第8話 サターンワッカアル人の気質がどうも・・・
次の朝、シブッカー嬢はみんなに、
「適当に遊んでてね。冷蔵庫の中のものは勝手に飲んだり食べたりしてもいいわよ」
と言いおいて出勤していった。
「いってらっしゃーい!」
手を振り見送ったみんなは、お世話になったシブッカーさんのために何かしてあげたいと思う。
昨日の晩ごはんはとても楽しかったけれど、いつもコンビニ弁当ではビタミン不足になってしまう。それに添加物がいっぱい入っているから、カルシウム不足にもなるらしい。〈怒りっぽい〉のはそのせいかもしれない。
冷蔵庫を開けてみると、マーガリン、梅干、缶ビール、使いかけの調味料が数種類、洗濯ばさみでとめた食べかけのスナック菓子の袋。栄養のありそうなものは冷凍室の冷凍枝豆くらいしかない。
そこでみんなは、シブッカーさんのために、新鮮な食材を使ったお料理を作ってあげることにした。
お店が開くのは九時か十時頃だろうから、その前にお掃除もしてあげよう。
大切な石のコレクションだけは触らないように注意してハタキをかけ、散らかっている新聞を紐でくくり、掃除機をかけた。紙パックも交換しておいた。
お天気がよかったからお布団も干した。ついでにもーにちゃんも干してあげた。
この町には大手スーパーがひとつもなく、買い物は専ら商店街だ。
〈市場〉というと活気に溢れている感じがするが、この町の商店街は人通りもまばらだし、店の人もいまいち威勢がよくない。だから〈市場〉っていうイメージじゃなくて、やっぱり〈商店街〉だ。
無理して言えば〈どことなく落ち着きがある〉ってとこか。
ぴっちぃたちは、今夜シブッカーさんに作ってあげるごはんのメニューを考えながら商店街でお買い物をした。
そして、この一日で、この町の人々の本性を肌で感じ取ってしまったような気がした。
ある店では、買いたいものが見つかったが店先に誰もいないので、ぺんが元気よくお店の人を呼んだ。
「すいませーん。これくださぁーい!」
それでもお返事がなく、今度はかっぱっぱとぺんが声を揃えた。
「ごめんくださぁーい」
すると、いいとこのボンボン上がり風のおじさんが出てきて、
「あのねえ、君たち。ぼかぁいま接客中なんだよ。状況をみて立場をわきまえ給え」
とのたもうた。店の奥で、身なりの立派な人と商談していたみたいだ。
まだ浮世擦れしていないかっぱっぱとぺんは素直に、
「あっ、ごめんなさい」
と謝ってしょんぼりしたが、ぴっちぃは内心ムカついた。
〈たしかに状況をよく見てなかったぼくたちも悪いけれど、あんな言い方はないだろう。ぼくたちだって、お金を払って買い物しようとしているお客なのに〉
また、ある七味屋さんでは、同じスパイスでもいろんなメーカーのがあって、どれにしようか迷っていたら、店のおばさんが、
「お客さんらやったら、これがよろしいんとちがいます?」
とか言って、見るからに一番安物を勧めるのだ。
あんたらには高級スパイスを使うお料理なんか似合わしまへん、と言わんばかりだ。
一事が万事こんな調子で、さすがに天真爛漫なかっぱっぱとぺんもちょっといじけてしまった。
くたびれた。
ぴっちぃは胸がむかむかするような、なんとも言えない嫌な気分だった。
どこの店でも、ご主人やおかみさんと思しき人は、上品に微笑を浮かべているし、はんなりと柔らかなもの言いをしているようだが、意地悪が見え隠れするような、持って回った嫌なしゃべり方なのだ。
気位が高くて、自分より身分の低い人やよそ者を心の中で小バカにしているみたいだ。その代わり、偉い人には媚びる。裏表のある人たちのようだ。
店員でも地方出身のアルバイト学生さんみたいな人たちはあまりそんな感じはしないから、きっとこの町の土着の人特有の気質なのだろう。
ぴっちぃは思った。
シブッカーさんはおそらく、自尊心の強い人なのだ。それでこの町のこういう人たちと付き合ううちに、その部分が刺激されて、自尊心の裏返しの卑屈さが際立って表に出るようになってしまった。それだから、的を射た批判には特にヒステリックに反応してしまうのだ。
サターンワッカアル土着民の気性の裏側を、シブッカーさんが無意識のうちに引き受けてしまっているんじゃないだろうか。
もちろん、シブッカーさんのほうにも、そうなるべき素質があって、もともとあまりまっすぐな根性の人ではないのだろうけど、だとしたら、そんな根性に生まれついたことも可哀想だし、それがさらに歪められて、体型まで歪められてしまったシブッカーさんが哀れで、むしろ愛おしくぴっちぃには感じられた。
晩ごはん作りは三人と一枚みんなで頑張った。
かっぱっぱは一生懸命ごぼうをささがきにした。ぺんは大根をすりおろした。ちいさな手がだるくなったけど頑張った。マヨネーズが足りなくなったら、もーにがコンビニへ買いに走った。いや、買いに飛んだ。
ぴっちぃは、ホコリを被っていた炊飯器をきれいに洗い、ごはんを炊いた。
シブッカーさんが袋のまま置いていた使いさしのお米は、精米の日付をみたら去年のだったけど、ぴっちぃはおまじないのつもりで酒を少し入れて炊いた。
おかずを作る手際もなかなかのものだ。ぴっちぃは長年、結構苦労してきたのだ。
おさかなの香味焼き、つけ合わせの温野菜もたっぷり。きんぴらごぼう。余ったごぼうはサラダにした。それにじゃこおろし。炊きたてのごはんに、インスタントじゃないみそ汁。
シブッカー嬢が帰宅して部屋に入ると、ぴっちぃたちが駆け寄り、抱きついてきた。
「おかえりなさぁい!」
一日でちょっぴり日焼けしたもーにも巻きついてきた。
ちゃぶ台の上に手作りのおかずが並んでいる。思わずぐっときて、一瞬泣きそうな顔になったが、堪えてえへっと笑った。
「みんな、ただいま! ごはん作ってくれたのね。どうもありがとね」
〈なんだろう、この気持ち。なんだか、自分が存在する価値のある人間のように思えてくる〉
すっかりおなかをすかせたぺんが、
「さ、たべよ」
と音頭を取り、昨日よりうんとおいしくてにぎやかな夕食が始まった。
シブッカー嬢は今夜、長い間忘れていた、普通でささやかで素敵な栄養を命と心にもらった。
みんなで食事や後片付けをしたり、お風呂に入ったりしながら、ぴっちぃたちはシブッカー嬢から訊かれるままに、この町へ来た経緯やそれぞれの生い立ちなどを話した。
ママのイヤシノタマノカケラを見つけるために、これからも旅を続けるのだという話もした。
「明日また町へ行って、じっくり探してみようと思っています」
「あなたたちってほんとに仲がいいのね。それに、ママが大好きなのね」
「うん! おにいちゃんたちのことも大好きだよ!」
「パパも?」
「もちろん! パパは遊んでくれるから大好き!」
「パパはぺんを手のひらで転がして変形させちゃうんだ。縦長になったり横長になったりするよ」
この子たちは家族の話を楽しそうにする。きっと大事にされているんだ。
自分と違い、純粋で裏表のないきれいな心をしているのだな、とシブッカー嬢は思う。
「イヤシノタマノカケラ、いいのがみつかるといいわね」
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