第12話 アレテーさんの祈り

 ぴっちぃたちとアレテーさんは約束どおり、お昼休みに芝生横のベンチで再会した。 


 アレテーさんは講義の間もずっと、このぬいぐるみたちのことを考えていた。

〈朝はいきなり空からくまさんたちが現れたから、びっくりして頭ん中が真っ白になっちゃったけど、もしかして時計台の上から私を求めていた気配って、このくまさんたちだったの? カッパとペンギンとベビー毛布もいたけど・・。

 でも私が感じていた気配は、あんなガキっぽいのじゃなくて、もう少し成熟したもののようだったわ〉


 アレテーさんはみんなとベンチに座り、自分のお弁当を分けてやったが、ぬいぐるみたちが思いのほかよく食べるので、急きょ大学生協の売店へ走り、菓子パンや牛乳を買ってきた。

 その間にも、ぴっちぃたちは、通りかかる学生たちからジュースやおやつをちょこちょこ分けてもらっていた。


 サターンワッカアルのなかでも、この大学だけはやっぱり別世界みたいだ。学生さんたちはみんな純朴そうで親切だ。


 ぴっちぃは、これまでのいきさつや、とりわけソプロシュネちゃんのこと、彼女を救出して連れて帰るためにアレテーさんの徳が必要であることを、熱心に説明した。

 アレテーさんも熱心に耳を傾けてくれて、とうとう午後の講義をサボってしまった。


 アレテーさんのほうも、時計台の上から助けを求められているような気がして、ずっと気になっていた、と打ち明け、迷うことなく、自分が力になってあげたいと申し出た。

 あの〈気配〉の正体がようやくわかったし、自分が本当に必要とされていたこともわかった。

 そして、やはり自分にしかソプロシュネちゃんを救出することはできないだろう、という確信にも似た不思議な感覚が涌いてきていた。


「わかったわ。今から行きましょう。ソプロシュネちゃんのところへ」


〈正しい呪文〉をぴっちぃたちは知らない。

 ソプロシュネ本人も〈勇敢に正しい呪文を唱えてもらう〉ということしか知らないのだそうだ。

 呪文の文言は誰にもわからなかったのである。


 しかしアレテーさんには心当たりがあった。


 記憶のなかにひとつの情景があった。

〈呪文〉というのは、特定の文言というより、それを思い浮かべるとき、魂の奥から涌いてくる祈りの言葉・・・でよいのではないか・・・?

 ・・・ある懐かしい情景。


 問題はアレテーさんがどうやってソプロシュネのところへ行けるかだ。時計台の制御室は鍵がかかっている。

 アレテーさんはそれでもできる限りソプロシュネに近づこうと、通常使用されている中では最上階の、教授室のあるフロアまで昇っていった。

 その階からまだ一階ぶん非常階段が続いている。階段を昇りきったその先は屋上への出入り口だ。


 なんとこのドアが、内側からのみ鍵の開閉ができるようになっていた。

「ラッキー!」

 心のなかでガッツポーズをしたアレテーさんは、音がしないようにそっとサムターンキーを回し、静かにゆっくりドアを開け、屋上へ出た。


 そこは時計台の背後の位置にあたり、ぎりぎりまで離れれば頂上が見える。

 ぴっちぃたちはもーにに乗って頂上に着いていた。


 屋上にアレテーさんが現れたのを見つけると、みんなは大喜びで手を振った。アレテーさんもみんなに手を振り、それから時計台に向かってまっすぐ歩き始めた。

 直線距離でなるべく近いところまで歩いて立ち止まり、ほとんど垂直に頂上を見上げる。


 ソプロシュネのものと思しき芳香を、アレテーさんは嗅ぎ取った。


「やはり・・間違いないわ」

 予感は的中したのだと思った。


 アレテーさんは、指を組んで跪き、心を込めて、祈り・・・かどうかわからないけれど、大切に心にしまってある情景を手繰り寄せながら、ソプロシュネちゃんに言葉をかけた。


 アレテーさんの祈る姿は美しかった。

 人徳が滲み出るような透き通ったオーラを放ち、それは凛々しくもあった。


 数分間の祈り(?)の後、アレテーさんはもう一度、時計台を見上げ、優しく語りかけるように唱えた。

「ソープフロシュネーちゃん、あなたの帰るべき癒しのたまへ、さあ、お帰りなさい」


 次元を超越するようなソプロシュネの透明な輝きと芳香が、渦を巻きながら時計台を包み込み、それから、ぴっちぃのリュックのなかへキラキラと吸い込まれていった。

 物質ではないけれど、ソプロシュネの通った軌跡がダイヤモンドダストのように煌めいて残り、その神々しさに圧倒されて、しばらくは誰も言葉も出ないほどだった。


 ぴっちぃ、かっぱっぱ、ぺん、それに石どんを乗せたもーにが、ゆっくりとアレテーさんのいる屋上まで降りてきた。


 みんな、なんだか心が洗われたような、真っさらな気持ちになり、〈ひとかけら〉の上等な価値を心にずっしりと抱きとめていた。


「アレテーさん、やったよ! ソプロシュネちゃんが解放されたんだ。ありがとう、アレテーさん。イヤシノタマノカケラのすごいパワーを感じちゃったよ。

 それから、アレテーさんの不思議なその力っていったい何なんだろう?」


「・・・〈イヤシノタマノカケラ〉・・私の故郷にも、・・あると思うの。たぶん」


 アレテーさんは、自分も確かめるように故郷の風景を思い出しながら、ぴっちぃたちに語る。

「私の実家はものすごい田舎なんだけど・・・」


 記憶の箱をひとつひとつ紐解くように、アレテーさんは故郷にある不思議なものについての話をした。


 ・・・・・・・・・・


「それじゃあ、次はドワフプルトだね」

 アレテーさんの話を聞き終えたぺんが、ぴっちぃを見上げて言った。かっぱっぱと石どんも顔を見合わせて頷いた。


 もーにはふと思いついて、ジュピ田さんからもらった地図のコピーを出してみる。

 すると、地図には今度はドワフプルトへの道筋が顕われた。

 もーには、最初にこの地図を自分のへりにクリップで留めたときから、なんとなく、この地図がただものではないように感じていたのだった。


 みんなは黙ってもう一度大きく頷いた。

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