第9話 石さんたち

 その夜、またみんなでひとつのお布団で眠っていたら、部屋じゅうにディスプレイされている小石たちがひそひそ話を始めた。

 なにしろ数が多いから、ひそひそのつもりがざわざわになってしまう。

 かっぱっぱが気づいて目を覚ました。


「みなさん誰? 何のお話をしているの?」


「おい、子ガッパよ、おみゃあが昨日拾ってきた石ころ、ありゃなかなかのもんだ。おみゃ、石を見る目あんのけ?」

「え?」

 かっぱっぱは声のする方を向いた。


「こっちやこっちや」

「え?」

 方向が違った。


 きょろきょろ見回して声の主を探す。手でも振ってくれればわかるのに。

「おみゃあ、どんな耳しとるんじゃ。こっちだがや」

 訛りが弁かわからないが、かなり田舎者らしい。


「ああ、もしかして、あなた?」

「んだんだ。こっちゃ来い」

 ようやく声にたどり着けたようだ。石さんだ。


「あの、石さんたち、ざわついてましたけど、なにかあったんですか?」

 かっぱっぱは、初対面の石の前に正座して尋ねる。

「あ、その前に、石さんってお話ができるんですね」

「おみゃあたちだって、ぬいぐるみだらぁ。石にだって魂はあるでよ。意思疎通を目的とする言語使用においてゃあ権利平等だがや」

「へ?」

 四字熟語はちんぷんかんぷんだ。


「なんでも、おみゃあのご主人も石集めが好きだそうだな。きっといい奴だな」

「うん」

 おにいちゃんが褒められるとかっぱっぱは嬉しい。

「石さんもいい人だね」

「おらぁ人じゃねぇ。石だ」

「うん」

「でへっ」

「へへ・・」


 なんか打ち解けてきた。周りの石たちもゲラゲラ笑う。

「かわいいカッパの子やなあ」

「あの、ちぃこいペンギンもめんこいのう」

「ひね子さんの友達やけん、よか人ばっかぃとよ」

「あんたらちっこいのにお掃除やお料理上手やねぇ」

「どえりゃあ珍しいぬいぐるみだがや」

「ひね子さんがあんな楽しそうにごはん食べるの見たん、初めてや」


 わいわいがやがやと盛り上がりはじめると、うるさい。

 しかしどの石も、田舎者っぽくてとても純朴そうだ。石ってみんなこんなんなの?


「石をチョイスする才能にかけては、ひねちゃんの右に出るものはおらへん」

 すなわち、みんな、シブッカーさんに選ばれた石さんたちなのだ。

 このあたりはちょうど気流の関係で、あちらこちらから各地方の石が飛来してくるらしい。


 みんなが続々と発言してくるので、全部聞くのはたいへんだったけど、シブッカーさんに対するみんなの評価は一致している。

「うわべだけで石を判断しない。石の根性とか優しさとか、内面が解って、選んで拾ってくれる」

 シブッカーさんには石の本質がわかるというのだ。


 選ばれてこの部屋にやって来た石たちは、偶然にもほとんどが地方の出で、田舎者ばかりだ。でもって、圧倒的多数を占める地元の石たちと、どうも気が合わなかったらしい。

「この町の土着石は、なんだか裏表があるみてゃあで苦手だがや」

 と言うのだ。

〈ぼくたちとおんなじだ〉


「おーっと。でぇ、本題を忘れるところだったがや」


 そうそう、なぜ小石たちはひそひそざわざわしてたんだろう?


「おみゃあたちが探しとるっちゅーその、なんとかのタマカケラっつーのだがな」

 かっぱっぱはどきっとした。

「うん、イヤシノタマノカケラ」

「そう、そのカケラだがな。ひょっとしてあれのことじゃにゃあかって言う奴がぎょうさんおるでよ」

「えっ! ほんと?」


 他の数名の石たちもまた口々に言う。

「わし一度だけあの前を飛んだど」

「あたいも、たぶんあれやなかとか、ち思うと」

「あの、大学におる奴け?」

「そうそう! あんたも知っちょうと?」

「おらも聞いたことあるぞ」


 かっぱっぱは居住まいを正した。


「ダイガク? あの、昨日みんなで行ったところ?」

「んだんだ」

「そや! 大学や!」


 また続々としゃべり出すものだから少々混乱したが、石たちの話を総合して要約するとこうだ。


 ソーラーシステム第六大学の時計台のてっぺんに、二〇年ほど前から、〈ソプロシュネ〉と名乗る妖精もどきが引っ掛かっていて、身動きがとれないでいる。

 上空を通りかかる鳥や虫たちに助けを求めたりもしているが、なんとかしてあげたくても、どうやってもソプロシュネちゃんを救出することができないらしい。


 しかも人間にはその声は聞こえず、姿も見えない。

 人間よりも純粋で研ぎ澄まされた本質の持ち主にしか、彼女の存在は感知できないのだ。

 たまに散歩中の犬が時計台の頂上を見上げて一生懸命吠えたりもするが、飼い主には、きっと鳥か何かに向かって吠えているのだろうとしか思えないので、調査もされていない。


 石たちは、鳥や虫たちがソプロシュネの噂をするのを聞いていたのだ。


 サターンワッカアル土着石たちは、

『どこの馬の骨かもわからんそんなもん、ほっといたらよろし』

 と言い、気にも留めようとしないが、地方出身石たちは、故郷を離れ仲間からはぐれてひとりそんなところに引っ掛かっているソプロシュネちゃんに同情していた。

 が、如何せん我が身は哀しくも石ころなので、自分で動くことはできない。


 鳥に頼んで石の有志を募り、時計台の頂上まで積み上げてもらおうかという案も検討されたが、賛同してくれる石は町中でも圧倒的少数派であるうえに、学舎の正面に石の塔がそびえてしまったら学生さんたちの出入りに支障をきたすであろうし、崩れたら危ないし、その前に不審に思われてしまう。


 そのようなわけで、哀れなソプロシュネちゃんはおよそ二〇年も時計台のてっぺんで孤独な日々を送っているのだ。


 本名はカタカナでは表記しづらい発音だが、噂されるうちにちょっと訛って、〈ソプロシュネ〉と呼ばれるようになった。それでも田舎者にとっては難度の高い発音なのだ。


 拾われてシブッカーさんちで暮らすようになった選民石たちは、時折、あのソプロシュネちゃんはどうしているだろうかと噂しあうこともあった。


 石たちのなかに、彼女の起源を少しだけ聞き知っているものがおり、それによるとソプロシュネは、〈仲間が全員集まれば『癒しのたま』となる〉キャラクターのひとりだというのだ。

 ぴっちぃたちのいう〈イヤシノタマ〉とは〈癒しのたま〉、ソプロシュネはその〈カケラ〉のひとつにちがいないと。


 昨日かっぱっぱに拾われてきた新入り石のひとつが口を開いた。

「おいどんはソプロシュネちゃんと話をしたことがごわす」


 小石たちは一斉にこの新入りに視線を注いだ。

 かっぱっぱも、なんとかこの声の主を探し当てて耳を傾ける。

 やっぱり見覚えのある石だ。


 聞けばこの石は、第六大学に今年入学したアレテーという女子学生の鞄の底にたまたまくっついていた石で、故郷のドワフプルトからはるばるこのサターンワッカアルへやって来た。

 オリエンテーリングでアレテーさんが時計台の制御室を見学したとき、ちょっとしたはずみで鞄の底から剥がれて窓枠のきわに落ちた。

 そこからは、頭のすぐ上のあたりから、少女のすすり泣く声が時折聞こえてくるのだった。


 ある日、この石が思い切って頭上の声に話しかけてみたら返事が返ってきた。

 それからぽつぽつと話をするようになり、その子の名前や苦難の道のりを知ることとなった。

 折にふれて彼女を慰め、励ましてきた。


「助けてやりたかち思うちょいましたが、おいどんもぎりぎり引っ掛かっちょった枠から落ちっしもうて、どげんもこげんもしょうがなかちこつんないもした」


 このカントリー石が話し終えると、かっぱっぱは心を決めた。


「石さんたち、ほんとにどうもありがとう。ぼくもそのソプロシュネちゃんはママのイヤシノタマノカケラじゃないかと思う。明日ダイガクの時計台に昇ってみるよ。そして、ぼくらが彼女を助け出して、ママのところへ連れて帰る。きっと」


「おいどんはひと目ソプロシュネちゃんに会いたか。きみたちと一緒に、おいどんも連れっ行ったもんせつれていってください

「もちろん。ぼくらを案内してね、石さん。あなたを拾ったのはぼくだけど、いい石さんでよかった。その話し方も好きだよ」


 話がまとまったところで、最初にかっぱっぱに話しかけた石が言う。 

「ところでの、子ガッパよ。おれたちが話ができるっちゅうことは、ひね子さんには絶対内緒だがや。部屋じゅうの石に魂があるっつーことがバレたら、たぶんひね子さんはみんなに見られてる気がして落ち着かんだら。プライバシーを守ってやりてぇがや」


「うん、わかったよ。ほんとに優しい石さんたちなんだね、みなさん」

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