裏の巣

第14話 ドワフプルトのカロンの裏の巣

 空飛ぶもーにちゃんがサターンワッカアルから長時間フライトを頑張り、一行はドワフプルトへたどり着いた。

 なかなか遠かった。もーにちゃんおつかれさま。


 あの石どんはというと、ソプロシュネを助け出した後、己の身のふりかたについて、どうしようか迷った。

 シブッカーさんちへ戻って選民石仲間たちと楽しく暮らすか、ぴっちぃたちに同行して故郷のドワフプルトへ帰るか・・・。


 悩んでいたらアレテーさんが、

「この石さんのご縁で私はぬいぐるみさんたちとお知り合いになれたし、貴重な体験もさせていただいたわ。それに、何か月も心に引っ掛かっていた問題が解決して、私も感謝しているの。同じふるさとの石さんだし、もしよろしければ私のそばにいてくれるかしら」

 と希望し、石どんも喜んでこれをお受けした。


「不審者に襲われそうになったら、おいどんを投げつけるとよかでごわすよ。おいどんがアレテーさんをお守り申し上げるでごわす」

 などと頼もしいことを言ってくれる。


 こうして石どんはアレテーさんのお守り石として、鞄の内ポケットに大切にしまわれることとなった。

 アレテーさんは石どんに、油性の極細ペンで自分のお名前を書いておいた。

〈アレーテイア・アレテー〉



 さて、ソーラーシステム第六大学一回生、アレーテイア・アレテーの故郷ドワフプルト。


 ちなみにどうでもいいことだが、ファーストネームの〈アレーテイア〉と、ファミリーネームの〈アレテー〉は、カタカナではわからないが、〈レ〉〈テ〉のスペルがそれぞれ異なるのだ。


 このドワフプルトは地の果てのような辺境の小さな村だ。大学も大企業もない。肥沃な農地があるわけでもなく、豊富な森林資源もないが、ある時期、ウラン鉱床の存在が確認された。

 ウラン濃縮工場の建設をめざして、ソーラーシステム辺境地区担当の第三セクター企業が集結しようとしたが、村には充分な敷地もないため実現しなかった。


 当初から鉱山の採掘権をめぐる覇権争いが続き、周辺諸地域が寄ってたかってどさくさに紛れてウラン鉱石を採掘し尽くし、持ってっちゃったために、わずかばかりの鉱物資源も数年前には枯渇してしまった。

 いまでは廃坑だけが虚しく点在するのみだ。


 つい先般、全国の市町村再編会議において、この村は、ソーラーシステム本国の範疇から除外されてしまった。



 アレーテイアの実家は、ドワフプルトのなかでもほとんど村はずれに近い僻地にある。


 その母屋の裏に、村人たちが代々〈カロンの木〉と呼ぶ一本の大木が聳えている。

 村とカロンの木とがまるでツインかと思えるほどの存在感だ。


 アレーテイアにとっては、いわば原風景がこの巨木だった。

 幼い頃からカロンの木の下で遊んだり昼寝をしたり、毎日の暮らしがカロンと共にあった。


 季節が移ろう気配はカロンの匂いでわかった。

 気温や湿度の微妙な変化、陽の傾き加減の変化、土中の有機物の変化までもが、カロンの幹や葉の匂いを通して伝わってくる。


 実家の裏のカロンの大木。

 その樹上に、不思議な鳥の巣がある。


 両親がこの家で暮らし始める前からその巣はそこにあったというのだが、物心ついた時分からカロンの木で遊んでいたアレーテイアが、この巣を自分で確かめられるようになったのは、だいぶ大きくなってからのことだ。

 不思議なことに、大人には巣が見えるのに子どもには見えない。


 この巣を最初に作った鳥も見慣れない鳥で、子どもに目撃されたこともない。図鑑にも載っていないのだ。

 ヒナが孵って巣立ちを終えると空の巣になるが、翌年にはおそらく成人(成鳥)したその同じヒナが、またここへ戻ってきて卵を抱く。


 それから、この鳥は、群れがどこかよその土地にあり、そのなかで単独の家系のものだけが代々この巣に戻って来るらしい。


 アレテー家の大人たちは、この奇妙な鳥の巣を〈裏の巣〉と呼ぶ。

〈家の裏のカロンの樹上にある名前も知らない鳥の巣〉

 略して〈裏の巣〉だ。


 アレーテイアがその存在に気づいたのはたしか中学生くらいの頃だが、最初から見えたわけではない。


 いつものようにカロンの枝に腰掛けて読書をしていたある秋の日、木の上からいい匂いが漂ってきた。それまで嗅いだことのない匂いだった。


 カロンの葉っぱや花や実の匂いはよく知っている。秋の匂いは特に、毎日のように少しずつ変化するのだが、その微妙な違いまでアレーテイアは嗅ぎ分ける。鼻が利くのだ。嗅力検査みたいなのをすれば、きっと二・五くらいはあると思う。


 そんなアレーテイアにとって初めての匂い。


 目を閉じて意識を嗅覚神経に集中させる。膨大な記憶の引き出しから、少しでも似ていそうな匂いを思い出して照合していく。

 ほとんどプロフェッショナルな作業だ。


 全く一致する匂いはとうとう出てこなかったが、近似値をはじき出した。


「バラ科の花の精油の匂いだ」


 アレーテイアは、読みかけの本のページを開いたまま傍の枝に挟み、匂いをたどっていった。

 彼女にとってカロンは、じぶんちと同じくらい勝手知ったる木なので、幾通りもの組み合わせがあるてっぺんへのコースのうち最速到達コースを登り、その匂いを発しているポイントを見つけた。


 しかしそこは、いつもと変わらない枝と葉っぱがあるだけで、バラ科の花が咲いているわけでも、何かめずらしいものが引っ掛かっているわけでもない。


 鼻の利くアレーテイアは、間違いなくここからあの匂いがする、とわかりはしたものの、見たところ何も変わった様子もないので不思議に思った。

〈もしかして、花粉でも飛んできて付いてたんだろうか? それとも鳥のおしっこか何かの残り香だろうか・・・?〉


 付近の枝や葉を調べてみても何もない。ただ、匂いのするところの輪郭が、ますますはっきりと感じられるようになった。

 微かに不安の混ざった、いっぱいの好奇心・・・。


 翌日、アレーテイアは弟のウースを連れてもう一度カロンの木に登った。

 昨日よりもっと意識を集中して、バラ科の花もしくはそれに関連するものがないかどうか、丹念に調べるのだ。

 匂いのほうは昨日より少しばかり濃くなっているように感じられたが、ウースにはわからなかった。やはり何も変わったものは見つからない。


 弟のウースは、一本一本の枝の付け根から先端まで、一枚一枚の葉の裏表まで、いつもと違う音がしないかどうか聴きまわった。


 ウースは耳が利くのだ。聴力二・五くらいだ。

 通学途中などに電線の上でスズメたちがチュンチュンおしゃべりしていると、何号電柱から北北東何メートル地点にスズメが何羽とまってる、あ、いま二羽飛んでいきました、ってなことまで聴き分けてしまう。地獄耳ともいう。

 ただし、スズメ語はわからない。聴力と聴取能力とは必ずしも一致しないのだ。


 彼もまた、いつもと変わった様子はないと言う。

「おとといあの葉っぱの上を這ってた尺取虫が二本下の枝にいる音がする。きっとすべって落ちたんだ。どんくさいやつだ」


 結局その日も匂いの元は見つからず、二人はいつものように木の上で遊んで帰った。

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