26 親子の時間~探り合い


 締めくくりにクロードがお堅い挨拶をして、解散になった。

 まだ暖かい夜道を、レイルは父親と共に歩く。先程まではルーク一家と共に、バスに揺られていた。

 仕事帰りの人影も疎らな大通りを歩くには、父親と二人では勿体ないような感覚に陥る。固いレンガの感触を楽しみながら、レイルは父親の半歩前を歩いていた。

「お前が音楽好きなのは知ってたが、まさか三人で練習してたとはな……ところで、ミリタリーごっこなんて、嘘だろ?」

 突然、斜め後ろからトレインがそう言った。レイルには、後半言われたことを理解するのに少し時間がかかった。

「嘘って……なんで?」

 シンプルに理由を聞いてみることにする。褒められたことよりも、そちらの方がよっぽど大切だ。

「いつも泥だらけになって帰って来るし、塹壕はあれだけじゃ足りない」

「塹壕に隠れるのは私ばっかりだから……どう?」

 父親相手にも、レイルの口調はいつもと変わらない。

「だとしても、不自然な点が多過ぎる」

 そう言いながら困ったように笑うトレインに、レイルも同じような表情しか返せない。多分――同じ思いを抱えているから。

「レイル……お前の問いに答えてやるから、お前も問いに答えてくれないか?」

 トレインは立ち止まった。いつの間にか自宅の前まで歩いていた。さすがは駅近物件。家には入ろうとせずこちらを見るトレインに、レイルも観念して頷く。

「父さん、これ以上捜査機密をばらしたら、警察官失格じゃない?」

「俺は警察官としてではなく、父親としてお前に聞いてるんだ」

 静かな住宅街には、自分達以外の人の気配はない。

「なら、特別に教えるから、父さんも教えてね? 私達は放課後や休みの日に集まって、ロックの体を治す方法を考えてる」

「考えて、泥だらけになるのか? どこかのカルト集団に入ったんじゃないだろうな?」

「違うよ。ジャパニーズの伝統的な医療を実践してるだけ」

 後半はかなりぼかしたが、一応は真実だ。トレインは訝しげな目をしていたが、やがて諦めて口を開いた。

「……詳しく話す気がないのはわかった。俺は何を話せば良い?」

 彼の憮然とした表情で、今の発言では説明不足だったことを悟る。

「クロードさんを何故疑うのか」

「もう疑った前提なんだな。わかったよ……我々の捜査では、犯人は現場に装飾されたライフルの破片を落として行ったんだ。装飾銃なんて、一般家庭にはないからな」

 そう言いながら懐から手帳を取り出し、そこに挟んでいた写真を見せてくれた。それは殺人現場の写真で、死体は写っていなかったが、壁にめり込んだ弾と銀の破片が写っていた。

 レイルの頭を電流のようなものが走った。それはもちろん感覚だけの話だが、父親にバレないように細心の注意を払う。

「なるほどね。でも、これだけじゃまだ不十分だ」

 自分に言い聞かせるように言う。

「そうだ。単なる俺の勘だ。今日のパーティーでわかったんだが、俺はクロードさんのことが嫌いだ……俺の発言は全部内緒だぞ?」

「わかってるよ……なんで嫌い?」

 慌てて取り繕う父親に笑いながら、レイルは先を促す。

「使用人や庭師に対する態度が気に食わなかった。お前達が来るまでに紹介してもらったんだが、正直部下を紹介する時もあそこまでは言わない。まるで、自分と彼らは違うような態度だった」

「実際……違うとは思ってるだろうな」

「そういう考えが気に食わない。犯罪者の考えと似ている気がするよ」

「犯罪者と?」

 目を丸くするレイルに、トレインは遠くを見ながら答える。

「ああ、自分達より劣っているから殺すんだと……人間の命は平等だと、なんで気付かないんだ」

「……父さんの考えは、きっと一般論だろうけど」

 そこでレイルは言葉を区切る。立ち話のせいで、すっかり身体は冷えていた。

「平等の命なんて、絶対に有り得ない。命の価値は、その命を握った人間によって決められる。だから無くならないんだ――」

――差別も、殺人も。

「昔、私が大事にしてたスパイダーを、父さんが殺しちゃっただろ? 私にとっては宝物だったけど、父さんからしたら害虫だった。父さんは害虫を殺せるから殺した。例えは悪いけど……極端な話、そういうこと」

 無感情に続けるレイルに、トレインは口を挟むことはしなかった。目の前の父親も、世界は平等ではないとわかっているからこそ、大多数の言葉を振りかざすのだろう。強者なんてものは、一握りの“異物”でしかない。

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