ネプチュン鳥の島

第23話 楽園天国

 絶海の孤島ネプチュン鳥島。


 原始よりここは海の神様の直接統治下にあり、生態系は島の内部において完結していた。

 外部からは決して見ることができない、結界によって隔絶された異次元の島。


 無限とも思える時間が流れていた。数億年のあいだ、忘れ去られたかのように取り残された、閉じたシステム


 ・・・ほんとに忘れ去られていたのだ。


 海の神様は、昼寝をしているあいだに、うっかりこの島の存在を忘れてしまった。

 むにゃむにゃと目を覚まし、気がついた時には数億年もの悠久の時が流れていた。


「はて、なんか忘れているような気もするが、なんだっけ?」


 ねぼけ眼をこすりながら目覚めのコーヒーを飲んでいたら、下界から漂ってくる濃厚な匂いではっと思い出した。

「しまった。あの島のメンテナンスを忘れてた!」


 閉じた生態系は、ちょっとした変化に弱い。

 へたをすればみんな共倒れ、ごっそり絶滅するおそれだってあるのだ。


「どうなっちゃってるかな?」


 まるで冷蔵庫の奥で発見された、いつのかわからないタッパーを開けるときのように、神様はおそるおそる島を覗いてみた。


「ありゃまぁ!」


 結界がいまにもはち切れそうになっている。なぜか? 島に大繁殖したビイル薔薇である。

 ビイル薔薇畑なんていうロマンチックなもんじゃなくて、ビイル薔薇ジャングルだ。


 島から溢れて海へこぼれそうなくらい超絶繁茂したビイル薔薇に、結界がもうぎりぎり、ああもうだめ、と悲鳴をあげていたのだ。


「こりゃパンパンじゃわい」

 神様が突っつくと、結界はぷしゅーっと破れてしまった。結界が決壊した。などとダジャレを言ってる場合ではない。

 莫大な量のビイル薔薇が海へなだれ込み、七つの海が一面ビイル薔薇の海と化した。


 ビイル薔薇臭素のほうはさらに拡散し、大気圏をほぼ覆い尽くした。これが今から四~五千年ほど前。世界の大文明発祥の時期と重なる。

 世界史で習う最古の大文明はいずれも、大河流域に誕生している。ネプチュン鳥島から流出したビイル薔薇の圧力が、それらの大河に凄まじいビイル薔薇ポロロッカを引き起こしたからである。


 海の神様は責任を取らされ、世界に散乱してしまったビイル薔薇回収を命ぜられた。

 一番弟子の取tトリトンを現場監督に任命し、七柱の子分を七つの海へ派遣して、回収処分費用を負担させられている。


 この回収作業が終わる頃には、大気中のビイル薔薇臭素もほぼ収束し、人類は有史以来経験したことのない困難に直面するであろう。

 人間には生まれつき備わっていると考えられている高度なコミュニケーション能力は、ほんとはビイル薔薇臭素がヒトの脳に及ぼす作用のおかげだからである。


 ついでに神様は、直轄島の過剰ビイル薔薇を処理するために、ビイル薔薇の葉っぱと花粉を主食とする生き物を創造することにした。


「うーん、何にしよう。ま、鳥でいいか」


 色も形も大きさも適当に大雑把に造ってしまったから、鳥類学者に詳細を追及されても困るので、よく見えない半透明にしてごまかしておいた。

 これがネプチュン鳥。


 なにしろ飢餓とか努力とか進化とか、一般生物が辿たどってきたあらゆる過程を全部すっ飛ばして、主食ジャングルの中に突然創造されたネプチュン鳥である。

 飢えの悩み苦しみとは無縁の人生。気楽なものだ。

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