38 多分、真実


 トレインと部下達は、廊下の捜索に入っていた。庭を一望出来るこのスペースの美しさは、金の力だけではなく、自然の力とも言えるだろう。夕方になれば夕日によって、部屋全体がオレンジ色に染め上げられるらしい。

 このスペースの中心とも言うべき場所が、トレイン達が調べる場所だ。部屋以外に銃を隠せる――装飾品が飾られるとしたら、ここだからだ。現にトレイン達の前には、美しいシルバー製の台座にかかった――ギターが飾られていた。使い込まれた表面に、なんとなく見覚えがあるような……

「署長、どうしたんですか? そんなに見詰めて」

 この状況に違和感を感じていないのか、部下達は丁寧な手つきでギターを調べていく。

「おいおい、事件は撲殺じゃないんだ。それは関係ないだろう。第一、こんなところにギターが飾ってある方が怪しいと思え」

 トレインは、相変わらず丁寧に触れている部下達を一喝する。

「署長は音楽に詳しくないんですね」

 いきなり部下の一人が知ったような口を叩くので、トレインは思わず彼を睨みつけてしまった。鋭い視線にアタフタしながら、それでも彼は言葉を続ける。

「世界的に人気のある有名アーティストのギターとかだと、かなりの値段になるらしいです。コアなファンでなくても、飾りたくなるのもわかる」

「……で、これはそういう高級品なのか?」

 苛立ちを隠さないトレインの視線に、部下は言葉を濁した。

「そこまでは……わからないですね……多分、ロゴやサインなんかを見付けたらわかるかも」

 そう言いながらギターをひっくり返す部下に溜め息をついたその時、トレインの目の端に人名らしき文字が飛び込んで来た。

 それは小さなプレートに刻まれており、木目のデザインからどことなく高級感が滲み出ていた。シルバーの台座の下に小さくついており、おそらく制作者か何かの名前が、センスがあるのかないのかわからない字体で刻まれている。

 おそらく自分の家の表札よりも高額であろうその小さなプレートに気分を害しながら、トレインはそこに刻まれた名前を読み上げる。

 何となしに読み上げたトレインの声に、先程の部下が反応する。

「それって多分、有名ギタリストの名前ですよ!!」

 興奮した様子でそうはしゃぐ彼に、周りの部下達も感心したようにギターを眺めている。

「本当か?」

 なんとなく部下の様子がおかしいので、トレインは念を入れて確認する。

「ほ、本当ですよ!! こんなところでの天才のギターが見れるなんて思わなかったなぁ」

 そう言いながら皆からいろいろ聞かれている彼に、トレインは疑念しか浮かばなかった。

 人が嘘をついているかどうかなんて、目を見ればわかる。どう考えても泳ぎまくるっている彼の目は、真実とは程遠い。しかし、警察官である彼を疑うのも問題だ。第一、このスペースは事件には関係ないだろう。

 周りの部下にチヤホヤされて気分の良さそうな彼を見て、トレインはもっと娘と音楽の話をしておけば良かったと後悔した。娘のギターの腕前は、この前披露してくれたルークよりも上で、音楽に関しての知識も、少なくとも目の前の知ったかぶりよりは詳しいだろう。






 リビングにいた警官に忘れ物を取って来たと伝え、ルークは一人庭に向かった。レイルが身体を隠すように、噴水の傍に座っている。

「お疲れさん」

 ルークに気付いて、レイルが安心したように労いの言葉を掛けてきた。

「はいよ、お前の鞄。ちょっとハーモニカは警官に弄られたけど」

「は? なんで?」

「この前、門の所で会った、ヤートっていう新人警官だよ。意味もなく触ってただけだから、大丈夫だって」

「それなら良いけど」

 不機嫌そうに言いながら、レイルは鞄にホルスターごと拳銃を突っ込む。慣れた手つきで彼女は押し込んでいるが、銃に慣れ親しんでいないルークからしたら、そんな入れ方をして暴発しないかとても不安だ。

「ライフルは?」

 彼女は更に真剣な目つきで聞いてくる。

「バッチリ」

 そう言いながらルークは、自信満々に自分の鞄を開ける。中にはライフルがしっかりと収まっており、レイルは感心したように口笛を吹いた。

「さすがだな。バレてない?」

「大丈夫。台座があまりに寂しかったから、俺のギター置いてきちゃった」

「あー、多少音楽好きな奴がいたらバッチリだな。プレートに書かれてる名前、ギタリストにそっくりだからな。スペルは違うけど」

「そこまで考えての犯行です」

 胸を張るルークに、レイルは苦笑する。

「若者向けパンクバンドだから、不自然っちゃ不自然だけどな」

「なんとか誤魔化せたと思う。さあ、そろそろ聞かせてくれないか?ライフルを隠す理由」

 ルークが興味津々に聞くと、レイルはなんとなく不機嫌そうにこちらを見てきた。溜め息をつきながら、彼女は真実と自分の推理を大まかに伝える。

 レイルが話を進める度に、ルークは気分が悪くなるのを自覚する。話を全て終えてレイルが黙った後も、ルークはしばらく黙っていた。

 無言の二人を包み込むように、美しい夕日が庭を照らしている。

「これは、ほとんどが推測だけど……多分、真実」

 警察が動いている時点で真実性が高い――そんなことは、レイルに言われなくてもルークにだってわかった。無駄なことをしないのが大人なのだから。

 レイルが急に笑い出した。オレンジ色の光を浴びて、彼女は輝いている。美しい。そんな彼女から洩れる笑い声は美しく、そして冷たい。

「親友を守るのが、私達の仕事だ。だろ?」

 彼女は、満足そうに笑う。

 ルークは感情表現豊かな、そんな彼女のことが好きだった。好きな人の考えていることなんて、目を見ればわかる。何年も一緒にいる親友なら尚更。

 親友を警察から守った達成感と、証拠を隠し、間接的にも共犯となってしまった連帯感。その負なる満足感に満ちた彼女の表情は、初めてみんなでゲームをやり遂げた時と同じだった。

 彼女は笑顔でルークに向き直る。それにルークも笑顔で応じる。同じ表情。そう、同じ気持ち。

「そうだ。俺も同じ気持ちだ」

 先程の決意表明を思い出し、もう一度彼女の目の前で心に誓う。

――親友のためなら、どんな障害も乗り越える。

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