42 もう何度目かの地下


 もう何度目かの受け身を取り、ルークは地下道に入った。後ろでいつもは持ち上げるために使っていたクレーンを利用して、折り畳んだ車椅子、そして次にロックを降ろす作業を行っている。

「大丈夫か? ロック」

「ああ、悪いなルーク。父さんを連れて行った奴らが、入り口を広げてくれていて助かったな」

 ロックの話では、いきなり武装したウェスト通りの人間十数人が、クロードを連れて地下に潜ったらしい。調度品を壊すついでにロックも殴られ、それから気を失っていたという。

 ロックの足が坑道に着いたところで、ルークは折り畳んでいた車椅子を彼が座りやすいように後ろに近付ける。素早く支えている部分を外し、彼を車椅子に座らせてやる。

「お前、手が早くなったな」

「褒めるならもっと言葉考えろ」

 相変わらずな笑みを浮かべるロックの後ろで、レイルとジョインが降りて来た。二人共見事な着地で、運動神経に優れていることがよくわかる。

 ルークとレイルは手早く装備を整えておく。昨日脱ぎ捨てたままなので、割とすぐに装備することが出来た。ただし、今日は命綱はつけない。

「ここは……何なの?」

「あんたの“お友達”が掘ってた遺跡」

「その言い方、流行ってるの? さっきルークくんにも言われたわよ」

 ジョインが呆れて肩を竦める横で、ルークとレイルが顔を見合わせる。

「とにかく進むぞ。レイル、歩きながら説明してくれ。ルーク、押すのを頼む」

「人使いが荒いなぁ」

 そう言いながらルークはロックの後ろにまわり、車椅子を押し始める。大きな荷物が邪魔なので、ロックに持ってもらうことにする。

「どうして僕の家が狙われた?」

「この前、ロックには話してないことが原因だ。簡潔に言えば、ここはウェスト通りの人達が掘った遺跡で、その依頼者はクロードさんだ」

「……なら父さんは、遺跡の場所を知っていたのか?」

「そうなるな……そしてウェスト通りの人達は、仕事中に沢山亡くなった」

「どこでも、発掘の仕事はそんなものだ」

「ええ、そうね。でも納得は出来ないわ」

 静かにロックとレイル、二人のやり取りを聞いていたジョインが口を挟む。ルークは黙ってろと、小さく窘めた。

「僕は事態を説明しろと言ってるんだ」

 ロックがやや冷めた目つきでジョインを見る。彼女は唇を噛むだけで、何も言わなかった。

「……続けるぜ? 納得しない強行派の奴らは、二手に別れて学校とロック、お前の家を襲った。クロードさんを殺すためだ」

「なるほど……父さんを殺すだけなら、僕を殺さなかったのもわかる。最初は一家惨殺が浮かんだが……」

「いえ、まだわからないわ。強行派といっても素人だから、死んだかわからなかったのかも」

「ああ、現に使用人の姿を見てない」

「おいレイル、薄ら寒いこと言うなよ」

 四人は顔を見合わせる。ロックの目が三人を順番に見る。つまらなそうに銃を弄るレイルに、気を紛らわそうとしているルーク、そして――

「――あんたは味方、そう考えても良いのか?」

 哀れみとも憎しみともつかない表情で見下ろすジョインに、ロックはそう問い掛けた。

「貴方は殺してやりたい程憎い……けど」

 そこでジョインの視線は、ロックの足に落ちる。

「私に、その身体の貴方を殺すことは出来ない。今だけ……今だけ協力してあげる。こんなやり方、気に入らないもの」

 そう言って健気に笑う彼女に、レイルも初めて親しみの笑みを返した。

「それならこちらも話さないとな……っ」

 話そうとした瞬間咳込むロックの背中を、ルークはゆっくり摩ってやる。

 顔つきこそ変わらないが、彼の身体は確実に衰えていた。筋肉が細いため、すぐに骨に当たる。手に走る感触に連動するように、ルークの心は痛んだ。

「私から話す」

「説明しっぱなしだが大丈夫か?」

「心配ありがとうルーク。喉がカラカラになったら、何か奢ってくれ」

 舌を出しながら明るく笑うレイル。だが彼女はすぐに真剣な表情に戻ると、ジョインに説明を始めた。

「私らはクロードさんの書斎で、この遺跡について知った。この遺跡には願いを叶えるコヅチが眠っている」

「……まさか、オカルトの話になるなんてね。この坑道の造りもまるで、おとぎ話の『盲目の蛇』のようだし」

 鼻で笑いながら馬鹿にするジョイン。ジョインが言うには彼女の故郷の昔話に、こことよく似た坑道と大きなミミズ――本当は蛇なのだが見た目はミミズそのものらしい――が出てくるものがあるのだという。だが、レイルはそれでも真剣な表情を崩さない。

「馬鹿なオカルト話で、ここまで掘ると思うか? 現に私らはコヅチまでたどり着いた。今日、本当なら三人で、願いを叶える予定だった」

「それが襲撃でパーになった訳ね? どちらにしろ、クロードと強行派は奥にいるんでしょ? 嘘でも本当でも目的地は一緒だわ」

「もう一方の出口は塞がれてるっぽいからな。いるとしたら、奥だろ」

 ルークは距離を考えながら言った。感覚的に、もうすぐ広場に到達するはずだ。全員分のライトがないので危険だが、ルークとレイルのライトを頼りに、可能な限り走る。

「クロードはその、コヅチって物があることを知っていたのかしら?」

 ジョインがポツリと呟いた。その問いは、質問しているというよりも、自分自身の思考の為といった方が近い。

「おそらくな」

 ロックが前を見たまま言った。

「文献でコヅチと場所を突き止めた父さんは、それを手に入れるために遺跡を掘らせたんだ。僕の身体を治すために」

「神頼みってやつか」

「ああ、父さんの考えそうなことだ」

「おばさんは知ってるのか?」

「多分知らないだろ。もう長く家を空けてるから……」

 ロックは返答し、ジョインに向き直る。

「……ジョインちゃん、君がこの街に来たのはいつだ?」

「えーっと、確か五年程前よ」

「あー、なら違うか……」

 腑に落ちないと言いたげに、ロックは頭を抱えた。

「何が?」

 目の前の頭を覗き込むようにして、ルークは問う。

「五年前だと、僕はまだピンピンしてた。コヅチは偶然見つけた産物なのか?」

「さすがのクロードさんも、コヅチのことは知らずに、遺跡だけが目的だったのかもな?」

 レイルが一人前に出て、周りを警戒しながら続ける。

「敵さん……スタンバってるぜ? どうする?」

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