29 笑えないジョーク


 授業が終わった後も、クラス中が興奮しきった様子で騒ぎ立てている。数少ない女子達はジョインの周りで励ますような言葉を掛け、大多数の男達はみな、ロックのことを人殺しだと批判している。

 授業中の出来事は、すぐに隣のクラスにも伝わったらしく、レイルが扉を蹴り開けるようにして入って来た。ミニスカートから伸びる脚が、こんな時でも人の視線を集めている。

「おい、そこのクソ女。女王様気取りの後は、悲劇のヒロインかよ?」

 完全に頭に血が上っているようで、普段通りの挑発的な態度の彼女に、本性を知らない男子達が唖然としている。

「本当のことなのに……」

「なら証拠はあんのか?」

 涙ぐむジョインの胸倉を掴み、レイルは犯罪者顔負けの台詞を吐く。

「証拠なんて……私の体は傷付いたのよ!?」

 一瞬目を泳がせた後ヒステリックに騒ぎ出したジョインを、周りの女子達が庇うように取り囲んだ。

「酷い!」

「こいつの方が酷いだろ?」

「同じ女と思えない!」

「私もそう思う」

「貴女だって、ロックと同じような人間でしょ!?」

「あいつみたいに完璧じゃない」

 口々に叫ばれる言葉に、レイルは面倒臭そうに、それでも全て応える。だがルークには、彼女の表情はどこか無感情に見えた。彼女の視線は、泣いているジョインに注がれている。

 何かを考えている時の癖だ。そんな彼女に対して、ジョインの取り巻き達はどんどん多くなる。

 もともと男関係が適当な彼女は、同性からの反発も、異性からの好意と同じくらい多かった。ルークは居ても立ってもいられなくなり、レイルの腕を掴んで廊下に出た。

 誰もいない階段の方まで、そのまま引っ張っていく。思考中の彼女は、抵抗もせずに大人しくついて来てくれた。

 ルークが人がいないのを確認していると、レイルは急に階段の手摺りを蹴りつけた。

「あのクソ女! 好き勝手言いやがって!!」

「やめろ、やめろ! 落ち着けって。ここは学校で、お前の彼氏共もいるんだぞ」

 我に返ったようにそう叫ぶ彼女の肩に手を置いて、ルークは慌てて宥める。一瞬だけレイルの動きが止まり、すぐに大袈裟なくらいの深呼吸を始める。

「……大丈夫。私は校内ではトラブルは起こさないって決めてる……とりあえず掃除には私は行かない。お前はどうする?」

「お前が暴走しないか心配だから、一緒にいる」

「なら科学実験室で待機しようぜ。エロいことは無しで」

「当たり前だ!!」

 下品に笑う彼女は、眼までは笑っていなかった。ルークも、彼女のことは言えないかと溜め息をつく。二人は掃除時間をサボる為に、階段を上がる。






 学内の全ての予定が終わり、美しい夕焼けのなか、下校時間となった。暗幕のカーテンを全開にし、眩しいオレンジの光のなか、窓辺に座るレイルは、まるで女神のように美しい。

「そのネックレス、何?」

 オレンジの輝きに包まれる彼女の胸元に、ルークは見慣れない光を見つけた。雫の形をしたそれは、深い青を湛えたネックレスだった。

「あー、これか? リチャードのバカがくれたんだよ。まさかのペアものだと。心細くないようにってな。ふざけん――」

 恋人からのプレゼントに、台無しな感想を述べるレイルだったが、彼女はそこで言葉を飲み込んだ。ドア付近に人の気配を感じて、レイルは瞳をそちらに向け、ルークは座っていた教卓から飛び降りた。

「失礼します」

 堂々とした動きで、ジョインは部屋に入ってきた。普通の教室の倍の広さはある部屋なので、三人は前の方に集まっている。実験用の設備付きのテーブルは、今は必要ないからだ。

「こんなところに呼び出して、何の用だ?」

 窓辺から離れながらレイルが問い掛けると、ジョインはおかしそうに笑いながら応えた。

「ロックくん。前々から印象悪いみたいね? 簡単にみんな騙された。さっきクロードが、校長先生から呼び出されてた」

 先程見た悪魔の笑みを浮かべる彼女に、ルークも苛立つ。

「つまり嘘なんだな? 何の為にこんなことを?」

 気を抜いたら怒鳴ってしまいそうになる自分を抑えながら、ルークは問い掛ける。

「そんなの、復讐に決まってるじゃない」

「は? 妄想のガキの敵討ちってか?」

「私もそこまでイカれてないわ。ちゃんと実在した人間の敵討ちよ」

 そこまで言って彼女は、深く息を吸った。まるで、大きなものに負けないようにするかのように。

「私の家族を奪った、仕返し。貴方達も巻き込まれたくなかったら、ロックのことは放っておいて、穴掘りも止めることね」

 サラリと言い放った彼女に、二人は一瞬言葉を無くす。目を見開いた二人の反応に満足したのか、ジョインはどんどん話を続ける。

「クロードは私達――家族と同じ民族、つまりウェスト通りの人間達の雇い主だった。遺跡を掘る作業を任されていたの。それなのに、遺跡を掘り出したら私達は用済み……わざわざこの街に移住させておいて、あげくの果てには社会的にも物理的にも抹殺しようとしてくる」

「……つまり、日雇いであんた達を街に呼び込んだのに、なんのアフターフォローもなかったっていうのか? そんなもの、今の時代じゃ当たり前だぜ?」

「貴方達にはわからないでしょうね。貧困で、人間扱いされない悔しさが! あの男、学校の教師として『子供の未来の可能性を広げたい』なんて言ってたのよ! 私達みたいな貧しい子供は見殺しにする、命を安く扱うクズのくせに!!」

 ルークは理不尽だ、と言いかけた口を閉じるしかなかった。目の前の彼女に罪はないのかもしれない。ただ、クロードのやり方が悪かっただけで……

「私らが聞きたいのは、あんたの苦労話じゃない。それに、その苦労話をしているお前が、『人の命を安く扱う』笑えないジョークで人の心を弄んでる。クラスの取り巻き連中が言ってただろ? 『同じ女と思えない』って。もう一度言ってやる。妊娠なんて嘘付くのは、女として最低だ! 『私もそう思う』」

 レイルが淡々と続ける間、ジョインは拳を固く握り絞めていた。気持ちはわかる、とルークは思う。

 レイルは思考や話し方が男性的だ。それは表面的なものだけではなく、内面的にもいえることで、彼女の発言は反論の隙が無い程論理的だ。

「……わかったわよ」

 そう搾り出すような声を出し、ジョインはキッとレイルを睨みつける。握った拳が震える程の力だったようで、彼女の開かれた手には、爪の痕がしっかりと刻まれていた。

「事実……証拠があれば良いんでしょ!? それなら、今からでも作ってやるわよ!!」

 そう叫ぶように言って、彼女はレイルの胸倉を両手で掴む。身長の高いジョインは、自然にレイルを見下す形になり、その表情は優越感を隠そうともしていない。ジョインとは対称的に、レイルはもう興味のない表情をしている。

「今からでも遅くはないわね。男なんていくらでもいるんだから、今から子供、作ってあげましょうか?」

 彼女がそう言い終わった瞬間、レイルの表情が変わった。瞳に強い怒りをたぎらせ、ジョインを見上げる。ジョインもそんな彼女の変化に気付いたのか、余裕の笑みが一瞬引き攣った。彼女の威圧感の迫力は、ルークもよくわかる。

「お前は、子供の命を何だと思ってる!? 自己満足のための道具じゃねえんだぞ!!」

「それは……さっきの貴女の話と同じ。親が子供を道具のように扱うのも、今の時代じゃ当たり前。親には力があるんだから、子供の命を握って当然よ」

「……」

 黙ったレイルに、ジョインはこれ以上無い程愉快そうに笑った。

「親子だろうが、他人のことなんて考えないのよ人間は! 貴方のその帽子も、私達からすれば立派な冒涜よ!」

「……」

「どういうことだ?」

 一言も話さないレイルに代わり、ルークが反論する。ルークとしても話がいきなり過ぎて頭がパンクしそうだった。

「私達を判別するには、この特徴的な髪の毛が一番わかりやすい。だから私達は、この街ではいつも帽子を被っていた。私が今帽子を被っていないのは、権力者から自由だけでなく、全てを勝ち取るからなの」

「……いつまで学校にいるつもりだ?」

 レイルが表情を変えずに質問する。

「長くて半年程度かしら。ウェスト通りの仲間内でお金を積んで貰ったんだから、ちょっとは通わないと悪いから」

「そうかいそうかい。ならしばらくはよろしくな。ルーク、行くぜ」

 レイルは何事も無かったかのように、ジョインの横を通り過ぎて教室を出る。ジョインも優しい笑顔でそれを見送っていた。

 女の怖さをヒシヒシと感じながら、ルークもレイルを追って教室を出た。

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