第5話 さあ、出発だ!
その夜、ご主人さまたちはいつものようにぬいぐるみたちを寝室へ連れて上がった。魂だけのぴっちぃもトボトボついて行く。
ぴっちぃたち三人は、
〈サターンワッカアルへのヒントっていったい何だろう?〉
と考えながら、部屋のあちこちを見回したり、ご主人たちの言葉や動作から〈ヒント〉を読み取ろうとしていた。
みんなでじゃれ合ってしりとりごっこなどやっているうちに、ご主人たちは眠ってしまった。
お陽さまの匂いのするふかふかおふとんでゴロゴロしていたかっぱっぱとぺんも、ウトウトしはじめた。今日はおまんじゅうをたくさん食べておなかいっぱいだし、もともとこの二人は根気強いほうでもないので、サターンワッカアルへのヒントもまだわからないし、眠くなってしまったのだ。
寝入ったご主人たちのなかで、ママのそばにいてあれこれ考えていたぴっちぃも、なんだか疲れてぼんやりしてきた。
ママの指先。
たまたま視線が落ちたところはママの指先だった。タオルケットの角を掴んでいる。それが目に入ったとき、ぴっちぃはある昔の光景を思い出した。
連想を繋げなくても、あまりにもそのまんまだったから、一瞬にして記憶の回路がそこへ飛んだのだ。
〈もーに・・・〉
ぴっちぃの記憶のなかで、幼いママが毛布の角を触っている。薄くなり、角がすっかり擦り切れて短冊のようになってちぎれかかっているベビー毛布。ママが生まれたとき、家族の知人から贈られたお祝いの品だった。
よちよち歩きを始める頃までには、ママはもう片時もその毛布を離さなくなっていた。
言葉を話し始めると、ママはそれを〈もーに〉と呼んだ。朝も昼も、もーにをひきずって歩き、外遊びから帰ると、もーにをひとりで勝手にかぶって眠り、夜はもちろんもーにの角を触りながら眠りについた。
いくつになってももーにを離さないママを母さんが心配して、ママに気づかれないようにもーにを隠したことがあった。ママは『もーにもーに』と言って泣き続けた。
ママがあんまり泣くものだから、ママの母さんはとうとう根負けして再びもーにを出してきた。〈断もーに〉失敗。
ぴっちぃがママと暮らし始めたときには、もーにはすでにママの命の一部であるかのようにぴったりくっついていた。
いまママの手に握られているのは何代目かの〈ポストもーに〉だ。
おにいちゃんが生まれる前にママが買った新品のベビー用タオルケットだった。が、ちびにいちゃんが生まれる頃には、ママはもうそれを自分用のお触りタオルケットにしていたように思う。
今日のお陽さまの匂いのする〈もともとはおにいちゃんのだったママのお触りタオルケット〉を眺めながら、ぴっちぃはあの、ちょっとおしっこくさいもーにの匂いを思い出していた。
〈思い出していた〉と自分では思っていたのだが、本当になんだかあの匂いがしてきたような気もしている。
「ぴっちぃちゃん」
つんつんされて振り向くと・・・・
ぴっちぃは腰を抜かしそうになったが、平静を装い、ぎこちない返事をした。
「や、やあ、もーにちゃん。よく来たね」
「ほんっとにひさしぶりね、ぴっちぃちゃん。あなたずいぶんよごれちゃったわね」
〈実体がないのになんでわかるんだ?〉
舌っ足らずのくせにえらそうにものを言うもーにちゃんだ。そういうもーにだって薄汚れてよれよれだった。ちぎれかけた角が短冊みたいにひらひらしているのは相変わらずだ。
〈もーにちゃん、どうしてここに来たの?〉
と問うまでもなく、ぴっちぃには、このもーにちゃんこそがジュピ田さんのいうサターンワッカアルへのヒントだとわかった。ヒントなんてもんじゃない。方法だ。手段だ。
ぴっちぃはかっぱっぱとぺんを揺すり起こした。
「さあ、行くよ」
かっぱっぱとぺんもはっと気がついて〈ヒント〉が見つかったことを悟ったみたいだ。
もーにはさっそく
まずぴっちぃがもーにの上によじ登って座り、続いてかっぱっぱとぺんも、もーにの上へ這い上がろうとした。
「ちょっと待った! 重いわよ!」
もーにが不服を申し立てた。
〈そうだった〉
かっぱっぱとぺんは、今日は帰宅後すぐに実体に戻っちゃってたのだ。
ぴっちぃはまだ幼いかっぱっぱとぺんに言い聞かせる。
「きみたちはそのままでは行けないんだよ。ほら、かっぱっぱはおにいちゃんの腕の中にいて、ぺんはちびにいちゃんの頭の先に転がっていただろう? 実体のほうはこのままここに残しておくんだよ。いいかい? 魂だけがぼくと一緒に行くのさ」
「あら、あたしもよ」
もーにが口をはさんだ。
「そう、ぼくと、もーにちゃんと、一緒に行くのさ」
ぴっちぃは言い直した。
このボロボロの布は〈もーにちゃん〉っていうのか。もしかしてこれが〈ヒント〉? 〈ヒント〉ってしゃべる布っていう意味?
かっぱっぱとぺんも、昼間のリハーサルどおり、よっこらしょと幽体離脱して魂を虚体に移した。
「なんだか淋しいなぁ。おにいちゃんたちとしばらく会えないなんて」
「しばらくでは済まないかもしれないよ。本当にまた会えるのかな」
「帰ってこれたらね」
「淋しいなぁ」
「うん」
ぴっちぃの魂はすでにすっかり実体から抜けている。しかももう何年も前からだ。ぴっちぃにはそのことのほうが淋しかった。
「おにいちゃん、きっと戻ってくるからね。ぼくの実体かわいがってね」
「ちびにいちゃん、おねしょしちゃだめだよ」
かっぱっぱとぺんがおにいちゃんたちにお別れのあいさつをしている傍らで、ぴっちぃはママのまぬけな寝顔を見つめ、心の中でつぶやいた。
〈ママ、ぼくはママのイヤシノタマを全きものとするために、カケラをみつけてくるよ。そしたら、いつか・・・・ぼくを思い出してね〉
三人は〈空飛ぶもーにちゃん〉に乗り、家を出た。
〈魔法のじゅうたん〉みたいなわけにはいかない。ぺんなどはまん丸だから、下手をすると転がり落ちてしまう。平面上で風圧に耐えるのはとても大変なのだ。
だからもーにちゃんは、角を器用に結び、外の景色も見えるように隙間も作り、みんなを包んでくれた。
空気が澄んでいて、お星さまがいっぱいの素敵な夜空だった。かっぱっぱとぺんは、夜に外出するのは初めてだったから、なんだかおっかないような、でもわくわくする気分だ。
ぴっちぃは、ママがぴっちぃを抱っこして泣きながら外へ飛び出した夜のことを思い出して胸が痛んだ。
もーには自分の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます