第6話 職人通りの靴屋さん

いつかのどこかのお話です。

あるところに、第02特区という島がありました。

みんなはこの島をオズと呼び、日々せいいっぱい生活しています。

この島では、住民の皆が主人公。

そんな彼らの様々ないとなみを、ひととき、覗いてみましょう。


今日の主人公は、「小さな靴屋」さん。

ご主人の相森おうもりヤーコフさん(52歳)、奥様の糸さん(49歳)、それぞれ資格を持った職人さんです。

今日はこのお店の、ある一日を拝見しましょう。


P-PingOZ 『職人ブラウニー通りの靴屋さん』/ナレーション:リエフ


 うつぶし地区、職人ブラウニー通り。ろいろ駅の東口を出て少し歩くと見つかるここには、様々な職人さんがお店を構えています。古い小型機械の修理、車輪のある乗り物のパーツ、小ロットの金属加工や、鍛冶屋さん、家具、鞄、傘のお店、そして、「小さな靴屋」さんも。

 ――朝八時。ヤーコフさんが工房で作業をするリズムの良い音もが聞こえてきます。お店が開くのはまだなのですが、工房での作業はご夫婦のペースで進めているんです。ヤーコフさんの工房は前面がガラス張りになっていて、お店の中から作業の様子が見られます。

 お店の床は木目加工。フェイク植物を飾って、レジ脇には、お客様と打ち合わせする、大きなカウンター席。そのカウンターからヤーコフさんの工房が見える、という作りです。ここからでも、大きな体を丸めたヤーコフさんが、小さなポンチで革に飾り穴を開ける姿が見えますね。

 ヤーコフさんは、革靴作りの職人さんです。師匠にあたる糸さんのお父様から、技術とお店を受け継いで今年で十五年。フルオーダーの靴を、年に三十足ほど受注しています。お客さんとしっかり話し合って作り上げるため、一足できあがるのに数ヶ月かかってしまう事が多いそうです。

 けれど、それはずっと使える物を作るため。それが分かるお客さんと、兄妹のように育った奥様の糸さん。皆で長く育ててきた、今の「小さな靴屋」さんです。

 ヤーコフさんが作業を始めてから一時間ほど経つと、お家の事を終えた糸さんが、お店のエプロンを着てお掃除を始めます。小柄な糸さんがテキパキと動き回るのは、なんだか見ていて気持ち良いですね。そうして、朝の十時。

「お店開けるよー」

 糸さんの声と共に、開店です。

 お店で材料の納品や電話予約などを受けるのは、糸さんのお仕事。お客さんが来るまでは、ヤーコフさんは工房で、糸さんはお店のカウンターでラップトップを使って、ご自分のお仕事をしています。今日はたまたま、お店にご来店予定のお客様はいないようで、お二人とも作業に集中していますね。

 お店が開いて少しして、最初のお客さんがやって来ました。こちらは常連の男性、桜庭さん【23歳/男性/無職】。ご夫婦とはすっかり顔なじみですが……

「やだ、どうしたのそれ!」

 桜庭さん、カジュアルな格好に医療杖を携え、王子様のような顔には額から頬にかけて大きな医療テープを貼っています。

「面目ない」

「いいから! 座って」

 糸さん、カウンターの椅子に桜庭さんを座らせます。

「ヤーシェニカ!」

 糸さんに呼ばれ、ヤーコフさん、のっそりとお店へ出てきました。

「やあ。こりゃあ……」

 桜庭さんの有様を見て、おひげを撫でてのんびりと驚きます。

「酷いな。どうしたね」

「クライアントから契約違反を叱られまして」

「叱、え……?」

 怪我を訝る糸さんと対称的に、マイペースなヤーコフさん。

「治りそうかい?」

「足は長くかかりそうですし、顔も痕が残るようで。廃業する他ありませんよ」

 そう言いながら、どこかさっぱりした様子の桜庭さんです。

「じゃあ、今日は、糸さんに頼みに?」

 桜庭さんは首を横に振ります。

「いえ。新しい靴をしつらえて貰えますか」

 少し面食らったようなヤーコフさん。

「それは……構わない。ただ、型を取り直したいから少しかかる。時間、大丈夫かね?」

 どうやら、桜庭さんの足型を作り直すようです。

「ここの靴履きたくてリハビリしたんですから、何時間でも」

 桜庭さん、嬉しそうな声ですね。

「あぁ、と……ありがとう」

「僕のお守りなんです。貴方の靴」

 ヤーコフさん、おひげを捩りながら足型のスキャナを取りに工房へ引っ込みます。

「照れちゃって」

 糸さんが、からかいながら見送りました。

「桜庭くん、しばらく大変だね。色々キツイでしょ」

 靴を脱いでいた桜庭さん、手を止めて苦笑いです。

「生活は、何とか。ただ、アレルギーを伝えても『欠損の方が得』って、役所で切断を勧められるのが、ちょっと」

「治る見込みあるのに?」

「そういう物みたいですね」

 ヤーコフさんが、作業場から黒い箱形のスキャナを持って戻って来ました。

「裸足にしても?」

「助かります」

 桜庭さんを裸足にして、怪我の状態について細かくお話を聞きながら、スキャナで片足ずつのデータを取ります。これを元に、3Dプリンタで足型を作るんです。

 二十分程で両脚の計測を終えたら、次は箱の中に両脚で立って、両脚の重心やバランスを計測します。杖のあるなしで二回。これも靴作りには大事なデータです。

「ご希望は」

「革靴が履きたいんですが、ロングノーズだと……難しそうなお顔ですね」

「そうだね」

 ヤーコフさんはきっぱりと答えます。

「ラウンドが良い。ソールも前とは変えよう。糸さん、データを」

「はいはーい」

 糸さん、ご自分のラップトップを経由して工房の3Dプリンタへ今のスキャンデータを同期させ、出力を始めました。その間にも、素材の革や全体の色形について相談が続いています。さすがに慣れている桜庭さん、スラスラご希望を伝えます。

 足型は仮型を印刷してから調整して実際に使う物を出力させるのですが、合わせて五時間以上かかる作業です。なので、今日できるのは打ち合わせだけ。後日フィッティングやサンプルの確認が必要です。

「次回、来月ぐらいですか? リハビリがてらまた来ますので」

 打ち合わせを終え、支払いを済ませ、桜庭さんは立ち上がります。

「それ位かかる。できたら鳩【電子メッセージ全般を指す】で知らせるよ」

「有難うございます」

「こっちこそ。いつもどうも」

 桜庭さんは、お辞儀してお店を後にしました。

「気をつけてね。またどうぞ」


  👞


 午後一時。

「いらっしゃい」

「ッス」

 バイクの音とやって来たお客さんは、ブリタニーさん【25歳/女性】。猟師ハンター【委託警察】さんです。

「今日は?」

「砂詰まったみたいで」

 白い髪と黒のバイカースタイル、格好良いですね。

「分かった。見てみよっか。道具取ってくるから脱いでて」

 パタパタとバックヤードに消えていく糸さん。ブリタニーさんがお店に残されます。しばらくガラス越しにヤーコフさんの作業を覗き込んでいたブリタニーさん、勝手知ったるご様子で、半円のカーテンで仕切られた試着室へ。中からガタゴトと重たい物が動く音がしています。

「お待たせー」

 糸さんが工具を乗せた台車と戻って来ました。

「開けて良い?」

「はい」

 糸さんがカーテンを開けると、ブリタニーさんは中の椅子に座っています。傍らには、最小限のフレームで作られた、膝下丈の機械義足。ブリタニーさんの右足です。「じゃあ、借りるね」

 実は糸さん、機械義足の職人さんなんです。

 欠損箇所を義肢で補うことは手軽な治療のひとつです。プラスチックとアルミの簡素な物、ナノマシンを使う筋電式や神経接続で痛覚や熱も伝える物。様々ありますが、どれも、定期的なお手入れが必要です。【テロップ:桜庭さんのようにナノマシンへのアレルギーがあると、代替医療は行えない場合があります】

 糸さんは、そうした義足の作成、修理を請け負っています。フルオーダーの医療義肢は同一メーカーで製造する事が多いのですが、糸さんはお客さんに合わせて様々なメーカーの部品で組み立てるんです。この義足が備える美しいカーブ型も、数軒先の職人さんに発注した特注品なんですって。

「砂詰まったって? 仕事?」

 糸さん、カウンターによいしょ、と義肢を乗せました。大きなカウンターは、こういう作業用だったんですね。

「ッス。瑠璃ヶ浜まで追い込んで、取っ組み合いスよ」

「猟師さんは大変だねえ。で?」

 言いながら、糸さんが台車から双眼鏡のようなゴーグルを取り出します。

「それが一昨日で……それから、ちょっと足首硬い感じなんスよね」

 糸さん、ゴーグルをつけて倍率を上げます。足首部分を注意深く観察して、「ここだ」一言呟くと、黙々と足首部分を分解し始めました。

電動のドライバーや手動工具を使って外した沢山のビスや脛部分のパーツを大きいトレイに乗せて行きます。ブリタニーさんが何か尋ねますが、糸さん、片手をあげて遮っていますね。

慎重に踵部分を動かして緩めると、その隙間へ内視鏡のようなカメラを通しました。

 ゴーグルを外した糸さん、カメラの映像をラップトップに映して中を探っていましたが、何か見つけた様子。ラップトップを片手にカウンターを離れると、ブリタニーさんにモニタを向けます。

「フレームが歪んでる。そこから砂入って詰まったんだね」

「アー……」

 ブリタニーさん、決まり悪そうに首の後ろを掻きました。

「もうちょっとで手遅れだったよ」

 カウンターにラップトップを置いた糸さん、ほどけた癖毛を結び直し「二週間預かるから」無慈悲な告知です。

 ブリタニーさん、天井を仰いで呻きます。

「スペア持って来るから、それで帰りな」

 ブリタニーさん、気落ちした様子で再びヤーコフさんの作業を眺めます。ヤーコフさんが、今は飾り穴を開けた革を足型に合わせて、釣り込み作業に入っているようです。革をグイグイと引っ張って仮止め用の釘で止め、革が足型に合うように癖をつけるんです。

「面白いでしょ。熊が靴作ってるみたいで」

 工房から戻った糸さん、ブリタニーさんに声を掛けます。

「なんか、つい見ちゃうスね。仕事してるとこ」

 糸さんの運んできた義足は、修理に出した物よりも実用的な筋電義足です。スペアは、ブリタニーさんの安価な物で良いとのご要望でこの形になりました。

「ごっついなぁ」

「そんなに嫌なら、最初から神経繋いじゃえば良かったのに。違和感とか痛みとか分かれば、すぐ直してあげられるよ」

「いや、そういうの分かんない方無茶できるんで」

 ブリタニーさんは義足を受け取ると、試着室のカーテンを閉めました。ブリタニーさんの義足は、インプラントしたボルトと固定ベルトで締める形ですが、何だか悪戦苦闘の音がします。

 次に試着室のカーテンが開くと、レザーパンツの右裾を膝までたくし上げたブリタニーさんが現れます。

「スペアは全然良いんス。革パン履いてきたアタシがアホだなって。お勘定します」

「前金で金貨一枚。明後日までに見積もり出すから、それ見て、また相談しよう」「了解です。連絡待ってます」

「今日は足慣らして、無理しないでね」

 携帯端末から前金を引き落としすと、カウンターのエレガントな義足を名残惜しそうに見つめ、ブリタニーさんはお店を後にしました。

「またどうぞー」


 ブリタニーさんが乗ったバイクの音が遠ざかるのと入れ違いに、最後のお客さんがやって来ました。

 濃い青緑色のつば広帽子をかぶった、白いツーピースの男性です。ブリタニーさんの義足を工房へ運んでいる糸さんに変わって、ヤーコフさんがお店に出て行きます。「どうも。いらっしゃい」

「こんにちは」

 つば広帽でお顔は見えませんが、この特徴ある穏やかな声は、まさか。

「いらっしゃーい……やだ、うそ、本物」

 工房から戻ってきた糸さんが、両手で口を覆って動かなくなってしまいました。

「こちらで靴を作っていただけると、伺ったのだけれど」

 最後のお客さんはマヤ・コープランドさん【45歳/男性/服飾関係者】。オズの人気アパレル『パヴォーネ』のデザイナー兼モデルさんです。鮮やかで深い青緑色がカラーのパヴォーネ、大人の女性向けにシンプルでセクシーなシリーズを展開しています。

「あの、あなたのワンピースが好きで」

 糸さん、パヴォーネの大ファンなんです。

「ふふふ。ありがとう」

 頬に手を当てて驚くやら照れるやらの糸さん。代わりに、ヤーコフさんがマヤさんに椅子を勧めます。

「靴のご依頼で?」

「私の両脚と、そこに履かせるヒールを作っていただきたくて」

 マヤさんのご依頼を聞いた糸さん、職人さんの表情に戻りました。マヤさんが昨年事故で両脚を機械義足に変えた事は、少なからず話題になっていた事です。

「え、靴もウチで? パヴォーネのコレクションとは別で?」

 マヤさんは帽子を外して頷きました。お話はこうです。

 ひいろ地区の女性実業家でパヴォーネのパトロン、グリンダ・シャオさんが、そのコレクションを展示する私設美術館の建造中。来年の初旬に開かれる完成披露パーティーに、マヤさんもお招きされました。

 そこで、恩返しの話題作りに特別な装いがしたい、と考え……

「調べていたら、こちらが」

「よくウチを選んでくださいました!」

 糸さん、もう受注したくてソワソワしています。

「糸さん、落ち着いて。コープランドさん。納期はいつまで?」

「今年いっぱいで。デザインもあります」

「ありがたい。余裕がある」

 ヤーコフさんはマヤさんからタブレット端末を受け取りました。そして、糸さんと二人でデザイン画を見ながら二言三言のやりとり。

 それから、難しそうな顔でマヤさんを見ました。

「申し訳ないが、このデザインでは受けられない」

「受けられない?」

「違うんです。受注しないんじゃなくて」

 慌てて糸さんが言い直します。

「今のデザイン、転倒リスクがあるんです。そういう部分はシビアにやりますので、ご希望に添えない場面もあります。それで良ければ、ぜひ」

「勿論、そちらについてはお二人に任せます」

「なら、お受けします」

 それを聞いた糸さん、カウンターの下でガッツポーズです。

「良かった。それではあらためて、よろしくお願いします」

 マヤさんがご夫婦に握手を求めます。

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 マヤさんは別のお仕事へ向かわれるため、今日はデザインを受け取り、お互いの契約書と連絡先の交換のみ。諸々はまた次週、という事になりました。


 マヤさんが帰ってから、ご夫婦はカウンターでデザインを見ながら話し合っています。どこまでご希望に近づけられるかの相談は、早じまいを告げるアラームが鳴るまで続きました。毎週一度、それぞれの制作に当てるため十五時でお店を閉めるんです。

「あー」

 糸さん、立ち上がって腰を回します。

「後は来週詰めてからだねえ。二人で仕事するの久しぶりだし気合い入るわ」

「憧れのデザイナーとコラボできるお気持ちは?」

「とても興奮します! ヤーシェニカにバトンタッチしないといけないのでプレッシャーもありますが、ベストの走りを見せたいですね! で? ヤーシェニカは?」

 ヤーコフさんは、答えず、糸さんをニコニコと嬉しそうに見るばかり。

「じゃじゃあ、私閉め作業するから、コーヒー入れて待っててよ」

「……」

「恥ずかしいから早く!」

「はいはい」

 ヤーコフさんは糸さんに押されるようにバックヤードへ。糸さんはお店の中を軽く点検し、入り口へ向かいます。施錠の音、セキュリティの作動音。そして、通りに面した窓のカーテンが降りる音。

 ラップトップを抱えてバックヤードに続く扉に手をかけた糸さん、最後にお店をぐるりと見渡し、「よし」お店の照明が落とされました。

 私達も、そろそろお暇しましょう。『小さな靴屋』さん、お邪魔しました。




【スタッフロール】ナレーション:リエフ/音声技術:琴錫香/映像技術:リエフ・ユージナ/編集:山中カシオ/音楽:14楽団/テーマソング「cockcrowing」14楽団/広報:ドロシー/協力:オズの皆様/プロデューサー:友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック



  P-PingOZ 『職人ブラウニー通りの靴屋さん』 終わり

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