43 対等


 レイルの前には既に、広場への入り口が広がっていた。向こうから流れてくる空気に、間違いなく人の気配が含まれている。

「もう光でバレてるな……小細工無しで行くぞ」

「ジョインちゃん、ナイフって使ったことある?」

「バカにしないで。ウェスト通りのケンカに、ナイフは付き物よ」

「よく今まで死人が出なかったな」

「加減ぐらいはわかるから」

「そうか、それなら……」

 ホルスターから銃を抜き、レイルは視線を前に向けたまま続けた。

「そのリミッターは外した方が良い。殺す気でいかないと、こっちが殺られるぜ」

 彼女は言いながら、銃の安全装置を解除する。

「ロック、俺らの傍から離れるなよ」

 ルークはベストからナイフを取り出し、軽く振り回す。

――ビビらなかったら、イケる。

 ルークの隣では、ジョインもナイフをしっかりと握りしめている。

「行くぞ」

 ルーク、レイル、ジョインの三人でロックを囲むようにして進む。広場の中心ぐらいまで来た時に、いきなり空間に光が満ちた。暗闇に慣れた目には厳しい光量に、ルーク達の動きが止まる。

 しかし、それは敵も同じだったようで、あちこちからくぐもった呻き声がする。おそらくこちらに気付いた敵の一人が、慌てて広場内の照明を点けに行ったのだろう。

 ルークは薄く目を開けると、声がした方に素早く視線を走らせる。人数は少ないが囲まれている。どうやら敵は空間の四方の壁に、大型のライトを取り付けている途中のようだ。遺跡内部の品――彼らからすれば遺品、になるのか――を回収するためかもしれない。

 そのライトのおかげで、光源とルーク達の間に位置する敵のシルエットもわかった。男が五人、拳銃を持っている。

「今だ! 散れ!!」

 銃を確認した以上、相手の目が眩んでいる今しかチャンスはない。相手が素人だとしても、追い詰められればいつ発砲されるかわからない。四方から蜂の巣にされたら、それこそ最悪だ。

 ロックの叫びを合図に、ルークは前方の男二人に飛び掛かる。一人を一気に押し倒し、拳銃を持っている手にナイフを突き立て、もう片方の手で頭をぶん殴る。一発で失神した相手を踏み付けるようにして、もう一人にタックルを掛ける。

 相手から目を離せないルークの傍で、銃声が三発鳴った。ルークはもちろん、相手も撃たれていない。仲間の無事を祈りながら、ルークは突っ込む。






「今だ! 散れ!!」

 ロックの叫びにジョインは、弾かれるように目の前にいた男に、ナイフで切り掛かった。ストリートで経験した動きで相手の足を切る。思ったより浅く入ったが、動きが鈍れば反撃する力は弱くなる。

 次は、相手を気絶させれば問題ない――そこまで考えたところで、ジョインは焦った。どこをどう切れば気絶するかなんて、知らない。普段の喧嘩なら、刃物で身体が傷ついた時点で相手は逃げ出すからだ。

 動きが一瞬止まったジョインに、男はチャンスとばかりに照準する。銃口がジョインの額に向いたところで、銃声が三発響いた。男が撃ったのではない。その証拠に男は、銃声がした方向に顔を向けた。

 ジョインはとっさのことに反撃出来ない。死の恐怖で、膝が笑う。冷や汗が噴き出す。

 ジョインが相手から目が離せないでいると、不思議なことが起こった。

 相手も、今のジョインと同じ表情をしていたのだ。銃声が更に響いて、男がジョインの視界から消える。血を撒き散らしながら倒れた男が見ていた方向を、ジョインも見る。

 レイルが持つ拳銃の暗い穴が、静かにこちらを向いていた。彼女は敵に襲われながらも、ジョインを守るために発砲したのだ。

 しっかりと両手で構えるレイルに、敵の男が殴り掛かる。彼女の足元には既に一人倒れている。拳銃を持っていたであろう手と両足を撃ち抜かれており、かなり危険な量の血が流れ出ている。殴り掛かって来た男に、レイルは対応しきれず吹き飛ばされる。

「っきっしょっ」

 悪態をつきながら立ち上がろうとする彼女に、男は更に追撃しようと足を踏み出す。この距離ではジョインの援護は間に合わない。第一、足が言うことを聞いてくれない。

 助けを求めるようにルークを見るが、彼もまた敵と格闘中だった。マウントポジションだが、敵も必死に彼の下で暴れている。

 その時、一際大きい銃声が響いた。男の踏み出した足が根元から吹き飛ばされる。“左右”のバランスを失った男の身体は、そのまま前のめりに倒れる。

 レイルが口笛を吹きながら、軽快な足取りで倒れた男に歩み寄る。

「無理すんなよ、ロック」

 敵から銃を奪いながら、レイルが笑って言った。その瞳にはまるで、獰猛な肉食動物のような光があった。悪い笑顔――だが、人を惹き付ける魅力的な輝き。

 そんな彼女の視線の先には、ライフルを構えたロックがいた。ライフルの反動に耐える為か、車椅子の後ろにスポーツバックを置いている。

「けっこう、出来るもんだな」

「やっぱりロックは天才だぜ」

「お前ら、死んだらどうするんだ?」

 ルークが跨いでいた敵を放り投げながら、ロックに合流してきた。投げられた男はそのまま地面に倒れ、ぴくりとも動かない。みんなの無事に、ジョインも安心して近寄る。レイルも、敵から奪い取った二丁の拳銃を、それぞれ両手で回して御満悦だ。

「ほらよ、さっきみたいになったらヤバいから」

 そう言いながらレイルは、奪った拳銃の一丁を回して銃身を持つ。ジョインが持ちやすいように、持ち手の方を差し出している。

「やり方、わかるか?」

 優しい笑顔で聞いてくる彼女に、ジョインは涙が出そうだった。ジョインが頷くとレイルはまた元の表情に戻り、ルークにももう一丁を投げて渡す。

「殺してはないのか?」

 ルークが、先程よりも直接的な問いをした。『死んじまう』ではなく『殺した』。少しの言葉の違いに、ジョインは身体の震えが止まらなくなる。

 すると、ジョインの腕に暖かいものが触れた。振り向くとロックが、優しくジョインの震える腕を掴んでいた。安心しろ、と声に出さずに言われているように感じる。暖かい彼の体温に安心したからか、震えはすぐに治まった。

「“まだ”殺してねーよ」

 意気揚々と答えるレイルには、罪悪感等は微塵も感じられない。

「お前ら普通に撃ちやがって……あの出血はヤバいだろ」

 ルークは少し狼狽しているようだが、相手を戦闘不能にしたことに対しては、反省はなさそうだ。まるでスポーツの試合が終わったかのような、爽やかな汗を流している。

「放っておいたら助からないだろうな」

 ジョインの隣でロックが冷静な声で言った。

「しばらく大丈夫なら問題ねーよ。それまでには終わってるだろ。コヅチはすぐそこだ」

 そう言ってニヤリと笑うレイル。

「なるほど、コヅチを使うのか。確かに、願いの対象の数は指定されていない」

「死んでなかったら、この地下にいればなんとかなりそうだな」

「最悪、コヅチのスペースまで運べば大丈夫じゃねえの?」

 既に広場の奥に進み出そうとしている三人に対して、ジョインは立ち止まったまま動けない。

「みんな……ここまでしたこの人達……ウェスト通りの人間を、助けようっていうの!?」

 流れ出る涙など無視して、ジョインは声を張り上げた。キョトンとした顔で振り返った三人に、今度はジョインが驚く。

「当たり前じゃないか」

 ルークがニッコリ笑って言う。

「俺達は人殺しになりたい訳じゃないし、ジョインちゃん達にはもっと別の形で、幸せになって欲しいから」

 爽やかに笑うルークに、レイルが呆れたように言う。

「てめー、普通にどこぞのゲームの主人公みたいに、相手殴りまくってたじゃねーか! あれは殺す勢いだった」

「ゲーム程爽快じゃなかったけどな……言うなら、どこかに落ちるような感覚だった」

「まぁ、堕ちるっちゃ堕ちるだな。僕もあんな感覚は初めてだ」

 ルークがしみじみと言うと、彼に押されていたロックも振り返りながら同意する。ルークはロックと拳を打ち合わせると、前に向き直って言う。

「堕ちるとしても、親友と一緒なら怖くねえよ」

 ジョインからはもう彼の顔は見えない。見えるのはルークを見るレイルの横顔。彼女の表情を見て、ジョインは確信する。

 罪を共有する連帯感が、三人の信頼関係を更に強固な物にしていた。彼女の表情は――つまり、三人の表情だ。

 急いで横に並ぶジョインは、学校での自分の発言を思い出す。優しい太陽に見守られた屋上で――

「うっわ、なんか滑ると思ったら血まみれじゃねえか!?」

 しかし、すぐに隣から聞こえたルークの声に、ジョインは現実の世界に引き戻された。ルークは、レイルから手渡された拳銃を見て怒っている。

「今更気付いたのかよ。そいつの元の持ち主、私が手を撃ち抜いたから。ロックが倒した奴のは綺麗だったから、ジョインちゃんにあげた」

「てめー、レイル! 俺にはきたねえ血まみれマグナムで充分だ、ってか!?」

「性能面では変わらねえよ。それと、マグナムじゃなくてただの拳銃な」

「どっちでも良いっての! 血まみれなのが気に食わないんだ!!」

「抜いたら血まみれのマグナムなんて、男にとっては嬉しいことじゃねえか」

「ルーク、お前“初めての女”が好みなのかよ?」

「股間のマグナムの話じゃねえよ!! それに、マグナムじゃなくて拳銃なんだろ!?」

「なんだよ、お前ショボいんだな」

「だから、そっちの話じゃねえよ!!」

 くだらない話で盛り上がる三人を横目で見、ジョインはまんざらでもない溜め息をついた。

――自分には、この三人の友情を壊すことは出来ない。

 ジョインは、明らかに経験豊富な二人にイジられるルークをもう一度見る。

 初めて見た時から自分に似ていると思った。他人から下に見られ、それでも、それだからこそ、上の人間に憧れている者として。出会って一週間も経っていないが、すぐに恋に落ちてしまった。初めて対等な人間として、自分を見てくれた人だから。

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