第11話 ソプロシュネちゃんの真実

「はじめまして。ソプロシュネちゃん」

 ぴっちぃが話しかけ、住所とママの名を伝えた。


「ぼくたちはママのイヤシノタマノカケラを集めるために旅をしているんだ。

 今のママのイヤシノタマには欠けたところがいくつもあって、そのカケラを見つけて魂に戻せば、壊れたママの魂が治る・・と思うんだ。

 石さんたちからあなたの噂を聞いて、あなたがそのカケラのひとつじゃないかと思い、もーにに乗ってここへ来たんだよ」


「イヤシノタマ・・・」

 ソプロシュネは何か考え込んでいる様子だった。


 しばしの沈黙の後、ようやくまた声が発せられた。


「はい。私がそのカケラのひとつであることは、おそらく間違いありません。癒しのたまの主人は二〇年ほど前、私を落として大学を卒業してしまいました。この第六ではありませんが・・。

 その後私はソーラー気流に流され、この時計台に引っ掛かってしまったのです。

 主人の魂のなかに私を落とした出来事の記憶が甦るたびに、彼女の意識においては、古傷が痛むような感覚が繰り返し生じているはずです。

 と同時に私自身もその意識に呼応して、元の魂へ戻りたいという思いが募り、悲しくなるのです。

『ママ』ということは、今はお母さんになっているのですね」


 ぴっちぃは神妙にソプロシュネの言葉に耳を傾けていた。

(そうなんだ。ママはもう・・・お母さんなんだね〉

 ママがこのカケラを失くすよりもずっとずっと前から、ぴっちぃはママのことを知っている。

〈ずっと一緒にいたのに、ぼくは何もしてあげられなかった〉


 ふと、ぴっちぃの心に、いつもの輪っかの映像が浮かんだ。

 何の輪か解らないけれども、哀しい気分を連れてくるこのヴィジョン。

〈一体これは何の意味があるのだろう? ソプロシュネちゃんと関係があるのか? 或いはこの輪っかは、本当はママの魂から送信されたものではなく、ぼくの魂の底にあったものなのだろうか?〉


 輪っかは、ぴっちぃの不安とソプロシュネの哀しみが、こちら側とあちら側からママの魂の闇に触れ、同調して顕われたような気もした。


 声を発しているときのソプロシュネは、時々きらっと光ったり、芳香を放ったりするのだった。それに、不思議なオーラを発している。

 彼女自身は目に見える存在ではないけれど、話を聞く間に、ぴっちぃたちには彼女の気配が、どこにいるかということまで、はっきりと感じ取れるようになっていた。



 ソプロシュネ、本名ソープフロシュネー曰く・・・


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 癒しのたまは、たとえ真実の断片がいくつも失われた状態であっても、いくらでも代わりの断片をまとい、主人を生かしておくことができるのです。


 ただひとつの癒しのたまでさえ、それを成す断片は無数にあります。

 代わりの断片は、失われた断片の真理をどのような形であれ補うものであり、然るべき部分に嵌め込まれます。


 どのような内実が取って代わろうとも、癒しのたまもその主人も、生存を維持することができます。

 ですから、とりあえず私がいなくても、主人の魂は、虚構であっても、全き仮の姿をして生きていることでしょう。


 しかし、それでもそれぞれの断片の真理は、やはりひとつなのです。

 自らの内部から真理がボロボロと剥がれ落ちていることを、魂自身はよくわかっていて、欠けているものを探し始めることがあります。

 いつしか、移植された代用のものが、魂の裏側に大きな影を落とすようになるからです。

 人の心のバランスがおかしくなるのはそのためです。


 長い間迷子になっていると、諦めや切り捨てがやむを得ない場合もあると悟らざるを得ません。元の癒しのたまは、私のことをもう諦めてしまったのではないだろうかと。


 一方で、私はここで全くの孤独の身でありながら、しかしひとりぼっちではないということも知りました。

 ここに引っ掛かっている間、地方から来られた石さん方をはじめ、多くの鳥さん、虫さん、花粉さん方が、私の身を案じ、思いをかけてくださいました。


 そうして数ヶ月前、この真下へ来られて私を慰め、励まし続けてくださった優しいお声・・・石さんなのですね。あなたのように思いやりの心を注いでくださる方が、少なからずいらっしゃいます。

 しばらくそのお声を聞けなくて心細かったのですが、今日このように私の元へいらしてくださいました。


 また、何より救いであったことは、私の属する魂が時折、私のいないことに気づいてくれて、たとえひとときの間でも私を思い出してくれたことです。

 主人にとっては心痛む瞬間だったことでしょうが・・・。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ぴっちぃが、ソプロシュネの気配のするほうへ向かって、穏やかに、しかししっかりとした口調で語りかけた。

「ソプロシュネちゃん。なんか難しくて全部はわからないけど、ぼくたちと一緒に帰ろうよ。ぜひ、きみに元の癒しのたまへ戻ってきてほしいんだ。癒しのたまもきみを必要としているはずだよね。ね、おうちへ帰ろう」


 目の前に彼女の姿が見えているかのように、その〈気配〉をじっと見つめるぴっちぃ。


 かっぱっぱとぺんは、もっと理解できなかったが、人間ってなんだかフクザツそうだな、というような印象を抱く。

 よくわからないなりに一生懸命考えて、かっぱっぱが言った。

「ねぇ、ソプロシュネちゃん。たぶん、ぼくらのおにいちゃんたちにとってもきみは必要だと思うんだ」

 ぺんはもっと単純に、

「ソプロシュネちゃんもおうちへ帰りたいでしょ?」

 ときいた。


 またしばらく考え込んでから、ソプロシュネは答えた。


「もちろん、帰りたいわ。無数にあるカケラのなかで、私はただひとかけらに過ぎないけれど、繋がるべきところに繋がっていないかぎり、どこにいても居心地が悪いものですから・・・。

 ただ、ひとつ、重大な問題があるのです」


「重大な・・・問題?」

「どのような問題でごわすか?」


「癒しのたまの断片が散逸してしまうというのはよくあることで、むしろ完全な状態を保ち続けることのほうが稀です。

 各断片はそれぞれの性質によって、失われた場合、比較的簡単に見つかってスッと元に戻ってしまうものもありますが、面倒でも正しい手続きによらなければ取り戻せないものもあるのです。

 私の場合は多少手間が必要な部類に属します。

 また、一度失くしてしまったら、どんなにしても二度と取り返しがつかない類のものもあります」


「いろいろなカケラがあるんだね」

「落としちゃったビー玉を拾うのとは勝手が違うみたいだね」


「ソプロシュネちゃんの場合は、どうすればいいの?」


「この魂の主が私を失くした頃と同年代かつ同性の、徳のある方からその徳を少し分けてもらい、勇敢に正しい呪文を唱えてもらわなくてはなりません」


 みんなの頭にはすぐに、アレテーさんが浮かんだ。

 女子大生だし、お名前からしてその要件を満たしている・・・ような気がする。

 お昼休みに、アレテーさんに事情を話してお願いしてみよう、とぴっちぃは考えた。


「ソプロシュネちゃん、午後にもう一度、ここに来るよ。その〈手続き〉に相応しい人がいるんだ。きっと力になってくれると思う。もう少しだけ、ここで待ってて」



※(αρετηアレテー; 徳、勇敢)

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