27 上に立つ者
始業前ギリギリ。ベルと同時に滑り込むようにして教室に飛び込んだルークに、教室にいたほとんどの生徒が拍手する。
誰もが認める美しいフォームだったと自画自賛しながら、ルークは自分の席に向かう。数秒遅れて隣のクラスから歓声が上がったのは、ルークとは対称的にマイペースに歩いて教室に向かったレイルがたどり着いた為だろう。
歓迎会が終わってからも彼女は人気者で、数人の彼氏とも上手くやっていけているようだ。学内に限っての付き合いの“彼氏”達に絡まれないか、ルークの目下の悩み事は、その一点に尽きる。喧嘩になっても負けることはないだろうが、何も生まないし、寧ろマイナスだ。
そんなことを考えていると、教室に入ってきたクロードと目が合った。普段から高級ブランドのスーツを着こなす彼は、今日はちょっぴり庶民寄りなスーツ姿だった。それでも体中から気品が溢れ出ているので、普通の教師には見えない。
「皆さん、こんにちは」
彼の口から低い声が漏れると、途端に教室中のお喋りが止まった。教師とはまた違う『上に立つ者』の存在感は、高校一年生の生徒達にも完璧に伝わった。
「今日から二週間皆さんとお勉強することになったクロードです。どうぞよろしく」
今日は午前中の授業時間を全て使って、民俗学の特別授業をすることになっていた。クロードの授業は完璧で、ただダラダラ喋るのではなく、生徒の自主性に任せて質問時間などを大事にする。学生にも取っつきやすくする為か、伝説にあるような『資料』も持ち込まれ、初めて見る古文書や呪いの道具の類に、生徒達は心から楽しんでいる。
「ルークくん。私の授業は楽しいかな?」
皆が夢中になっているなか、彼はルークに話し掛けてきた。
「とても楽しいです。昼からはレイルのクラスで、ですよね?あいつも楽しむと思います」
親しげに話す二人に、何人かが手を止めて、訝し気な視線を向けてくる。そのうちそれはヒソヒソ話となって、確かに二人を取り巻いた。内容は断片的にしか聞こえないが、クロードがロックの父親だという話題なのはわかった。
不愉快な雰囲気のまま午前の授業が終了したので、ルークはクロードに謝った。授業が終わってすぐに昼飯を諦めて教室を出たので、廊下の横の階段で職員室に戻る彼を捕まえることが出来た。
「さっきはすみません」
自分でも、何について謝っているのかわからなかった。
「気にしないでくれ。こちらの配慮が足りなかった。私と君が話していたら、息子のことが話題に上がらない方がおかしいからね」
困ったように笑うクロードに、ルークは申し訳無い気持ちでいっぱいになる。
「昼からの授業では、レイルさんには話し掛けないようにするよ」
結果的に、彼はこの約束を実行する必要はなかった。昼のレイルのクラスは、終始あの不快な雰囲気のまま授業が行われた。
「いったい何なんだよっ!? ロックが何したってんだ!?」
帰りのバスの中で、レイルは怒鳴り散らした。運転手や周りの乗客――歓迎会も終わり、普段の時間に帰るようになったので、この時間は学生はほとんどいない――の目など気にもせずに、自分の気持ちを発散している。
「落ち着けよ……そりゃ性病って噂の息子がいる教師なんて、そんなもんだろ。悪いのは、そこんとこをわかっていない学校サイドだ」
「でも! ……みんな噂だけに振り回され過ぎだ」
「人間なんて、そんなもんだろ」
「……現実見せるにも見せれねえしなぁ」
頭を抱える二人をよそに、バスは停留所を目指して走る。今日はとてもロックには会えない。それでなくても連日の無茶が続いて、昨日の夜から熱が下がらないのだから尚更だ。
翌日は憎たらしいくらいの快晴となった。天気と一緒に自分の気持ちも晴れれば良いのに、とルークは思う。
夏の勢いを思い出したかのような気温に、隣のレイルもぐったりとしている。日焼け止めの出番も過ぎて油断していたのか、彼女の白い肌は少し赤くなっていた。
「お前、こんな暑いのによく帽子なんて被ってられるな?」
「女の子はオシャレする生き物なんだよ。少々暑くても、こいつは外さん!」
レイルは自分の頭に乗った黒のベレー帽に風を送り込みながら話している。
今日の彼女の服装は、長めの白の上着に緑のキャミ、下はミニスカートにオシャレなデザインのスニーカーを合わせている。まだまだ夏まっしぐらな服装で、露出が多い。
朝に鏡で見た自分の姿を思い出して、軽く死にたくなったルークだが、バスの中で変死をする訳にはいかないので、いろいろ我慢して学校に向かう。
いつものように教室に入ると、クラスの雰囲気が少し違った。昨日のような不快感ではなく、何かに興奮するような……
「ルーク! 聞いたか? 転校生が来るんだってよ」
昨日のけ者にしてきた友達数人が、ルークを囲んで興奮した様子で話し出す。友人達の態度に一瞬ムッとするが、目先の話題に群がる同世代――レイルに群がる男もその類だ――なら山ほど見てきたので、敢えて何か言う程でもない。
「転校生? こんな時期に?」
それよりも、気になった部分を詳しく聞く。
「そうなんだって! このクラスになんだけど……女の子で、噂によると貧困街の美人さんらしい」
「はぁ? 貧困街?」
「そうそう! ウェスト通りのだよ! 知ってるだろ?」
「それは知ってるけど……」
何故だろう。嫌な予感しかしない。
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