28 転校生
「ジョインと言います。ウェスト通りに住んでいるけど、仲良くしてね」
わざとらしいぐらいの笑顔で、転校生――ジョインは自己紹介を終えた。
生まれついての金髪とわかる鮮やかな髪は、ゆったりとカールする上品なシルエット。その下には美しいエメラルドグリーンの瞳に、透き通るような白い肌。少し高めの身長なのが、凛々しい立ち姿からも判別出来た。
ルークは戦慄する。目の前にいる彼女は、地底で会った人間に似過ぎている。
「席は一番後ろが空いてるな。では、授業を始めよう」
担任が明るく授業を始め、いつもは寝てばかりの生徒達が、一斉にジョインに注目する。
それも無理はなかった。男子率のかなり高いこのクラスに、いきなり美少女が入ってきたのだから。長い脚を組み替える度に、ジーンズ越しにもわかる健康的な太ももに、クラスの男子は釘付けになっている。
休み時間になって、ジョインは沢山のクラスメートに囲まれていた。ルークの席からも近いのでよくわかる。取り巻く人間に机を蹴られた。
「おい! ルーク! ちょっと来てくれ」
急に頭が揺れて睡眠から無理矢理意識を戻されたルークに、ジョインの前で話していたらしい男子が声を掛けた。面倒だが、近づいてやる。
「ジョインちゃんが話したいって」
デレデレした表情で、こっちを見ずに話すその男は、先程からジョインのリボン付きのブラウスの谷間に視線がいっている。
「あなた、この学年一の美人と友達なんだって?」
そんな視線などお構い無しに、ジョインはルークに馴れ馴れしく話しかけてきた。馴れ馴れしく――いや、態度が悪い。高圧的だ。
「あー、レイルのこと?」
ルークの女友達なんて彼女ぐらいしかいない。
「紹介してくれない? 興味があるの」
「それはレズビアン的な意味で?」
あまりにつんけんとした態度なので軽いジョークを飛ばしたが、当の彼女ではなく周りの取り巻きの凍りつくような視線が痛い。
「レイルさんになら、リチャードが紹介するよ。あいつら付き合ってるから」
騒ぎを聞き付けてクラスメートが、隣の教室に呼びに行く。ルークが制止するか迷っている間に、噂の本人が訝しげに顔を出した。
ルークの横に来た彼は、転校生を不快そうに見下ろしている。彼と並ぶと体格が正反対で、ルークだって不快だ。
「あなたが彼氏さん?」
「ああ。レイルの恋人だ」
握手を求めるジョインに、リチャードもなんとか笑顔で応じる。レイルという彼女がいる手前、他の女の相手をするつもりはないらしい。べつに他の女と話そうが、レイルは怒りすらしないだろうに。
「私、レイルさんとお話してみたいの。紹介してくれない?」
ニッコリと笑うジョイン。
こちらを振り向いたリチャードの表情には、なんでお前が対処しないんだという気持ちが滲み出ていた。勘弁してくれと口パクで伝えると、彼は諦めたように溜め息をつく。
「良いよ。ついてきてくれ。一応言っておくけど、俺はレイル以外には興味ないから、あんまり馴れ馴れしくしないでくれよ?」
最後の言葉は余計だろうとルークは思ったが、それだけ彼はモテるのだなと考えて、余計に不快感が増してしまった。
そうと決まれば話は早い。
休み時間は短いので、一向――リチャードとジョイン、そして成り行きが気になるルーク――はレイルの教室に向かった。当たり前だがこの教室も休み時間だ。
「レイル!」
教室の入り口から大声で、愛しい彼女の名前を呼ぶリチャードに、教室内では冷やかしの声が飛び交う。そしてリチャードに一旦集まった視線は、すぐに隣のジョインに注がれる。
その瞬間、教室内のヒソヒソ話は全て彼女の話になり、そんななかをレイルは、特に気にする様子もなく歩いてくる。
「リチャード、そんな大声で呼ばなくても、あんたなら見ただけでわかる」
愛情なのか嫌味なのかわからない発言をするレイルの視線は、照れている彼には残念だがジョインにいっている。上から下まで一瞬で確認して、レイルは面倒な事態と気付いて、早くも嫌そうな表情だ。
「おいルーク、誰? 転校生?」
猫を被るのも放棄した彼女に、ジョインが横から割って入る。
「そう、転校生。ジョインっていうの。ウェスト通りの人間だけど、仲良くしてね」
友好の感じられない口調で、レイルにハグをしようとする。
「……こちらこそ」
レイルもそれを受け入れるが、表情が一瞬だけ歪む。
「もういいわ。リチャードくん! 他の教室も案内して」
勝手に満足したジョインは、そう言い残し足早に教室を出ていった。
「勘弁してくれよ。ごめんなレイル。案内だけはしてくるよ」
慌てて後を追う生真面目なリチャードに、レイルはにこやかに手を振りながら、ルークにしか聞こえないように話す。
「放課後、科学実験室だとよ」
「……あいつらの絡み?」
「教えるってそういう意味か、ってノるかよ! ジョインって娘からの呼び出し」
「もしかして、女の決闘?」
背筋が寒くなる光景を予想して、ルークはゾッとするが……
「それならまだ、ややこしくないんだけどな……」
彼女の瞳は、今はもう見えないジョインの背中を追っていた。
午後からの授業は、ルークのクラスではクロードの授業が入っていた。
相変わらずの空気を、彼女は唐突にぶち壊した。民俗学の延長として歴史の話をしている時だった。
「そういう訳で、昔は今と違って一夫多妻制だったんです」
クロードが昔の法律の話をしていると、ジョインがすっと手を挙げた。転校初日から積極的な彼女に、クロードも感心した様子で当ててやる。
「はい先生! 質問があります」
「どうしました?」
「貴方の息子さんは、この法律の下で生活なされてるんですか?」
明るい口調のまま質問したジョインに、クロードの笑顔が固まる。ルークも眠気が一気にすっ飛び、勢いよく体を起こして彼女を凝視する。
クラス中が彼女に注目するなか、ジョインは悪魔のような笑みを浮かべながら、事もなげに続けた。
「私は、ロックくんとの子供を授かり、堕ろしました」
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