ、ママも一度連れてきてあげたいなぁ」
ぴっちぃも思った。
〈この香りにこの景色。きっとママのイヤシノタマ治療にも効くはずだ。お土産にビイル薔薇精油と島の絵葉書を買って帰ろう〉
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