36 朗らかな青年


 部下四人を引き連れて、トレインはクロードの書斎を捜索している。部屋を覆うようにして積み上げられた資料の山には、怪しい物は含まれておらず、調べれば調べる程彼が研究熱心な学者であることが伺える。

「……思い違いだったかな」

 思わず口に出た言葉に、部下達も同意の視線を向けてくる。トレインはしまった、と思いながら溜め息をついた。

「そんなことありませんよ!! 俺は確かに聞いたんです!! ここのクロードが怪しいて。何人かから、大学の教授がよく来ていたって証言が取れたんです。確かにウェスト通りの住人の言葉やから、信じられないかもしれませんけど、ここから銃が出てきさえすれば、真犯人が捕まえられるんです」

 ヤートが空気を変えるように強く言った。

 彼の口調は長年の外国暮らしのせいで、敬語と訛りがごちゃまぜになっている。本日の作業で一番働いている彼は、明るい金色の髪から伝う汗を拭いながら険しい表情をしていた。

「……だがな、凶器が出てこない」

「書斎やなくて、どっかに隠してるのでは?」

「確かに、装飾が付いてる銃なら、飾られている可能性もあるな」

 一理ある、と思いながらトレインは部下を見渡す。見た限り書斎の捜索はほぼ終わっている。

「よし、他の場所を手分けして探すぞ」

 そう言いながら部屋のドアに手を掛けたところで、廊下に人の気配を感じた。足音によって部下達も気付いたらしく、全員が緊張した表情になる。

 警戒しながら一気にドアを開くと、そこには娘の友達のルークが、今まさにドアの前を横切ろうとした姿勢のままで固まっていた。あまりに驚いたらしく、目と口が開ききっている。驚かせ過ぎたようで申し訳ない。

「えーと、ルークくん。何をしているのかな?」

 出来るだけ相手を緊張させないように笑って話しかける。新人ヤートの面接をした時のことを思い出しながら、しかしプロの動きで、自然に相手との距離を詰めて行く。

「あ、ロックの部屋に忘れ物しちゃって……取りに行く途中なんです」

 感じの良い笑顔を作るルークに、嘘を言っている様子はない。たまに目線がトレインの腰の拳銃にいっているが、こういう反応は市民もよくするので普通である。

「そうかい。なら、私の部下も御一緒させてもらっても良いかな?」

 トレインも笑顔で提案する。ルークを疑っている訳ではないが念には念を、そして何より、息子のロックの部屋を、一目見る為の口実が欲しかった。

「……良いですよ。行きましょう」

 相変わらずの笑みを浮かべるルークに、トレインは本当に疑うことを止めた。

「ヤート、一緒に行ってやれ」

「はい」

 トレインがそう指示すると、ヤートは短く返事をしてルークと並んだ。

「君、ルークくんって言ったのか。この前のことは堪忍、だ」

「良いですよ。ヤートさん」

 ルークと軽く言葉を交わすヤートの肩を軽く小突き、トレインは彼の耳元で耳打ちする。

「ルークくんは部外者だ。ロックくんの部屋に入ったら、隙を見て軽く捜索してくれ」

 了解、と返事をして、ヤートは歩きだしたルークに続く。

 トレインは残された部下との捜索の作業に戻る。まずは書斎が終了し、隣の部屋から虱潰しに捜索していくことになる。






 基本的にこの家の人間は、部屋に鍵をかけない習慣らしい。書斎を捜索し、今はルークと行動を共にしているヤートは、ぼんやりそんなことを考えていた。

 ルークと一緒に並んで歩いているので、目に入るドアを開ける時間はないが、見た限りでは鍵がかかっているドアは見当たらない。古いタイプのドアなので、鍵がかかっているかは一目でわかる。

「あれー? こっちだったかな?」

 隣でルークが、本日二度目の情けない声を上げた。どうやら広い邸宅で迷子になってしまったようで、先程からどう考えても不必要な階段の上り下りが二回あった。

 この前初めて会った時も、この青年には良いとこ無しだったな、とヤートは思い出し、笑いそうになってしまう。トレイン署長の愛娘と同級生らしいが、思春期の頃は女の子の方がしっかりしているものだ。

「えーっと……ここを曲がって……」

 己の記憶を辿りながら前に出たルークの背中を見て、一瞬ロックのことが頭を過ぎった。

 リビングで初めて見た、権力者の息子。人を見下す冷たい視線や嘲笑うかのような表情が、ヤートの神経を逆なでする。きっと、自分以外の人間なんてどうでも良いと、本心から考えているに違いない。

 ヤートは今まで沢山の人間を見て来たが、権力者から産まれただけの子供と、権力者になる器の子供は別だということを、今更ながらに知った。思い知った。一目見ただけで、ロックが間違いなく後者であることは、ヤートから見ても明らかだった。人格を構築するのは、産まれた環境だけではない。長年かけて育った環境こそが、その人間の根本になる。

 ヤートの家庭は裕福ではなかった。住む場所はどんどん値段の安い辺境へ、安い仕事が溢れた場所へと移っていった。そんな環境から、ヤートは権力者のことが大嫌いになったし、権力者の瞳に映る自分が、とんでもなく小さく卑しく見えた。

 権力者とは、人を動かす人間であり、その手段には金やカリスマが挙げられる。ロックはカリスマ性という面で、人を動かす才能があるようだ。同時に卑屈な――自分のような人間からは反感を買うだろうが、彼ならきっとそれすらも跳ね退けるだろう。人気と妬みは比例する。

 彼はきっと、自分の大事な人間を守るだろう。そしてきっと、自分に害のある人間を根絶やしにするだろう。それは自分達大人にはない純粋さ――凶暴過ぎる正義だと、ヤートは感じた。

「あっ、ここだここだ! すみませんね、見つけましたよ」

 何かスポーツをしているであろう、大きな身体全体を使って喜びを表現しながら、ルークがヤートへ振り向きながら言った。あまり離れた距離ではなかったのでぶつかりそうになる。身長こそヤートの方が高いが、体格ではルークの方がタフそうに見える。

「ここがロックの部屋ですよ」

 清々しい笑顔でそう言う彼に、ヤートもつい笑顔を返す。豪勢な廊下に響く大声に、こちらの方が申し訳なくなった。彼の目の前には、他と変わらない装飾のなされたドアが一つ。

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