第8話 港湾再開発ショッピング街(仮)建築部の戦い
いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び、日々せいいっぱい生活しています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々ないとなみを、ひととき、覗いてみましょう。
今日の主人公は、
今はうつぶし地区の港湾再開発現場で、1区画の現場監督主任を任されています。
ところが、いつもの施工と勝手が違うみたいです。
P-PingOZ『港湾再開発ショッピング街(仮)建築部の戦い』
ナレーション/ドロシー
うつぶし地区、三番港。以前はスーパーマーケットたわらやと系列店の倉庫街でしたが、ご存知の通り同業のレーパに買収されて以降は閉鎖され、ねずみのマスコットごと放置されていました。ここを、水上バスターミナルを軸にした新しい商業施設にするため、昨年秋から工事が始まっています。
それを請け負っているのが、今日の主人公、深澄さんがお勤めするセルドです。
【地均しや基礎工事の早回し映像が差し込まれる】
深澄さんの受持ちする区画は、外壁に煉瓦風のボードを使った倉庫型のテナントが立ち並ぶ、歩いて楽しむことを目的にしたショッピング街になるそうです。
他にも、野外イベントが行える常設ステージを設けた広場や、水揚げされたお魚をその場で買えるマルシェなども併設される予定で、今年の秋オープンを目指して、建設作業が進んでいます。
深澄さんが淡いオレンジの作業着姿でご自宅から現場へ直行するのは、始業より一時間早い朝七時。深澄さんのチームだけでも百人規模の職人さんが働いていますが、今はまだ四交代で巡回する警備部のスタッフしかいません。輸送ドローンも、搭乗型義体たちも格納庫で眠っています。
警備スタッフにご挨拶しながら三階建ての現場事務所へ向かう深澄さん。事務所の外壁に掲示された大きな耐水電子ボードの前で立ち止まりました。これは、茅場チームの全体工程表ですね。左から右へ向かって、日付と、竣工までの大まかな工程が記入されています。
ボードの行程欄には二色のラインが引かれています。予定進捗が赤いライン、業務日報を元に反映される実際の進捗が緑のラインです。深澄さん、彫りの深い顔をクシャっと困らせ、鼻のてっぺんを指で掻きます。予定よりも数日分遅れているようです。
「おはようございまーす」
深澄さんの後ろから、真新しい作業着、電動スケートボードに乗った若者がやって来ます。主任補佐のクーロ・サンブラノさん(23歳/男性)です。
「おはようさん。別に良いんだよ付き合わなくて」
「そんな訳には!」
はりきる姿に、深澄さんも苦笑い。クーロさん、お名前で分かるようにセルド社の社長、ヴァスコ・サンブラノさんの三番目の息子さんです。セルドは世襲で社長職を継いできました。クーロさんは入社したての新人さんですが、上のお兄様たちは、あと二つある現場でそれぞれ重要なポジションにいらっしゃるそうです。
息子さんたちの間で、後継者争いはもう始まっています。深澄さん、そんな御曹司のお世話も任されてしまったのです。クーロさんは子犬人形のように深澄さんの後を元気よくついてきては質問したり、現場の様子を興味深そうに見回したり。深澄さんも目が離せないご様子。
「そうだ」
ウンザリした様子で、クーロさんが言います。
「茅場さん、44《ヨンヨン》お願いします。また来てるんですよ」
聞き慣れない言葉ですが、これはセルドで使われる「警備を呼んでください」という符丁です。
「またか? 特殊接客部には上げてるんだけどな」
深澄さん、ぼやき混じりにドアへ社員証をかざして事務所へ入ると、ご自分の席にリュックを下ろします。壁際に置かれたモニタで、監視ドローンの映像を確認すると、茅場チームの作業が進まない理由が映っていました。
青ずくめの人たちが搬出入用通路の入口を塞いで座り込み、「ノーテクノロジー」「人間が大切」など書かれた青いボードを掲げています。建築資材の一部が人体や環境によくないと、工事中止を求める抗議活動です。
そのような事実はなく公式声明をweb掲載してもいますが、毎日来るんです。なぜか茅場チームの現場にだけ現れて座り込み、二時間ほど抗議スローガン斉唱や森林浴環境音とヒーリング音源を流すなど、脱法的な嫌がらせに勤しみます。搬出入口の一歩外にいらっしゃるので、無理に追い払うことも難しいんでしょうね。別会社では、同様の活動を排除したら裁判で負けていますし。
「通報しましょう、もう」
クーロさん、最終手段に訴えますが、深澄さんは渋いお顔。
「警備の頭ごしには呼べんだろう。それに通報って、市警にか?」
クーロさん、少し考えて、がっくり肩を落としました。
「……っすね」
オズ市警の腰はどっしりしているので、この程度では立ち上がらないでしょう。
それにしても、青い装いでの抗議や過激な環境保護運動は、Bleu Blueで余暇か資産の潤沢なクルーが取り組みがちなんですけれど、十日以上も同じ方々がいらしているのは不思議ですね……あっ! 大変です、ドローン撮影に気づいた座り込みの方が、ドローンにカラーボールを投げて!
青色の塗料でしょうか? ドローン搭載のカメラレンズが潰れてしまいました。あの方達が本当にBleu Blueだとすると、ああいうのも自然由来の塗料なんでしょうか……
わ、ああっ、ダメです!
【画面が青色に染まる】
【咳払いの音】
えー、さて、気を取り直してピーピングを続けましょう!
今朝は全ての現場主任と本社の事業部の皆さんで、進捗週報を行う映像会議の日です。会議の様子はお見せできないので、会議を終えた深澄さんとクーロさんが、水上バスターミナルの現場事務所を出てきたところから。げっそりした深澄さんと、電動スケートボードに乗ったおかんむりのクーロさん。何があったんでしょう?
「なんで上兄さんに言い返しちゃダメだったんです」
小柄なクーロさんが拗ねると、子どもみたいです。
「長引くから。それ危ないから降りなさい」
息子さんが近い歳のせいか、ついお父さんモードになる深澄さんです。ボードを降りたクーロさん、まだ不機嫌なままです。
「上兄さんのあれ、完全に言いがかりじゃないですか!」
上兄さん。サンブラノ兄弟の長男、アマドさんです。イベントスペースを任されている、深澄さんと同じ現場主任さんです。アマドさんから、作業の遅れを強く叱責されたのでしょう。
「工期のゆとりも龍の日があるからでしょ? それであんなに茅場さんのこと詰めなくたって」
あと数日で、ひいろ地区で「
「あの座り込みの連中、絶対上兄さんの差し金ですよ! 言えばよかった!」「ダメだろ。『茅場が社長の息子使って言い訳してる』なんて言われたら、俺は肩身が狭いし、お前は兄貴を殴る」
ごまかす様に口をとがらせるクーロさん。
「するだろ」
「……すみません」
どうやらクーロさんとお兄さまの関係は、円満とは言えないご様子。
「いつ刃傷沙汰になるかヒヤヒヤしてんだぞ俺は」
ひゃあ、そこまでですか?
「そんな! 俺はしないです!」
ぶっそう!
「でも上兄さん性格悪いすから、座り込み解決したら絶対何かしてきますよ」
「その時はその時で、また粛々とフロー通りよ。お。おはようジェニさん」
すれ違うトロル義体に深澄さんがご挨拶。ふとっちょさんなフォルムの乗りこみ義体で可愛い子ですが、扱うには専用の免許が必要です。現場には同型の機体が沢山あるので、腕部のLEDパネルに名前が表示されています。社員証で搭乗口を開けると、社員データが反映されて名前が出る仕組みだそうです。
「早くから助かるよ」
深澄さんが声を掛けると、外部スピーカーから女性の声。
「いえ。それより、あいつら早いとこどかして下さい」
「すまんね。もう少し待って」
「お願いですよ! ではご安全に」
「ご安全に」
ジェニさんのトロルを見送ると、深澄さんは自販機で暖かいコーヒーを二つ買って、クーロさんへ片方を渡します。
「どうしてそんな弱腰なんです?」
「この五十肩に暮らしがかかってんだ、弱腰上等よ」
右肩を回してみせる深澄さん、その肩から下は、若い頃に作業中の事故で機械義手になっています。
「現場の職人に気持ちよく仕事させて、事故減らして、無事竣工さすのが俺らの仕事。会議で俺が頭下げて済む話なら、下げときゃいいんだよ」
「……分かりました」
ううん、声と言葉が一致していませんね。
「じき雨だ。様子見ながら安全第一で進めるように、各リーダーに連絡頼む」
「はぁい」
天気の不安定な春先の空は、今にも雨が降りそうな灰色です。
「コーヒーどうも。先行ってますね」
電動スケートボードに乗って、クーロさんは茅場チームの事務所へ戻っていきました。
「……あー……危ないって言ってるのに」
深澄さん、鼻の頭を掻いてクーロさんの後を追いかけます。
👷
二日後、夜九時。
茅場チームの現場は、なんとか職人さんに頑張って貰い、型枠工事を終わらせました。現場に立ち会って皆さんを見送って、深澄さんは事務所に戻ります。
「お疲れさん。遅くまでありがとうな」
事務所には、先に事務所へ帰したクーロさん勤務管理をする男性社員の菊地さんの二人。
「あれ、菊地さん帰ってて良かったのに」
菊地さん、業務用端末を終了させながら不満をぶつけます。
「明日からの有給申請! 早めに出せって言ってるのに! 二十人分がさっき出てきたんです! あの人達はいつもそう!」
そこへ、『誰かいますか! 主任、しゅ、主任ん!』
全回線向けに飛び込んできた無線は、今日も手伝ってくれているトロル作業員のジェニさんです。
「ジェニさん? どうした」
『撃たれ……発砲です! オオカミが! オオカミ【軽犯罪者、または単に悪人全般を示すスラング】です!」
なんてことでしょう! 深澄さんの表情も硬いものへ変わりました。
「怪我は」
『えっえっ怪我、あ、ない、ないです平気です。トロル乗ってて』
深澄さん、安心したご様子で息を吐きます。
「ジェニさん、落ち着いて。深呼吸して。俺と話せる?」深澄さん、電子ボードにタッチペンで『44』、すぐ下に『通報』と走り書きし、菊地さんとクーロさんに視線で指示します。
「ジェニさんが今いる場所は安全?」
『あ、多分、はい』
「良かった。そこで待っててな」
深澄さんは業務用タブレットを操作、監視ドローンのスピーカーで自動アナウンス音声を流します。『不測の事故が発生しました。現場にいる作業員は最寄りの安全な場所へ避難してください』エマージェントです!
「そうだ。ジェニさん、トロルのID言える?」
『は、はい』
ジェニさんの読み上げる番号をボードに転記、慰めたり状況を聞き出しながら、頑丈な業務用タブレットで位置情報を特定。電子ボードに画面を共有させました。トロルの格納庫前で赤く点滅しているのがジェニさんです。
その間にも、市警に連絡しているクーロさんは、深澄さんの書いた『通報』に矢印を引っ張り、『15min』と書き込み。警備部への連絡を取っていた菊地さんも、内容を走り書きしています。青白い文字が躍るようです。『けいび オオカミ追い中 実銃 ジェニさんとこには5分待て』
それを見て、クーロさんが電動スケートボードを取って……
大変です! 事務所を飛び出してしまいました!
「あっ! こら! あの阿呆!」
『主任? どうかしたんですか?』
「事務方が一人そっち行った。俺もおっつけ行くから、あと少し頑張れ。菊地さん、市警来たら連絡貰っていい?」
「了解です。気をつけて!」
防弾効果の見込めないヘルメットをかぶって、深澄さんも格納庫へ急ぎます。
「なんでこんな事に、なってるんだ、くそッ!」
数メートルで息の上がる深澄さん、走りながら本音がこぼれます。
「あいつ、ほんと……! 危ねえっつってんの、に!」
格納庫まで数百メートル。あ! クーロさんの背中が見えました!
「茅場さん?」
「なんで飛び出した馬鹿! 危ないだろ!」
振り向いたクーロさんに、追いついた深澄さん。思わず息を切らしてクーロさんを怒鳴ります。
「あ……すみません。また上兄さんかと思っちゃって」
「いや、こっちこそ怒鳴ってすまなかった」
「いえ……あの、オオカミ、そこにいたんですけど。逃げられちゃいました」
クーロさん、無理して笑おうとします。
「いいよ。気にすんな。それより怪我ないか」
「平気です……あ、茅場さん! 警備部!」
深澄さんの来た方から、警備部のスタッフさんたちが来てくれましたね! よかった!
警備部と合流してジェニさんをトロル義体から助け出した後は、遅れてやって来た市警からの聴取、本社との連携など、やることは沢山です。
「今夜帰れんなぁ。悪いけど付き合ってもらうぞ」
「分かりました。あの、茅場さん」
クーロさんが、あらたまって頭をさげます。
「すみません」
「良いよもう。お前もジェニさんも無事なら満点だよ」
「いえ。無線なくしました」
深澄さん、大きな溜息をついてから、意地悪な笑顔をクーロさんに向けます。
「おめでとさん。始末書と紛失届だ」
……結局、深澄さんとクーロさんは警備部の宿直室に一泊して、そのまま仕事を始めました。
他の事務員さんは龍の日のためお休みしており、事務所には深澄さんとクーロさんしかいません。現場の人達も人数が少ないので、堅実に作業が進んでいます。
深澄さんたちが昨夜の後始末に没頭していると、お昼のケータリングと同時に、こんな通達が舞い込んできました。
『昨夜、アマドチームのトロル義体が盗難にあった。昨日茅場チームに侵入した者と同一犯と見て、市警と警備部が連携して調査にあたる。要請があった場合は積極的に協力すること』
読み上げた深澄さんも、クーロさんも、しばらく事態を飲み込めないようでした。
「とりあえず、ごはんにしませんか」
クーロさんの提案に、深澄さんも頷きました。
「……だな。お前どっちだっけ」
「ミートボール風の方です。あの、上兄さん、どうなります?」
クーロさんが尋ねます。
「普通の役職者の話でいい?」
「どうぞ」
「始末書、半年減俸、査定マイナス。なんだけど……」
深澄さんが見るのは、業務用タブレットに映した、特殊接客部からの報告書。あの座り込みの皆さんはアマドさんが雇ったオオカミだったそうです。
「座り込みの件がどうなるかですか」
「Bleu Blue《ブルーブルー》にバレなきゃ良いが」
「訴訟大好きですもんね」
クーロさん、お昼の習慣でモニタをニュースチャンネルに合わせます。
『……
「毎年だな」
「……茅場さん」
クーロさんの声がピンと張り詰めました。
「ん?」
「あれ……」
テレビの画面では、狐のお面をかぶった子どもと戦うトロル型義体。
『……この乱闘を演じた子ども達については不明ですが、橋から落下したのは、うつぶし地区の建設現場から盗難されたトロル型義体で、中には未登録市民の男性が搭乗していました。市警は窃盗の容疑で男性を逮捕。男性は、容疑を大筋で認めているとのことですが、理由については黙秘を続けています』
「まずい」
「まずいな……」
クーロさんと深澄さんは同時に呟きました。お天気AIの元気な天気予報が、シンとした事務所の中に反響しました。
【スタッフロール】ナレーション:ドロシー/音声技術:琴錫香/映像技術:リエフ・ユージナ/編集:山中カシオ/音楽:14楽団/テーマソング「cockcrowing」14楽団/広報:ドロシー/協力:オズの皆様/プロデューサー:友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック
【スタッフロール後、暗転。映像が続く】
「待て! 違う!」
銃口を向けられた作業着の若者が両手を挙げる。
「あんたの目的がなにかは知らない。でも"俺の"現場からは出て行ってくれ。そうしてくれたら、別の現場からそれを盗めるように手を回す」
オオカミ、警戒した様子で銃を構えたまま数歩離れる。若者、ゆっくりと腰の無線機を地面に置いて、オオカミへ蹴り出す。
「詮索なしで行こう。分かってくれたら、無線機を持っていけ。警備が来る。時間がないぞ」
視線と銃口は若者に向けたまま、無線機を手に取るオオカミ。
「ありがとう。必ず連絡する」
若者、オオカミが警戒しながら走り去るのを見送り、背後の足音に振り向いた。
「茅場さん?」
P-PingOZ 『港湾再開発ショッピング街(仮)建築部の戦い』 終わり
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