21 逢い引き


 夜になって、レイルは一人バルコニーに出た。

 室内と同じく白を基調としたバルコニーは、小さなテラスになっている。二階にあるロックの部屋からでも、顔を上げれば満天の星空が広がっている。住む人間のことを考えた、美しい造りだった。

 周りは高級住宅ばかりなので、隣同士も広大な庭を挟んだ距離だ。明かりが少ないから、これだけの星空が堪能出来るのだろう。

「ほんっと、最高だな!」

 レイルはゆっくりと伸びをして、バルコニーの手すりに背中を預ける。部屋の中に体を向けて、それでも頭はその美しい星空が名残惜しくて。

「その星空は、僕のお気に入り」

 薄いレースのカーテンがひらめき、室内にいるロックの姿が、レイルからもしっかり確認出来るようになる。品の良い白の寝巻きを纏い、笑顔で自分のベッドに腰掛けている。

「そんなところじゃ、ゆっくり話せないだろ」

 ロックが静かに言い、レイルに向かって手を差し出す。もちろん届く訳がない距離で、「おいで」と続けるロックに従う。開けっ放しの窓はそのままに、ロックのベッドに近付く。

 手と手が触れそうになって、彼はそっとその手を自分のベッドの上に置く。その動きを追うように、レイルもロックの隣に腰を下ろした。

 そのまま見詰め合う。ゆっくりと二人の顔が近付いて――

「寒い……」

 ロックが小さく漏らした。レイルにしか聞こえない声量だ。今まで大きめの声で話していたので、レイルは一瞬だけ反応が遅れる。

 違う。反応が遅れたのは、声量のせいだけではない。

 鋭い目で窓を見詰めるロックに代わり、レイルは窓辺に近寄った。窓を閉める前に、少しだけ顔を出して周りを観察する。

 相変わらず満天の星空に、煩いくらいの虫の声がするだけだ。外側に開いた窓を引っ張る。一瞬だけ自分の部屋を視界の端に捉えるが、しっかりと電気は点けたままにしてあるので“カモフラージュ”は出来ているはずだ。

「ほんとに、心配性だよな」

 そう言いながら窓を閉める。完全に閉めきると、もう窓の外の音は聞こえなくなった。カーテンも閉めて、完璧に外への“漏れ”を排除する。

「もういいぞ」

 ロックのその一言で、ベッドの横――窓の外からは見えないスペースから、ルークが立ち上がった。

「ずっと床に寝かされるなんて、マジありえねえ」

「悪かった。これくらいしないと、あの庭師は煩いから」

 そう言ってロックは、煩わしそうな目を閉めたばかりの窓に向ける。

「いつもは庭の手入れなんて、午前中には終わってるじゃねーか。なんで今日に限って深夜に、それもぶっ通しでやるんだよ?」

「明日のバーベキューのために、さっき急遽取り寄せた珍しい花を植えるんだと。夜しか開かない花らしくて、もう花まで育ってるから、咲き方を見ながら仕上げるらしい」

「うひゃー。金掛かってそうだなそりゃ。俺の両親が聞いたら泣きそうだ」

「私の親父なんて、ほんのちょっと寄れるかどうかなんだぜ?」

「まあまあ、良いじゃないか。僕らも負けない“出し物”をしないとな」

「マジでやんのか? ルーク! 地下上がり早々だが、いけそうか?」

「それは明日にならなきゃわかんねー」

 レイルの蹴りがうまく脇腹に当たって、ルークが咳込みながら蹲る。

「冗談っ! 冗談だって!! ちゃんと、やらせていただきます!」

「なら決まりだな。ちゃんと練習のために持って来たか? じゃないと閉めきった意味がない」

「大丈夫だよ。つか、防音は大丈夫なのか?」

「問題ない。人の声だけはよく通るみたいだから静かにやるが、楽器だけならCDだって誤魔化せる」

「でも、なんでわざわざ練習を誤魔化すためにこんなことを?」

 誤魔化すために――ロックとレイルが逢い引きしているように見せ掛けた。

「庭師のエドワードは、ドラマチックなものが好きでね。こういう『貴族と平民の叶わぬ恋』みたいなのを演出しとけば、絶対父さんには黙っててくれるよ」

「実際には邪魔者がいる訳だ。のけ者にされた気分だ」

「拗ねるなよ。ルークのギターは最高だぜ」

「それって俺の腕を言ってる? ギター本体を言ってる?」

 噛みつくルークに、ロックは笑いを噛み殺している。

「はいはい、お前の腕だって。なら練習の前にテンション上げる話しようぜ。BGMは私がやるから」

 レイルは悪戯を思いついた子供のように笑い、ベッドの横の床に置かれた自分の通学鞄に手を伸ばし、そこから安っぽいデザインのハーモニカを取り出す。少しだけ音を確かめるために吹き、満足してベッドに置く。

「……ギター貸してくれ」

 ハーモニカでは役目を果たせないので、そうルークに催促。ルークもそれはすでに予想していて、さっさと自分の通学鞄からアコースティックギターを取り出してくれた。使い込まれたそれは、黒くて艶がある。

「お前、そんなパンパンな鞄で、よく持ち物検査に引っ掛からないな?」

 ロックが苦笑しながら言う。

「もともとそんな物騒な学校じゃないから甘いんだよ。それに一応、名目上は部活用具にしてる」

「なるほど」

「早く貸せよ」

 男二人の会話には興味はないので、レイルは少し苛立ってしまう。

 ようやくルークからギターを手渡されたので、チューニングを始める。ちゃんとチューナーも持って来ている。規則正しい、音合わせのためのリズミカルな雑音は、レイルの心を落ち着かせる。

「それで? テンションの上がる話ってなんだよ?」

 ロックの問い掛けに、ルークはゆっくりと話し始めた。明日、自分達が成し遂げるであろう、ハッピーエンドな夢物語を。彼の低い声に合わせるように、ギターの音色を楽しむ。

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