25 サプライズ
疑問は沢山あるが、とりあえず今は、パーティーに戻ることになった。自室に戻る時間はないので、請求書はルークが預かることになった。慎重にズボンのポケットに入れて、しっかりとボタンを止めていたので安心だ。
親達の輪に戻ると、トレインが自分の武勇伝について語っているところだった。今まで自分が捕まえてきた、馬鹿な犯人や難事件の話だ。少し酒が入っているようで、いつもより饒舌になっているようにレイルは思う。
そんな彼を囲むようにして座っていた親達――いつの間にか、立食パーティーから座談会に移行していた――の中心で、肉の代わりに焼かれているマシュマロが、甘い匂いを漂わせていた。
「最近の難事件は無いんですか?」
マーカスが目を輝かせて挙手。普段馴染みの無い職業の人間との会話が、本当に楽しいようだ。
「最近、かあ。あまり大きな声では言えないんですがね、ウェスト通りで今も、連続殺人が続いているんですよ」
「あの貧困街で、ですか!?」
父の発言にレイルは呆れた。いくら酒を飲んでいると言っても、捜査のことをペラペラ他人に話すなんて。
項垂れるレイルの横で、ルークも頭を抱えながら「貧困街なんて言える身分じゃねえだろうが」と漏らしている。ロックだけは涼しい顔で聞いている。
「なにせ、あそこは外国人ばかりの悪の巣窟だ。なかなか聞き込み捜査も上手くいかなくて……」
そう言いながら頭を掻くトレインに、クロードは真剣な眼差しで問い掛けた。
「それでも、貴方達はこの街の優秀な警察官だ。犯人の目星は付いているんじゃないですか?」
探るような台詞に、それでもトレインは申し訳なさそうだ。
「それが全く進展していなくて……凶器は現場に残された薬莢と……貫通した弾からライフルだというのはわかったんですが、なかなか珍しい形で、割り出すのが難しいんですよ」
トレインは『死体を貫通した弾』と言いかけたようだが、なんとか濁した。
「薬莢からだけで犯人を突き止められるんですか!?」
シーラが驚きの声を上げる。
「ええ、詳しい話は止めときますが、旋条痕を調べればその銃の持ち主はわかるんです。ですが、今回は全く出なくてね」
唸り声を上げながらマシュマロに食らいつくトレインに、クロードは釈然としない表情で尋ねた。
「登録していないとか、あそこの人間なら裏ルートみたいなもので、いくらでも銃は手に入りそうですがね」
「本当に、ここからは捜査機密なんですが、今回の犯人はとても珍しい銃を使っていると思います。これ以上は、勘弁して下さい」
マシュマロを食べながらひょうきんに笑うトレインには、この話を続けるつもりはもうないようだ。父親の暴走にヒヤヒヤしていたレイルも、ようやく美味しくマシュマロを食べることが出来る。
「ところで……」
急にトレインがクロードに向き直った。ニコニコと微笑むトレインに、クロードも穏やかな笑みを向けるが、レイルは父親の態度に違和感を覚える。
「自分で切っておいてなんですが、先程のお話、やけにあそこの人間について詳しいようでしたが?」
トレインの漆黒の瞳が、じっとクロードを見詰めている。
「たまたま明日から特別授業を行う学校で、教員達が話題にしていたんですよ。なんでも、治安が悪いという理由だけで、学生を取らないのは問題だろうか、とね」
長年警察官をしている父のプレッシャーに、クロードはそれでも涼しげに応える。
「なるほど。確かにあの区域には、ミドルスクール以上はありませんからなあ」
トレインも疑った訳ではないのか、普段の笑顔に戻る。
レイルは、自分のマシュマロに焦げ目がついたので引き上げる。フワフワとした食感に、ほろ苦い焦げが絶妙にマッチしている。一瞬の違和感の正体が掴めないので、レイルは不機嫌な表情を隠さないまま頬張る。
すると、そんな親達を見ていたルークがそわそわし始めた。彼の空気が変わったのを察して、ロックが静かに切り出す。
「ちょっと聞かせたいものがあるんです。御静聴願えますか?」
そう言ってロックは、自ら輪の中心に車椅子を進める。くるりと反転して親達と向き合う彼の傍に、ルークとレイルも共に並ぶ。
ルークは荷物に隠していたギターを取り出し、レイルもポケットからハーモニカを取り出す。
ルークが芝生に座り明るいメロディーを奏で始めると、レイルも体でリズムを取りながら軽快な演奏に参加する。そんな二人の伴奏に合わせて、ロックは有名アーティストのメジャーな曲を歌いだす。
ロックの少し低い歌声に、観客席からは感嘆の溜め息が漏れた。
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