まほうがとけるまで/19:33

19時33分 メドウマウス


◆みそら地区/森/秘匿チャットルーム/ナレーション:友安ジロー


「メドちゃん読めた?」

「もうちょっと」

 赤いケープの少女ASKと、王冠をかぶった野ネズミのメドウマウス、こと、くろがねソラ【17歳/女性/学生】。彼女たちの秘密基地、ログハウスを模したチャットルームに、今日はもう一人いる。

 釣り竿と巨大な鯛を抱える陶器の座像を模したアバター。彼の頭上には「Guest:BAN」のハンドルが表示されている。サンドリヨンと自分のデスクトップ端末を接続させ、その端末の遠隔操作キーをASKに託した客人だ。

「生のデータ見てみたかったから嬉しいよお。ありねー」

『どうやって抜いたんだよ。すげーな』

 BANの頭上に吹き出しでテキストがポップアップする。

「ふふー」

 ASKが腰に手を当てて威張った。BANがやったのは、端末を停止させたサンドリヨンと接続し、鍵のかかったデータをダウンロードしただけだ。中身を見るにはそれなりの知識が必要で、その知識に頼るため、メドウマウス経由で魔法使い【ハッキングスキルの高い者を指すスラング】のASKに接触した。

 ASKは自作のツールで難なくプロテクトを抜いて、サンドリヨンの内部データを自分の端末へ移動させ、今チャットルームで共有している。

「あのさ」コードを読み終えたソラだ。野ネズミの王冠が、声に合わせて光る。

「カメラ認識と速度リミッター外してるデータを、最新のバージョンで配布するの……おかしいよね? パスワード一度も変えてない機体だけ、更新適用するようになってるのもそうだし」

 野ネズミが腕組みし、片足をパタパタ鳴らした。

『えっと? 初期からPW変えていないヤツだけ、暴走させてるってことか?』

 BANのアバターがその場で回転する。

『普通PWって変えるもんだろ』

「面倒だとそのままって人いるよ。うちの親がそう」

 野ネズミが呆れのジェスチャーを見せた。

「私が全部変えてる」

「……おかしい」

 黙って画面をスクロールさせていたASKの手が止まった。野ネズミが頭上に「?」をポップアップさせる。「ここ。この拡張子、何だろ?」

 ASKがポインタを丸く動かして該当箇所を指す。

『チョーク【フリーの音声変換ソフト】だ』BANが言う。『けど、なんでだ?』

「このコード、部外者が弄ったんじゃない?」

 ASKがこともなげに言った。

「ヘイゼルの内部で弄るなら、こんな面倒なことしないよぉ。どこかの魔法使いがやってる方が分かる」

『そういや、前のverだとチョークで声いじれるって聞いた。w8【待て、の意】』

 五秒後、BANが該当のアドレスを引っ張ってきた。

「ふんふん? メドちゃん分かる?」

「えっと、コマンドからチョーク開けば、それ経由してサンドリヨンの元データを参照できる挙動に改造できる」

「当たり! でもこんなバグどうして放置してたんだろ?」

『ごめんけど、俺にも分かるように教えて』

「ええと、つまり、故意にサンドリヨンが改竄できるバグがあって、それを使ってデータを書き換えた誰かがいる……ってこと……で、いい?」

 野ネズミが親友兼師匠に確認するよう首をかしげる。

「正解! 犯罪の匂いだ!」

 ASKが正解を知らせる効果音を鳴らした。

「ねえねえ、これASKいるギルドに上げて良い?」

『それを頼みに来たんだってば』

「そうだった! ありがと!」

 ASKは、自分の所属する魔法使いのフォーラムにサンドリヨンの中身をアップロードするため、一旦退出した。

『じゃあ、俺ここで。さすがに、家の片づけ手伝わねーと』

 BANの自宅に他所のサンドリヨンが乱入して、大変だというのはソラも聞いていた。

「もしかして、サンドリヨン止めてから、ずっとやってたの?」

『そ。これ前のマシンだから、何するにも時間かかってさあ。片付けたら、友達もかまってやんねーと。すぐスネんだあいつら』

「仲良いんだ」

『うん。たのしーよ。じゃ、助かった! ASKにもお礼しといて。またなー』

「ただいま! ありゃ入れ違い?」

 BANの退室と入れ替わるように、ASKが部屋に戻ってきた。

「うん。BANさん帰った。ありがとうって」

「ううん。あっちのみんなも大喜びしてた」

 ASKの所属ギルドはOZに在住の魔法使いたちが集まっている。

「あーちゃん、そっち行かなくていいの?」

「あっち、すぐ自分達は偉いぞ凄いぞって話になって、好きじゃないんだよね。BANも出どころ伏せてほしいって言ってたから、あの人たちのお手柄にしてもらうよ」

 ソラは現実でも首を傾げた。

「んー、ASKはメドちゃんと面白い事する方が好きってこと!」

 ASKは野ネズミを抱き上げて頬ずりした。

 それからソラとASKは真剣に、ハッキングの手口について推測していった。それは後に裁判で判明した犯人の自供と概ね一致していた。

 ただ、ソラ達の、波長の合う者同士が行うミームだらけの圧縮会話では伝わりにくい。そこで、僭越ながら僕が代わりに解説する。

 サンドリヨンからランダムに一台を選び、ソラの言った方法で速度上限と、カメラ認識での回避機能を切る。これを便宜上「親」とする。「親」は改竄データを最新の更新データとしてヘイゼルのサーバーにアップロードする。タイミングは、各清掃人形の自動更新が週に一度行われる直前。

 そして、更新データが全機体に適用される十八時ちょうど。条件を満たした可哀想なサンドリヨンに魔法がかかる。

「親」の動作状況を「正規の」かつ「最新の」ものとして受け取った人形たちがどのような不具合を起こしたかは、ご覧の通りだ。

「でも、私達からだと干渉できないよね?」

 ソラが尋ねると、ASKは床の上をゴロゴロと転がった。

「そうなんだよなあー。現状、バッテリー切れるの待つしかないの」

「取説だと5時間ってなってるけど、もっと早く止まりそうだと思う」

「ね。速度上限外したぶん電池食べちゃってるはず」

「うん」

 野ネズミのアバターはASKの体を駆け上がり、肩に乗った。

「……早く止まると良いな」

 随時更新される被害状況はひどくなる一方だった。

「ホントにね」


 ASKがデータを託したギルドから解析結果が拡散されるには、ここから一八〇〇秒かかった。

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