41 襲撃


 二人は急いで階段を駆け降りる。幸い、見張りの数は一人いるかいないかで、奥まった階段まで監視していることはなかった。

 相手がプロのテロリストでないことは明白だ。ルークは内心安堵した。

 今自分の背中には、スポーツバックに隠したライフルがある。もし仮に見付かったら、撃ち合いを演じてでもロックの家を目指さなければならない。人を撃ち殺すかもしれないと考えて、ルークは一気に頭が冴えた気分だった。

――殺人だけはマジで勘弁だ。

 自分なら、相手を殺そうと思えば殴り殺すことも出来るだろうか。多分加減しなければ殺せる。

 ルークは、細心の注意を払いながら階段を降りきった。すぐ後ろでジョインも息を切らしながらついて来ている。後はバレないように校庭を突っ切るだけだが……

 その時、一台のタクシーが校門に滑り込んで来た。高級感漂う光沢のあるドアが開き、後部座席からレイルが手招きしているのが見える。

 それを確認した瞬間、ルークは弾かれるように走り出した。ジョインの手を取り、全速力で走る。後ろで教室の窓が一斉に開く音が聞こえたが、今は振り返っている余裕はない。

 相手もさすがに外に向かっては撃てないようだ。一向に鳴らない銃声に安心しつつ、ルークは滑り込むようにしてタクシーに乗った。ジョインも慌てながらもしっかり乗り込む。

「運転手さん! 出してくれ!! イースト通りまで頼む」

 自動で閉まるドアのスピードにすら苛立ち、ルークはジョインの横からドアに手を伸ばす。さっさと閉めて体勢を戻すと、ミラー越しに運転手の不愉快そうな目線と目が合った。運転手は何も言わずに発進させ、車は渋滞等に掛かることもなく大通りに出た。

 郊外の学校よりは人目が多くなったところで、三人はようやく安堵の溜め息をついた。運転手は、そんな三人のことなどお構いなし、といった様子だ。

 ルークは、余計なことには首を突っ込まないのがこの業界だと、殺人事件のニュースのインタビューで他の運転手が答えていたのを思い出した。

「学校で何があった?」

 睨みつけるような視線で、レイルが聞いてきた。学校にいた二人に対しての問い掛けだが、どう見てもジョインに対しての悪意に満ちている。

「強行派の奴らが来て……逃げて来たの」

 まどろっこしく危うい返答をするジョインの視線は、静かに運転手に注がれていた。

「なるほどな……私も学校に来る前に情報収集してた。それでロックん家が怪しいとわかってな。ルーク、お前を拾おうとしたら時既に遅しって訳だ」

 彼女の意思を読み取って、レイルもぼかしながら話している。言葉の隅々から憎々しさが滲み出ているが、彼女はどうやら武器弾薬以外のものも手に入れてきたらしい。

「その“強行派”って奴らが来るのも、今日知ったんだ」

「情報源って誰だよ?」

「そうよ。私も知らない情報を、どうして部外者の貴女が知ってるの?」

「ヤートに聞いた。あいつ、今の仕事は向かないな」

 どちら側の内部の人間でもある彼ならば、断片的に情報を手に入れていたとしても納得出来る。手に入れたとしても、警察にはまだ、クロードとウェスト通りの人間との本当の繋がりはわからないだろうが。

「どうやって情報、聞き出したの?」

 ジョインが挑発的な表情でレイルを覗き込む。

「そりゃあ……」

 レイルもそんな彼女に顔を近づける。美女二人に挟まれてルークは気が気ではないが、同時に嫌な予感もした。

「もちろん、こういうことだよな」

 軽くキスをする仕種をしたレイルに、ルークだけでなくジョインまで顔を真っ赤にした。白い頬に一気に朱が差し、まるで林檎のようで可愛らしい。彼女のこういう表情は珍しい。

 人を弄ぶ側の彼女が、レイルの悪戯にすっかり参ってしまっていた。

「……あいつ、案外エロそうだもんな」

 ルークはヤートの言動を思い出して呆れる。

「私にも出来そう」

 赤い顔のまま、ジョインもレイルに負けないくらいの悪戯好きそうな笑みを浮かべて言った。両手に花。いや、両手に小悪魔。

 タクシーが大通りを左に曲がり、イースト通りの標識が見えてきた。ロック宅の近くに停めてもらい、レイルが一括で代金を支払う。三人で荷物を確認しながら降り、タクシーが見えなくなるまで用心して待った。

「よし、ジョインさんも来るのか?」

 鞄の中の銃を確認してから、レイルが言った。彼女の目には警戒の色が滲んでいる。

「確かに私は貴女達からしたら敵だろうけど、こんな方法は望んでなかった。連れて行って! 私が説得する」

「決まりだな」

 ルークは指を鳴らしながら笑顔を作る。素手だが問題はないだろう。向こうもプロではない。きっと武器も威嚇のためのものに思える。学校での様子を見る限り、まさか本当に他人を殺せる程ではないだろう。

「わかった。私はあんたを信頼する」

 レイルも視線こそ外していたが、鞄からナイフを取り出してジョインに渡した。

「護身用だ。ロックに手ぇ出してみろ、あんたの頭がザクロになっちまうからな?」

「……そんなつもり、ないわよ」

 鋭い視線で睨むレイルに、ジョインも強い視線で返答した。ロック宅の門はもう目の前で、この角を曲がればすぐだ。

 角を曲がって、三人は戦慄した。あれだけ美しかった門と庭が、外からでもわかるほど踏み荒らされている。ここが昼間は人通りの少ない高級住宅街でなかったら、大騒ぎになっていただろう。踏み荒らした無数の足跡は、真っすぐ邸宅まで続いている。

 三人は軽く頷き合うと、慎重に邸宅まで足を進めていった。美しい装飾がなされた木製のドアを、蹴り開けるようにして中に飛び込む。三人がそれぞれ違う方向を警戒しながら、内部を進んでいく。まさか戦争ゲームで知った知識が、役に立つとは思わなかった。

 床や天井の所々に銃弾がめり込んでおり、威嚇射撃があったことが伺える。赤い絨毯には無数の足跡が残されており、それらは真っ直ぐリビングの方へと向かっている。

「ここが、クロードの家……」

 隣で呟くジョインの表情には、驚きと憧れがない交ぜになっている。まるで夢の世界にいるような感覚は、ルークにもよくわかった。

 美しいクリスタルが輝くシャンデリア――この邸宅にはオーダーメイドのシャンデリアが沢山ある――に照らされた、この邸宅の中でも一際大きいドアを開けると、そこにはホテルのスイートを連想させるリビングが広がっている。普段は美しい調度品で彩られたその部屋が、今は無数の銃弾の跡と――車椅子から投げ出されるようにして倒れているロックによって、無惨な光景と成り果てていた。

「ロック!!」

 レイルが悲痛な声を上げ、ロックに駆け寄る。ルークも近寄り彼女からロックを抱き上げ、乱暴に揺すりながら呼び掛ける。

「う……っ……」

 小さな反応だったがロックは生きていた。見る限り大きな怪我もしておらず、命に別状はなさそうだ。薄く眼を開け、だんだんその眼に光が戻ってくる。

「ルーク……?」

 小さく問い掛け、彼はそのままルークにしがみついた。その身体が少し震えている。

 普段は自信満々の彼だが、たまに信じられない程弱った姿を見せることがある。VS女性用に刷り込まれたギャップという名のその武器は、相手が親友だとしても出てしまうようだ。

「ロック……大丈夫か? 何があった?」

 そう言いながら強い力で抱きしめ返すと、ロックはようやく落ち着いたようだ。静かにルークから身体を離すと、車椅子に手を伸ばす。その意図に気付いて、レイルが車椅子を彼の近くまで押してやる。

 ほとんどもたれ掛かるようにして車椅子にはい上がるロックに、三人は言葉を失う。わかってはいたことだが、こうやって改めて見せ付けられると、彼の身体には一刻の猶予もないことがわかる。

「何があったか、なんて……こっちが聞きたいくらいだ」

 車椅子に座り、息を整えながら話すロックには、いつもの余裕が感じられない。

「ロック……前に少し話したろ? ウェスト通りから転校生が来たって」

「ああ……まさか、そこのお嬢さんがそうなのか?」

「ジョインです。よろしく……ロック」

 遠慮がちにも手を伸ばしたジョインに、ロックはこんな状況でも笑顔で対応した。やつれなどとは無縁に思える褐色の肌に、白い歯が栄える。

 すぐに目線を逸らしたジョインに、ルークは溜め息をつきながら話を進める。

「実はお前に話してないことがあってな。詳しくは――」

「――ルーク、話の腰を折って悪いが、地下に急ごう。この際だ。ここにいても危ないから、ジョインちゃんも一緒に。事は一刻を争う」

 ロックが険しい表情をしながらぴしゃりと言った。その声からはもう、弱々しさは消えている。

「この子も関係者だぜ、ロック」

 銃を弄りながら、レイルが言う。

「……そうか。それなら話は地下を進みながら、だ」

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