サターンワッカアル
第6話 サターンワッカアルのシブッカー嬢
サターンワッカアルへ到着した時には、お昼を少し過ぎていた。
実体のほうを家に置いてきたかっぱっぱとぺんも、町歩き用の虚体を上手に形成している。まるで本物のぬいぐるみみたいだ(本物のぬいぐるみだけど)。
もーにから降りてしばらく歩くと、メインストリート沿いにカフェのチェーン店をみつけた。落ち着いた感じのいい店だ。
「なにか温かいものでも飲もう」
カフェでまったり寛いでいると、虚体も温まり、昨日からの慌ただしい展開による緊張が解けてきて、気分がほっとひと段落した。
しかしさっきから、となりのテーブルのおばさんたちの話し声が耳障りなのだ。おばさんは声がでかいから話が丸聞こえだ。向こうのテーブルの学生さんたちは迷惑そうな顔をしている。
おばさんたちが何の話をしているのかといえば、ひたすら他人の悪口なのだ。よくもまあ次から次へと悪口のネタが涌いてくるものだ。
〈三人寄れば文殊の知恵〉というけれども、おばさんが三人寄れば〈文句と見栄〉だ。〈悪口でお茶が飲める〉という項目を〈オバサン〉の定義に追加してもよい。
そんな悪口オンパレードのなかでもひときわ盛り上がっていたのが、シブッカー嬢という人の話だった。
なんでもこのサターンワッカアルには、どこの出身だかわからないが、シブッカー嬢とよばれる女が住み着いて働いている。
ブスで、偉そうにしてて、物欲が強い。いつも自分は正しいと思っている。きっとそう思いたいのだ。だから人から批判を受けるとヒステリーを起こす。的を射た批判であればなおさらだ。公共の物でも自分の都合で勝手に私物化してしまう。やなやつだ。
というのが話の要旨らしい。
おばさんたちは寄ってたかって延々そいつの悪口を言っている。
「シブッカージョーさんって、なんかやなひとみたいだね」
「こわいひとなのかな?」
「おこらせたらこわいんじゃない?」
「いつもおこってるのかも」
「どんなかおしてるんだろう」
「・・・(かきかき)・・・こんなかおかな?」
「ぼくは・・・(かきかき)・・・こんなかおだとおもうよ」
かっぱっぱとぺんは、ヒマにまかせて勝手に想像を膨らませながら、似顔絵まで描きはじめた。いろんなシブッカー嬢想像図が描かれていく。
もともとこの二人はあまり一貫性があるほうでもないので、そのうちに怪獣やら妖怪やらポケモンやら、お絵描きが四方八方に展開していった。
もーにはぴっちぃの体にだらんと巻きついてすやすや眠っている。民族衣装みたいでなかなか味がある、といえなくもない。
ぴっちぃはSサイズのホット・キャラメルラテを飲みながら、となりの雰囲気に同化しておばさんと同じようにシブッカー嬢の噂話に一瞬はまってしまったかっぱっぱとぺんの言動に、ため息をついた。主体性のない子たちだ、やれやれ。おまけに話もお絵描きもすぐに横道に逸れてしまう、集中力の持続性に乏しい子たちだ、やれやれ。
でも単純でかわいいなとも思った。お絵描きだってなかなか上手だ。
カフェを出たみんなは、さてどうやってママのイヤシノタマノカケラを探せばよいものやら思案のあげく、とりあえず役場へ行って観光案内マップをもらい、町を探索してみよう、ということになった。
観光スポットのパンフレットでも置いてあるかもしれない。
町役場には総合インフォメーションのカウンターがなかった。いきなり住民課とか健康保険課とか納税課とかと、それぞれ①番②番とかの係の窓口しかない。
〈ご自由にお取りください〉と書かれてパンフ類が差してあるラックもない。カフェがあるわりには意外と田舎町みたいだ。
ぴっちぃは仕方なく、エントランスから一番近い窓口で尋ねてみた。
「あの、すみませんが、この町の観光マップをもらえませんか?」
かっぱっぱとぺんもカウンターにかぶりつきで顔を出していた。
「え? あ、ああ。しばらく、お、お待ち下さい」
窓口のおにいさんは一瞬たじろいだが、彼らがよそから来た観光客のようだと察して、いつもよりちょっとだけ愛想よく言って席を立った。
おにいさんは書類ケースの引き出しを上から順に開けて観光マップをごそごそ探してくれた。
でもなかなか見つからないみたいで、後ろのほうのファイルなんかもめくってみたりして、だんだん焦った様子になってきた。
〈ひょっとして、窓口が違ったのかも。入り口の案内板をよく見てくればよかった。案内板なんてあったっけ?〉
ぴっちぃはおにいさんが気の毒になり、
「もういいですよ。どうもすみませんでした」
と言おうとしたが、そのとき、おにいさんの後ろのほうの席から立ち上がった別の職員さんが、デスクの引き出しの奥から一枚の書類を取り出してきて、カウンターにばんっと置いた。
どうやらこれがサターンッカアルの〈観光案内マップ〉のようだ。
最初のおにいさんは小さな声で、
「す、すみません」
と謝った。が、ぴっちぃたちに対してではなかった。
ばんっと置いた職員さんに謝っているのだった。その人が首からかけている職員証には〈住民課 シブッカーひね子〉と書かれてある。ヒラ職員だ。
〈このひとがあの有名なシブッカージョー?〉
噂のとおりなんだか怒りっぽそうだ。それに顔がでかい。窓口のおにいさんがもたもたしているのでイラついてしまったらしい。
でも、窓口のやりとりを聞いていて自分のデスクから手際よく観光マップを出してさっとカウンターへ出すということは、仕事はできるほうなんじゃないだろうか?
顔は一見怒っているようにも見えるが、単に無表情なだけのように見えなくもない。
〈やっぱりこの人が噂のシブッカーさんだきっと〉
そそくさと役場を後にした三人はさっそく、もらったマップを開いてみた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
モノクロだ。それにコピーだ。でもってコピーのコピーを繰り返したのみたいで、印刷が汚れているし、字がよれよれになっている。
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