まほうがとけるまで/19:04

19時04分 アンナ・ウェルフェア


◆ましろ地区/キャッスルビル/ナレーション:リエフ


 男性アナウンサーが淡々と読み上げる速報は、アンナ・ウェルフェアさん【女性/40歳/資産家】のお部屋に静かに反響します。

 電動車いすに乗ったアンナさん、痛ましそうな表情でニュース画面を眺めています。

 旦那様を病気で亡くし、ご自身も病に伏せるアンナさん、たまに来るお客さんがいなければ、広いお家を持て余すように暮らしています。ニュースチャンネルを見る機会も、以前よりずっと増えました。


『速度上限が外され、ホバーボードと同様の速度で行動しています。また、カメラ認識機能が作動していないため、物や人を巻き込む可能性が大変高くなっています』

『ご自宅のサンドリヨンが誤作動を起こしている場合、速やかに胸部の操作パネルから強制的に電源を切る、あるいは胸部を破壊するなどして物理的に止めてください。その後必ず、バッテリーを抜き取ってください』


 キャッスルビルには、サンドリヨンがいません。生身の労働力を使うことが、OZでは上質な暮らしを表します。お掃除も、宅配も、お料理も、労働者の手によるキャッスルビルは、今回の事件から隔離された、最も安全な場所です。

『サンドリヨンの暴走の影響による停電および火災、車両事故など多発しています。交通情報、オズ市警管制センターのミゾレさん、お願いします』

 アンナさんの表情は悲しげですが、それはどこか遠くの悲しい出来事を同情するようでした。

『衝突事故などによる渋滞が各所で発生しています。また、混雑緩和のためイエローラインが全車走行可能となります。すいぎょく地区へ渡る橋は両側閉鎖されているため、通行には気を付けてください。環状モノレールについては……』

『こんばんは。お夕飯のお届けです』

 アンナさんが見つめるモニタ、赤い×印が置かれたオズ交通網の左上に、玄関のカメラ映像が差し込まれました。清潔そうな白い服のボーイさんです。上階のレストランから、頼んでいたお夕食を運んで来たようです。

「ありがとう。少しお待ちくださる?」

 アンナさんは、車椅子備え付けのパネルを操作し、玄関を開錠します。

「どうぞ」

「失礼します」

 ワゴンと一緒にアンナさんのお宅へやってきたボーイさんが、暖かい食事の入ったお皿をテーブルに並べてゆきます。

 ボーイさんが、モニタのニュースに目を止めました。

「“外”は大変なようですね」

「そうみたいで……知ってる方もいらっしゃるし、巻き込まれていなければ良いけれど」

「ウェルフェアさん、こちらにお住まいで良かったですね」

 悪気ないボーイさんの言葉に、アンナさんは曖昧に微笑みました。

「……ええ、そうね」

「それでは」

 ボーイさんが退出されて、アンナさんは再び一人になりました。

 アンナさんは、お食事の席に着く前に、亡くなった旦那さんの物理写真を手に取りました。

「……良かったのかしらね。本当に」

 写真に話しかけると、アンナさんは写真を食卓の傍らに置きました。

「私にも何か、できることがあるかしら。ねえ、あなた」

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