第16話 地獄耳のウース

 時計台のソプロシュネの傍へ近づいていったあの時、頭上から漂ってくる匂いに気づいたアレーテイアは、ぴっちぃたちの話を聞いてふと直感したことが、やはり間違いなかったと思った。


 洗練されたソプロシュネの芳香は〈バラの花の精さん〉の匂いと同じではないけれど、共通の起源に帰属するはずの魂のかけらに違いない、と確信できるだけの相関性を、アレーテイアは嗅ぎ取っていたのだ。


 ソプロシュネを解放した日の夜、アレーテイアは両親宛にメールを送り、その出来事を報告していた。

『・・・そういうわけで、ぬいぐるみさんたちがドワフプルトへ向かいます。うちの住所と電話番号を書いて持たせていますので、訪ねて来たら泊めてあげてください。ちなみに、よく食べる子たちです』


 ついでに弟のケータイにもメールを送っておいた。

『・・・ところで、ウース、真面目に学校行ってますか? まだ何年か先になるけど、姉ちゃんが大学を卒業して就職したら学資援助してあげるから、第三大を受験できるよう、がんばんなさいね。じゃあね』

 

 姉の言葉のイントネーションが聞こえてきそうなメールだった。


「姉ちゃん・・・」


 ウースはこのところ、ちょっとした悩みを抱えている。


 昔、姉と一緒にカロンに登り、〈匂いの元〉探しをしたことはもう忘れてしまっていたが、ウースにも最近、裏の巣の存在がわかるようになっていた。

 それから、あの鳥のンプチュンンプチュンという鳴き声も、ちょくちょく耳にするようになった。


 ところが、あの鳥はただンプチュンンプチュン鳴くだけでなく、つがいの間で何かごしょごしょ内緒話をしているみたいなのだ。


 なにしろウースの地獄耳は、普通の人には聞こえない音声まで拾ってしまう。

 よく聞くと抑揚があり、本当に会話しているようにも思える。

 しかしウースは鳥語を解しないから、何を言っているのかさっぱりわからない。それが無性に気になってしまうのだ。


 小学生の頃から、カロンの枝に座って宿題をすることも多かったし、いまでもそうだ。

 が、あの声が聞こえ始めたら、気になって宿題どころではない。

 家へ帰って自分の部屋で勉強していても、ウースの耳には鳥の話し声が聞こえてしまうから、気が散ってしょうがない。


「せめてあの鳥さんご夫妻が黙っててくれるか、僕が鳥語を習得するか、どちらかしかない。

 こんな調子じゃ第三大は無理だ。第六だって危ないかもしれない。ドワフプルト出身で高卒で、就職先が見つかるだろうか? 地元には企業もないし、こんな田舎の若者が第四より上流の町で就職しようと思ったら、学士以上の学歴をつけるしかないのだ。ああなんてこった!」



 その日もウースは、イライラしながらカロンの木の下にあぐらをかいて耳を澄ませ、なんとか鳥の話す言葉が解らないものか、その音声の波長パターンを分析していた。ほとんどプロフェッショナルな作業だ。


 そこへ、てくてくこちらへ近づいてくるものの足音が聞こえてきた。どうやらカロンへ向かっているみたいだ。


 しばらくすると、肩に布を巻きつけたクマさんと、子ガッパ、子ペンギンのぬいぐるみ三体組が歩いてきた。


「ごめんください。ちょっとお尋ねしますが、この木が〈カロン〉の木なのでしょうか?」

 ぴっちぃがウースに話しかけた。


 さっきからウースの口がä(アー・ウムラウト)発音の形になっている。

 でもって口がきけなくなっちゃっている。


「ぼくたちはアレーテイア・アレテーさんのご紹介でサターンワッカアルからはるばるやって来ました」

「あ、あねの、ご、しょうかい・・?」

 やっと声が出た。

「・・・きみたちは、えっと、ぴっちぃちゃんにかっぱっぱちゃんにぺんちゃん? アンドもーにちゃん?」


「わあ! おにいさん、もしかして、アレテーさんの弟さん?」

「弟にもメール送っとくわって、アレテーさん言ってた。あなたが弟さんですね!」

「・・うん。僕はウース・アレテー。アレーテイアは僕の姉ちゃんだよ」


 こうしてぴっちぃたちはウースと出逢い、カロンの木の根元にレジャーシートを敷いておやつを食べながら、イヤシノタマノカケラやアレーテイア姉さんの活躍、それに、不思議な裏の巣や鳥の話し声のことなどを、午後じゅう語り合った。

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