占い師のジュピ田さん

第4話 ジュピ田さんの占い(?)

 二プラネッツ隣りの町に、知る人ぞ知る腕利きの占い師がいる。

 ジュピ田さんというおじさんで、占いのみならず、クライアントの人生相談にのってくれたり、ちょっとしたセラピストのような役割も引き受けてくれる。

 アドバイスはやや難解なときもあるけれど、然るべき時がくればそれが的確であったことが判るという。

 パパとママも、家を建てる時に土地のお清めのしかたを教わったり、祝詞のりとをあげてもらったり、なにかとお世話になっているおじさんだ。


 ぴっちぃは他にあてもないので、ダメもとでその占い師さんを訪ねてみる。

 かっぱっぱとぺんも一緒についてきた。


 ところで、何ヶ月も文献調査をしている間に偶然判明したことなのだが、ぬいぐるみは実体が行方不明でも、焼却処分されていない限り、魂さえあれば必要に応じて仮の肉体を形成することができるらしいのだ。いわば虚体だ。

 ぴっちぃも試してみたらうまくできた。これはなかなか便利だ。

 この事実を知らないぬいぐるみは多く、人々のあいだではほとんど知られていない。

 ぴっちぃは、かっぱっぱとぺんにも虚体形成術を伝授し、まずはリハーサルがてら虚体化させてみたら、二人は幼いながら、意外とうまくできた。さすがはぬいぐるみだ。


 さて三人は勇気をふり絞り、ジュピ田さんちのピンポンを鳴らす。


 玄関に出てきたジュピ田さんは最初、ぴっちぃたちの姿が見えないのできょろきょろしたが、すぐに、足元に並んでどきどきしながらこちらを見上げている三人組に気づいてくれた。


「おや、これはこれは。かわいらしいクライアントさんじゃのう。ほっほっ。まあお入り」


 ジュピ田さんは親切にぴっちぃたち三人を床の間へ通してくれた。座布団は三人座って一枚で足りるくらいだが、ジュピ田さんは三人それぞれを抱っこして一枚ずつの座布団にちょこんと座らせてくれる。


 するとジュピ田さんの子どもたちがぞろぞろ入ってきて、お茶を出してくれたり、三人を取り囲んでなんやかやと世話を焼きたがった。わんさかと賑やかだが、どことなく規律正しい子どもたちだ。


 かっぱっぱとぺんはさっそく、

「いただきまぁす!」

 と手を合わせてから、出してもらったまんじゅうに貼りつき、はぐはぐ食べはじめた。ぺんなどはもうジュピ田さんにお尻を向けてひたすらまんじゅうを食っている。

 ぴっちぃは出された煎茶をすすり、やっぱりまんじゅうには勝てない、ぴっちぃもまんじゅうを一口ほおばり、もう一度茶をすすってから、膝を正し、かしこまって話を切り出した。


「本日は突然お訪ねし、大変失礼いたしております。実はぼくたちは、あるものを探す旅に出ようと思っているのですが、どこへ行けば見つかるか、皆目わからないのです」


「ほう、それはどのようなものだね?」


 お口の横に木の節のような大きなシミのあるジュピ田さんが、興味深そうに、穏やかな口調で尋ねる。

 巨大なお顔全体が気体的で掴みどころがなく、なのにずっしりと重力のある風貌のおじさんだ。


「それが・・・。〈イヤシノタマノカケラ〉というものなんですけど、うちのママのイヤシノタマ値が低下しておりまして、その治療に必要なのです。

 とある文献によれば、それは文字通り物質としてのカケラかもしれないし、変化へんげした状態になっているかもしれない。或いは、隠喩として謎に包まれた状態で眠っている場合もあるといいます。

 ジュピ田さんの占いのお知恵で、まずどこへ探しに行くべきか、示していただけないでしょうか?」


 こんな抽象的な依頼など一蹴されるかもしれない、と、ぴっちぃは不安だった。

 なにしろジュピ田さんはご多忙そうなのだ。さっきここへ通されるとき、事務室がちらっと見えたが、デスクの上に書類が山積みになっていた。

 が、ジュピ田さんは真剣に話を聞いてくれていた。小さなぴっちぃたちに注がれるジュピ田さんの眼差しはとても優しい。


「ふむふむ。なるほど。〈イヤシノタマ値の低下〉か。ということは、きみたちのママはDamin-Gutara-Syndromeに罹っておいでなのかね?」

「はいっ。その通りです。よくご存じでいらっしゃいますね、ジュピ田さん。あんな地下の資料室の片隅に紛れていた論文だったのに」

「きみたちのママには幾度か会っているからね。神棚はいつもきれいにしておられるかな? ははは。ではさっそく、占ってみることにしましょう。ほっほっ」


 ジュピ田さんは懐から虫メガネを取り出し、ぴっちぃ、かっぱっぱ、ぺんの人相やら手相やらを丹念に調べ、次にアロマキャンドルに火をつけてタロットカードをシャッフルした。なんかムードのあるライティングだ。それにいい香り。


 ぴっちぃたちも、ジュピ田さんの指示するとおりの作法でカードを繰り、それから、順にカードをひっくり返して絵柄のメッセージを読み解くジュピ田さんの所作を見守る。


「よしっ。出ましたよ、おちびさんたち。まずはサターンワッカアルへ行ってみなされ。それから先は自ずと道は示されるであろう」


 サターンワッカアルとは、ジュピ田さんが言うには、

「わしにとってはお隣さんのようなところじゃよ。はっはっは」


 世界をじっと見上げていると、すべてのものが、というより、世界全体が、ごっそりそのまま同じ速度で動いているように見える。

 しかしよくよく見てみると、その中に全体とは異なる周期でうろうろしているところがいくつかある。サターンワッカアルはその、うろうろしているところのひとつなのだ。


「ではいったいそのサターンワッカアルへはどうやって行けばよいのでしょう?」


 ジュピ田さんはさらに何枚かのカードをめくってから、くすっと笑い、ちょっとお茶目な顔をして言った。

「ほほっ。ヒントは寝室じゃよ。今夜きみたちのご主人さまたちが寝室へ入るとき、一緒について行ってごらん。きっとちょうどいいものが見つかるはずじゃ。

 それから、ご主人さまたちにしばしのお別れのあいさつをするのを忘れてはいけないよ。少しばかり長い旅になるだろうからね」


 ジュピ田さんは最後に、目的の場所への地図を水晶玉に映し出し、それをA4の紙にコピーして、

「きみたちの町がここ。サターンワッカアルはここじゃよ」

 と、蛍光マーカーでしるしをつけてくれた。


 ぴっちぃに時折顕われる、輪っかのようなヴィジョンについては、とうとう聞きそびれてしまった。

 なんだか、ジュピ田さんにもそれが解っていて、敢えてその話題には触れないようにしているふうでもあった。

 それは、ジュピ田さんにも介入できない、ぴっちぃが自分の力で克服しなくてはならない課題のようにも思えたし、

〈自分の力で解き明かしてごらん〉

 という、ジュピ田さんからの暗黙のメッセージであるようにも思われる。


「ジュピ田さん、おまんじゅうごちそうさまでした。おいしかったです」

 かっぱっぱがお行儀良くごあいさつした。

「はいはい。よろしゅうおあがりよ」

「ジュピ田さん、おみやげどうもありがとう!」

 ぺんも元気良くごあいさつした。

「ほっほっほ」


「え? おみやげ?」

 いつの間にかジュピ田さんの子どもたちがぺんに懐き、どっさりのおまんじゅうをぺんのリュックに入れて持たせてくれていたのだ。

 ぴっちぃは恐縮しながらお詫びを申し上げた。

「あの、ぺんがとんだご無礼をいたしまして・・。あの、厚かましくおみやげを頂戴してしまいまして、どうもすみませんでした」

「ほっほっ。遠慮はいらんよ。ほれ。まんじゅうには煎茶が合うじゃろう」

 ジュピ田さんはペットボトルの緑茶をぴっちぃにくれた。濃いめのやつだ!

「あっ、ありがとうございますっ!」


 ジュピ田さんちの玄関を出るとき、ぴっちぃの足元で、〈きらりん〉と音を立てて何かが転がった。小さなビー玉だ。

 そこに磁場でも存在するかのように、ぴっちぃに向かって吸い寄せられてくる。普通のビー玉ではない。まるで意志を持っているみたいだ。

 ここに訪ねて来たときには見えなかったのに。いや、確かにこんなものなかった。


〈なぜ?〉


 ジュピ田さんはビー玉を拾い上げ、かわいい巾着袋に入れてぴっちぃの手に持たせてくれた。

「探し物は、それを探してみる気になったとき、すでにその一部をきみたちは見つけているんじゃよ」


 輪っかのヴィジョンが一瞬、点線のように浮かんで消えかかり、微かにキラリと光ってからフッと消えていった。


 ジュピ田さんは手を振り、玄関先で三人を見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る