35 証拠隠滅


 高級住宅街にパトカーのサイレンの音が響き渡る。野次馬根性丸出しで出て来るような住人はこの辺りにはいないが、それでも終わった頃には噂に尾ひれがつきまくっているに違いない。

 白を基調とした洗練された広いリビングのソファーに座り、頭を抱えるクロードの横で、トレインは立っている。

「こんな、いきなり押しかけて来て何なんですか? わざわざ学校に呼び出しの電話までくださるなんてね」

 苛立ちを隠さない冷たい視線を投げかけるクロードに、トレインは曖昧な笑みを返すことしか出来ない。

「すみませんね……私としてもこういうのは止めておきたいんですが、上の決定でして……どうしようもないんですよ」

 そう言いながらトレインは、ちらりと庭の方に視線を向けた。

 先程から庭では、機械類に囲まれたロックが噴水の近くでじっとしている。車椅子の彼だが、ちゃんと参謀役というポジションで、娘達とのミリタリーごっこを楽しんでいるようだ。

 娘が言うには、あれがどうやら身体を治す儀式となっているようだが、トレインからはどう見てもミリタリーごっこのそれだった。無機質な機械達――ここから見る限り遮蔽物だろう――に囲まれたロックは、まるで大戦での前線の指揮官のように落ち着き払っている。

 子供達の遊びまで邪魔をするのは気が引けたので、トレインは自分の持てる最大の権限で庭の捜索だけは回避した。ロックにも、塹壕に入っているレイルやルークと、庭で引き続き遊んでおくよう言っておけば問題はない。

 トレインにとってこの捜索は、怪しいと踏んでいたクロードの疑惑を解明する最高のチャンスだと思っていた。まずは一番怪しい書斎から、念入りに捜索する予定だ。少ない人員をフルに活用しないと今日中には終わらないだろうが、そこは難事件に携わるプライドでカバーする。特に新入りのヤートは、初の捜索だからか気合いが入っている。失敗は許されないのだ。

「わかりましたよ。どこでも調べて下さい」

 諦めにも似たクロードの許可が出たところで、トレインはヤート達を連れて、彼の自室に向かった。リビングには部下一人を置いて、クロードと子供達を監視してもらう。使用人は買い物に行かせ、庭師はリビングから見える隣の部屋で、インテリア用の観葉植物の手入れをしている。

 バーベキューの席でのクロードの態度を見る限り、彼は自分より下の人間に自らの罪を晒すような人間ではないと思えた。つまり使用人の二人、そして子供達には、これくらいの監視で充分だろう。監視役の部下には、特にクロードの行動に注意しておくように伝えてある。






『まだか?』

 先程から、きっちり三十秒ごとに繰り返されるロックからの問いに、ようやくルークは彼が満足出来る返答をすることが出来た。

「もう真下まで来てる」

 少し勿体ないが、状況が状況なので即答しながら、後方のレイルと地上に上がるための準備を手早く済ませる。

『よし。すぐに上げるが、室内の警官にバレたら意味がない。蝶番の位置までは引き上げてやるから、そこで命綱とヘルメットは外してくれ。それ以外はなんとかごまかせるだろ』

「自力で上がるのは良いが、引き上げ用のデカブツはどうするんだよ? まさかずっと野ざらしには出来ないだろ?」

『もちろん、自力で撤収するに決まってんだろ。お前ら引き上げたら僕が囮になるから、その間に片付けといてくれ』

「頑張れよ、大道具さん」

「その為の毎回の予行演習ってか!? つーかレイルも手伝え」

 人の腹を軽く踏みつけながら他人事のように軽口を叩くレイルを支えながら、ルークは懇願に近い返事を返した。

 ルークは、軽く自分の身体が浮く独特の感覚を味わいながら、この状況の後の行動を、頭の中でシミュレーションしてみる。

 台車がついたクレーンの一部を、庭の隅まで持って行く。ミリタリーごっこと言っているし、少し手の込み過ぎた遮蔽物でなんとかならないだろうか。

――ただの遮蔽物に小型クレーンもどきなんて、どこの映画スターなんだよ俺らは。

 目の前のレイルを見上げて、ルークはバレないように苦笑した。

『主演女優さんには今更どうってことないだろうが、お前らはミリタリーごっこを終えた後始末をしてる設定だからな?』

「うるせえ、大道具にだって演技は出来るんだよ」

 反論の途中でルークの足が蝶番を越えた。地下の坑道への入り口を片足で閉めながら、手は休まずに命綱を外す作業を進める。隣――少し高い位置になるが――でレイルが、ベストとヘルメットを外している。狭い空間で作業を進める二人だが、普段から息の合った親友同士なので、かなりスムーズに終えることが出来る。

 ルークより先に作業を終えたレイルが、さっさと地上に上がって行く。彼女の場合は腕の力だけでなく、飛び上がるようにして勢いをつけて上がって行く。ルークもすぐにそれに続く。

 地上までもうすぐというところで彼女が失速したので、下から軽く支えてやる。細身な彼女は体重も軽い為、不安定な体勢でも充分に支えることが出来る。

 二人で手早く地上に這い出て、引き上げ用のクレーンを引き摺る。滑車のお陰でスムーズに進むクレーンを、二人掛かりで動かすその背後で、ロックが室内に向かって車椅子を進めながら小声で言った。

「お疲れさん。機材片付けたら穴を隠しといてくれ。ヘルメットやベストは明日も使うから、そのまま中に入れてても問題ないだろ」

「今日の分の映像は?」

「ディスクに入れてあるから回収しといてくれ。何があるかわからないから、お前らのどちらかが持っていて欲しい。僕の家は危険だ」

「私らの鞄はお前の部屋だぞ?」

「……なんとか頼む」

 レイルの言葉に珍しく言葉に詰まるロック。

「……無茶言うぜ。ルーク、クレーン以外の機材は私が運ぶから、お前が鞄持って来てくれ」

 レイルはぼやきながらも、搾り出した彼の考えには賛成のようだ。

「なんでお前はお留守番なんだ? 逆の方が良くね?」

「私には、警官の真ん前でホルスターぶら下げて談笑する勇気はない」

「……納得」

 既に室内に向かっているロックの後ろ姿を見ながら、ルークは作戦を考える。

「なら俺が、部屋に鞄を取りに行くと言ってリビングからロックの部屋に向かう」

「その間に私は、機材を頑張って片付ける」

 庭の噴水に戻りながら、二人で計画を確認する。クレーンは倉庫に文字通りぶち込んだ。

「俺とお前の鞄を持ってここまで戻って、お前の拳銃をホルスターごと鞄にイン」

「そして……」

 機材を持ち上げながらレイルが続けようとしたので、ルークは慌てた。

「おい、まだ何かあるのか?」

「一緒にロックのライフルを隠す」

「なんで?」

「……今は聞くな。理由は、後で話す」

 少し悩む素振りの末に、レイルは溜め息をつきながら約束してくれた。

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