まほうがとけるまで/19:30

19時30分 黒椿ササメ


◆みそら地区/レプカショッピングモール/ナレーション:ドロシー


 停電したレプカショッピングモールでは、今も暴走するサンドリヨンの被害よりも、パニックを起こした人々によるトラブルの玉突き事故が深刻になってきました。電気が復旧しても、これは収まるのに時間がかかりそう。そんな薄暗がりを、黒椿ササメさん【24歳/女性/庭師】は、お子さんの名前を呼びながら駆け回っていました。

 二階の屋内遊園地へお子さんを預けてお買い物をしている間に、清掃人形のトラブルがアナウンス。買い物を放り出して迷子アプリをもとに屋内遊園地へ戻ったのですが、携帯端末の入った娘さんの鞄があるだけで、本人は影も形もありません。

 屋内遊園地は、ササメさんと同じく子どもを預けて買い物していた親御さんがたくさん。子どもへ連絡する姿や、再会する姿も見られます。セキュリティのしっかりした施設なので、普段は安心して預けられるのですが……そうこうしているとモールの停電。

 それでも監視ドローンがモール内を巡回し続けている事に気が付いたササメさん、スタッフに確認を頼んだのですが、閲覧するためのモニタは、停電が復旧するまで使えない、という回答でした。サービスカウンターも人垣ができて、すぐ話せる状態ではありません。

 居ても立っても居られないササメさん、自力で娘さんを探すことにしましたが、夢中になるあまり、他の人にぶつかっては頭をさげます。

 θ型になっている二階フロアを全て見て回るには、大人でも三十分はかかります。息を整えるために立ち止まったササメさん、青いシャツワンピースを掴んで目を閉じました。

 焦りや畏れは良くない波を呼び込むので、常に穏やかな凪のようでありなさい、というのが、彼女が所属するBleu Blue(ブルーブルー)の推奨マインドです。

 そういえば、なるべく機械を使わないという生活スタイルを推しているのもBleu Blueです。今日のことが原因で、より頑なにならなければ良いんですが……

「そんなに遠くへは行かないよ。大丈夫。大丈夫」

 自分を励まして、再び娘さん探しを再開します。

 吹き抜けを横断する中央通路を渡ったササメさん、モールの通路をまっすぐ走り抜けるサンドリヨンに衝突しそうになりました。大変!

 とっさに避けたのですが、脚がもつれてバランスを崩してしまいました。「あ」後ろに倒れそうになったササメさんを、誰かの手が支えました。

「大丈夫ですか?」

 ササメさんを助けたのは、片手に一階にあるスーパーの袋を下げ、ショップ店員のタグを首からさげた、栂遊飛(つがゆうひ)【30歳/男性/服飾店副マネージャー】さんでした。

「怪我とか大丈夫ですか」

「ありがとうございます。あ! あの、娘を探してて」

 ササメさん、携帯端末の画面を遊飛さんに見せました。

「この子です。見ませんでした?」

「んー、俺は見てないな。はぐれちゃった感じですか?」

 ササメさん、背中を丸めてしまいました。

「……私の不注意で」

「いや、この状況じゃアレですよ。しゃーないです。あんま思い詰めないで」

 遊飛さんがササメさんを慰めます。

「店の端末で迷子情報見られるんで、見てみるっすよ。他に探しているご家族は?」

 ササメさん、娘さんの鞄を抱きしめました。

「あの子しかいないの」

「……オッケー。じゃあ、こっち。店行きましょう」

 遊飛さんがササメさんをお店まで案内します。

「戻ったよー」

「栂さん! お帰りなさーい」

 お店にいた女性の店員さんが、マグライトを振って出迎えます。

「ただいま。これご注文のジュースと、固形食な」

「やった! 救援物資だ!」

 スーパーマーケットの袋を受け取った店員さん、ササメさんを見ます。

「ええと?」

「ああ、この人、娘さんが迷子なんだって。俺、一瞬裏戻るから、検索頼める?」

「はーい」

「すいません、ちょっと外します」

 遊飛さんはササメさんに会釈して、早足でスタッフルームへ向かいました。

「あの人もパートナーがモールのどっかにいるんですって。で、ママさん、お子さんの見た目の特徴……今日のコーデとか、身長とか聞いていいですか?」

 ママさんと呼ばれたササメさん、やっと芯が通ったようになりました。今日の服装を思い出しながら、娘さんの特徴を伝えます。

「ふんふん……七歳の女の子……っと。ちょっと、待ってくださいね……」

 タブレット端末を操作して、ササメさんから聞いた娘さんの特徴を入力していきます。

「ママさん大変っしたね。今日は、お子さんと二人? ご家族も心配ですよね」

「ああ……ひとり親で」

 店員さんが顔をあげました。

「え、そうなんですか! めっちゃ偉いじゃないすか!」

「え?」

 ササメさん、拍子抜けしていますね。

「ウチもママひとりで、めっちゃ大変だったんですって」

 ササメさんにタブレットの画面を見せてくれました。

「今見てるんですけど、やっぱ迷子多くて。一件ずつ見てくしかないっす」

「そうですか……」

 ササメさん、そんなに悲しそうにしないで。大丈夫、遊飛さんが良いお知らせを持ってきましたよ!

「お母さん、お母さん! この子だよね?」

 遊飛さん、ご自分の携帯端末をササメさんに渡します。

「む……娘です! 間違いないです! どこで!」

 ササメさん、遊飛さんの両腕をつかみます。

「えっと、俺のパートナーが一緒ですって。ここで落ち合いたいって」

 店員さんが小さく拍手しました。遊飛さん、携帯端末でパートナーを呼び出しました。

「……アサヒ? 俺!」

『遊飛?! やっと……! 本当……心配したんだぞ!』

「悪かった。説教は後でな。アサヒが探してる迷子のお母さん、今一緒なんだわ」

『むむちゃんママと?』

 通話の向こうから「ママいるの?」と女の子の声もします。

「そう。その、むむちゃんママ。なあ、アサヒどのくらいで着きそう?」

『今ついたよ』

 眼鏡をかけた男性が、お店の前で手を振っています。カートにはササメさんの娘さんが乗っていました。

「アサヒ!」

「いやあ、色々、大冒険だったよ……よいしょ」

 男性はカートに乗せていた娘さんを下ろします。

「お疲れ。頑張ったね。ママいるってさ」

 背中をそっと押し出します。ササメさんは唇をかんで、娘さんへ駆け出します。

「ママ!」

 全速力で抱き着く娘さんを、ササメさんしっかり抱き留めました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る