第7話 シブッカー嬢とぬいぐるみたち

 サターンワッカアルのメインストリートは駅と町役場の周辺だけで、あとは城跡へ続く遊歩道が若干美しく整備されているくらいだった。


 ぐっすりお昼寝をしてゴキゲンなもーにも加わり、三人と一枚は城跡を見物した。が、全然たいしたことなかった。ここの殿様はさほど富裕ではなかったようだ。

 ちょっとしたお濠だけは残っていて、〈痩せていても鯉〉といった風情で泳ぐ鯉や金魚、亀なんかがいた。石垣から伸びた木の枝に水鳥がっていて、ほとんど動かないから造り物かと思うほどだ。


 観光マップには、この城跡と、あと、隣に神社が描いてあるが、他にめぼしいスポットは載っていない。あのカフェも載っていない。相当古い版のようだ。

 というより、城跡から先が描かれてない、尻切れトンボみたいな、やる気のなさそうなマップだ。


 で、いちおうせっかくマップに描いてあるから、神社へもお参りした。

 縁起を記した看板などがどこにもなく、どのような由来でなんという神様が祀られていて、お参りすればどんなご利益があるのかも、さっぱりわからない。


「ま、なんでもいいや。とりあえず、ママのイヤシノタマノカケラが早く見つかりますように、ってお願いしておこう」


 ぴっちぃたちは、参道の端を歩き、手水を正しく使い、本殿の前で五円ずつお賽銭を入れて鈴を鳴らし、二拝二拍手一拝のスタンダード方式で拝礼した。この子たちは、こういうお作法だけはきちんと躾けられているのだ。

 かなりさびれたしょぼいお社だったけど、いちおう神様だから失礼のないよう、鳥居を出るときもまわれ右をしておじぎをした。


 サターンワッカアル観光は以上。あとは何の変哲もなさそうな商店街と住宅が点在するだけだ。

 一行はまた遊歩道へ戻ってぶらぶら歩いた。


 五時のチャイムと同時に、町役場の職員たちがぞろぞろ庁舎から出てきた。ってことは、みんな五時前から帰る用意をしていたということだ。ここの公務員はヒマみたいだ。

 そのなかの何人かが遊歩道のほうへ流れてきて、ぴっちぃたちとすれ違った。


「あなたたち、どっか見てきた?」

 頭上から声をかけられて見上げると、なんとシブッカー嬢だ。さっきと服装は違うけど、あの顔は一度見たら忘れない。この顔だ。でかい。

 さっきは事務服姿でわからなかったが、私服姿のシブッカー嬢を見てぴっちぃはハムを連想した。スーパーのスライスしたやつじゃなくて、お歳暮とかでもらう、タコ糸が肉に食い込んでるやつ。


「はい。さきほどはどうもありがとうございました。お城と神社へ行ってきました」

「おホリにカメさんがいたよ」

「神社でカミさまにもごあいさつしてきたよ」

 ぺんもかっぱっぱもゲンキンなやつだ。つい何時間か前、〈おこりんぼうのシブッカージョー〉想像図を描いて、悪口にちょっとだけ迎合していたことなんてすっかり忘れている。もしくは棚に上げている。


「そう、たいしたことなかったでしょう?」

「はい」

 三人は反射的にうっかり正直に答えてしまった。

「あっ、ごめんなさい」

 すぐにぴっちぃが謝った。

〈シブッカーさん、気を悪くしちゃったかな〉


 意外にもシブッカー嬢はくすっと笑った。

「あのコピーに載ってたかどうかわからないけど、大学もあるのよ。たいしたことないけど、行ってみる?」

「うんっ!」

 かっぱっぱとぺんは目をきらきらさせてお返事した。

「(ダイガクってなに?)」

「(さあ・・)」


 ぴっちぃも胸が高鳴った。ママが大学生の頃、ぴっちぃはママと一緒に大学の寮に住んでいたのだ。寮生のおねえさんたちもぴっちぃを可愛がってくれてた。大きなお風呂に入れてもらったこともあるのだ!

〈しかし・・・この町のことだから大学といってもあまり期待しないほうがいいかも。シブッカーさんもたいしたことないって言ってるし〉

 ぴっちぃは期待しすぎないよう、自分の気持ちに釘を刺しておいた。


 遊歩道を城跡までつきあたり、お濠沿いに反対側へ抜け、そこからはもっと厳粛な感じの遊歩道が続いている。

 シブッカーさんとぴっちぃたちの影が長く伸びていた。虚体でも影ができるのだ。


 銀杏並木の終点にあるソーラーシステム第六大学。


 大学はこの第六が最果てで、ここより僻地の学生はたいがいこの第六に来る。地方出身で第三あたりまで行ける学生はエリートなのだ。

 ソーラーシステムのなかでは第三が一番の名門で、第四もかなりレベルが高い。第四と第五の間に、大きな格差帯の領域があるらしい。


 時計台のある建物を中心に、レトロな煉瓦造りの学舎が数棟だけ。それでも町の雰囲気からは隔絶されて、一種の聖域を成しているような風格がある。


 キャンパス内の石のベンチに腰をおろした一行は、木々の葉っぱの間からキラキラ零れる西日を受けて、なんだかいい感じの日暮れのときを迎えようとしていた。


 通り過ぎる学生さんたちは、可愛いらしいぴっちぃたちを見て皆にこっと笑ってくれた。キャンディを分けてくれる学生さんもいた。

 シブッカーさんはおそらくこの大学を出た人なのだろう。ひとりの教授が、ベンチの前を通りかかったときにシブッカーさんに、

「やあ」

 と声をかけ、シブッカーさんも、

「あ、こんにちは」

 とあいさつしていた。教授もぴっちぃたちを見てにっこり笑ってくれた。


「あなたたち、今日の宿は決めてあるの?」

 シブッカー嬢が尋ねた。

「いいえ。どこにも予約はしていません。ぼくたちは野宿で平気なんです。簡易テントも持っていますから」

 ぴっちぃが答えると、かっぱっぱとぺんも、

「うんうん」

 と頷く。

「それにね、もしも寒かったら、あたしがみんなを暖めてあげるのよ」

 もーにがおしゃまな口をきいた。

〈薄っぺらでよれよれなこの布切れがみんなを暖める?〉

 シブッカー嬢はおかしくて吹き出しそうになったが、それはもーにを馬鹿にしてではなく、平面のくせにいっちょまえなお口を出してきたもーにの愛嬌と健気さに、思わず気持ちがくすぐられてしまったのだった。


「よかったらうちに泊めてあげるわよ。一緒に晩ごはん食べない?」

〈なんか噂の感じとちょっと違うぞ。同じ名前の別人かも〉

 と思うくらい、こわくない人だ。

〈やなやつじゃないじゃないか〉


 シブッカーさんはコンビニでお弁当を買った。ぴっちぃたちにも、おにぎりとプリンを買ってくれた。


 みんなさっきから気づいていたのだが、シブッカーさんは歩くときの視線が低い。足元のちょっと先だけを見ながら歩く。そして時々立ち止まり、落ちている石を拾ってポケットに入れるのだ。

 それを見ていたかっぱっぱは、自分もおもしろい形の石やきれいな色の石を見つけるとポケットに入れて歩いた。


 シブッカーさんのアパートに着いて部屋に入ると、ガラス瓶がたくさん並んでいて、いろんな小石が詰まっている。電話台や棚の上にも小石がディスプレイされてある。


「シブッカーさんって、石を集めるのが趣味なんですか?」

 かっぱっぱがこう尋ねながら、拾った小石をぞろぞろポケットから取り出すと、シブッカー嬢はちょっと驚いた様子だった。

「いつの間に・・。あなたもいろいろ拾ったのね、かっぱちゃん。そうね。趣味といわれればそうかもしれない。石はおもしろいわね。ちいさい中にいろんな表情があって、磨けばつるつる光るのもあるしね。ついでに私は大物も拾ってくるのよ」


 部屋の中には年代物の和箪笥がデンと置いてある。

 聞けば、二ヶ月に一度の粗大ゴミの日に、趣のあるもので、手入れをすればまだ使えそうなものを拾ってくるのだそうだ。二槽式の洗濯機も粗大ゴミに出ていたやつらしい。

 おそらく、粗大ゴミを拾って帰る彼女の姿を見かけた近所のおばさんたちが、

〈公共の物を私物化する〉

 とか言って、悪口のネタにしているのだろうとぴっちぃは思った。


 かっぱっぱは、おにいちゃんが下校途中によく物を拾ってポケットに入れるのを知っている。砂利敷きの駐車場なんかでビービー弾を見つけたりする。すごい視力だ。ガラスの破片とか、何のネジかわからないネジとか、錆びたワッシャーとか・・・。

 ママが洗濯物を干すとき、おにいちゃんのスボンをパタパタはたくと、そういったものが砂に混じってバラバラバラーッと落ちてくる。ポケットを裏返してみると、底に丸まったハンカチのさらに奥からビービー弾が出てくる。


 そしてなんといっても、最も愛着を込めて拾ってくるのが小石だ。

 校庭にも通学路にも小石なんてクサるほど落ちているわけだが、そんな中から一つ二つ拾ってくる。どうやら適当に拾うわけではないらしい。気に入った石というか、自分と気の合う石がたまに見つかるので拾ってあげて大事に握りしめて歩き、家に入るときポケットにしまうのだという。

 だからシブッカーさんの〈小石拾い〉も、かっぱっぱにとってはすごく親近感をおぼえる行為なのだ。


 シブッカー嬢はお湯を沸かし、インスタントのみそ汁をみんなにも作ってくれた。

 やはり年代物のちゃぶ台を囲んで、賑やかな夕餉のひとときだった。


 その夜は一人と三匹と一枚でひとつのお布団に入って寝た。

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