20 劣等感
映像を観ながら推理を更に展開し、そのまま夕食の時間になった。また三人でゆっくりと向かう。今日は学校から戻って来たクロードも同席するので、ルークとレイルは緊張していた。
もうお馴染みの長テーブルに座る。クロードが上座で、その隣にロック、対面する形でルーク、レイルと座っていく。
「今日はようこそ。いつも息子と親しくしてくれて助かっているよ」
穏和な紳士という印象を与えるクロードは、物腰もとても丁寧だ。品の良い言葉使いの中にも、ユーモアのセンスが滲み出ている。
楽しい時間が過ぎていく。ルークは、クロードは学校の先生として最高だと思った。
「俺の親とは大違いだ」
ルークは溜め息と一緒にそう言った。既に料理も平らげ、食後のティータイムに移行している。
「ルーク君のご両親はどういう人なんだい?」
「建築士なんだけど、二人ともガサツというか、単純というか……」
「なるほど……建築士か……サバサバとした快活そうなご両親なんだね」
「ナイスフォロー」
「ロック、ふざけるな」
ふざけたロックをクロードが窘める。口調の荒れ方が極端だったので、レイルが一瞬ティーカップを落としそうになった。
「是非、会ってみたいものだな」
笑顔でそう言うクロードを、ルークは凝視する。社交辞令には、見えない。
レイルに助けを求めようと目線を向けると、彼女は自分のティーカップをじっと見詰めたまま止まっている。
「俺の親も、是非会いたいって言っていたんですよ」
探りながら、満面の笑みで返す。
「本当かい?」
少し声が大きくなっているところを見る限り、なかなか感触は良さそうだ。
「父さん、それなら明日の夜に、バーベキューをしない?」
すかさずロックが、社交的な息子の顔をして決定となった。
夕食の後、ルークとレイルの二人は、使用人の女性に連き添われたまま自宅に連絡を入れた。
ルークの両親は喜んで承諾。レイルの父親も、なんとか仕事帰りに寄ることが出来そうだという。
自室へと続く長い廊下を、二人で歩く。使用人の女性は、遅い食事を済ます為に別れた。煌びやかだが無機質な、生活感の無い道のり。
「明日はまた、潜るんだよな?」
ルークは隣を歩くレイルに声を掛ける。レイルはそれには答えずに、赤いカーペットの感触を、足先で確かめているようだ。
「なぁ?」
先程より大きな声を上げたルークに、ようやくレイルも顔を向けた。
「明日も潜って、コヅチを手に入れて、みんなの両親の前でロックを治して……」
「ちょっと黙っててくれ。何かが引っ掛かってんだ」
明日の理想を語るルークを、レイルはピシャリと切り捨てる。その態度に、ルークは苛立ちを隠せない。
「なんだよ、その言い方! 引っ掛かってること!? んなの、俺にだって沢山ある!」
「はぁ? どうせお前の引っ掛かってることなんて、真実を追求するような大きなことじゃないだろ?」
売り言葉に買い言葉だ。馬鹿にしたような表情のレイルは、壁に掛かった例のライフルに目を向ける。ルークは、そんな彼女の態度に更に腹が立つ。
「なら言うがな! お前らの恋愛感情ってなんなんだよ!? たくさん彼氏や彼女作って、本気で相手にもしないで! 遊びなんてレベルじゃない、興味すらないじゃないか!」
下を向き、一気に捲し立てる。嫌な汗が出る。こんなことを言うつもりはなかった。
息を整える間、静寂が流れた。静かになったので恐る恐る前を向くと、レイルがじっとこちらを見ていた。普段は悪い光を宿す瞳が、今はとても弱々しい。
「本気で相手してるのは……お前らだけだ」
レイルは早口に、小さく呟いた。
「お前らとは付き合えないから、他に恋人を作るしかない……でも興味も持てないから弾避けの盾くらいにしか思えない」
視線はすぐに逸らされたが、これは彼女の本心だろう。小さな肩が少し震えている。その目を再びライフルに戻しながら、レイルは続ける。
「私はお前ら二人……どちらかを裏切ることは出来ない。恋人なんていう呼び名より、親友だっていう事実の方が大事なんだ」
彼女の目に光が戻る。いつもの、勘の鋭い動物的な瞳。
「二人共、最高の親友だ」
「二人共?」
彼女の言葉に、ルークの心が一瞬ざわついた。理由がわからない、不快感が残る。
「ルークは、ロックより下でも上でもない」
レイルは、心にどんどん踏み込んでくる。
「仲の良い家族がいるとか、モテるモテないとか、スポーツができるとか、勉強は苦手とか……そんなのじゃないんだ。お前らは私にとっての、失いたくない存在だから」
レイルの言葉に、心が氷解していくのを感じた。
「ロックの足を治すのは、私ら三人で、だ。そこに第三者の意見なんて必要無い」
力強く断言するレイルに、ルークは照れ臭いながらも頷いた。今度は、二人とも視線を逸らすこともない。
危険すら愛する彼女の瞳に、自分が映り込んでいる。そこには、ほんの数分前まで、劣等感に苛まれていた自分がいた。
沢山の交遊関係を持つロック。成績優秀で、多分きっと……レイルとは相思相愛の親友。
いつしか彼の足を治すことが、自らの義務のように感じていた。親友としてももちろん大切だが、どこかでこの劣等感を払拭する“貸し”が欲しかったのかもしれない。
「つまんねープライドなんて持つなよ。そのせいで、私はつまんねー男共と付き合う羽目になったんだぜ?」
「ちょっと待て。最初から男遊びは趣味みたいなもんじゃねえか? 全部の責任を押し付けんな」
「確かに七割は趣味だったけど、私なりのメッセージだったんだぜ?」
「七割って、ほとんどじゃねえか!」
「お互い様、だろ?」
ルークの心を見透かしたように、レイルは意地悪く笑う。彼女のその表情に、ルークは怒る気も失せて問い掛ける。
「メッセージって?」
「複数の異性と交遊してる奴ってどう?」
「えっと……正直、嫌、かな?」
「そう嫌だ。そんな人間に、お前は自分が劣ってると思う?」
「思わねー……ってかわかりにくいっての!」
「実益兼ねてんだから、こんなもんだろ」
しれっと悪魔のような発言をする彼女には、もう驚くこともない。
「百パーセント善意の方がヤベえんだよ。それは、ただの執着だ。恋愛でも友人関係でも、執着は人を駄目にする」
「そのための三割の悪意ってか? お前の頭の中に限っては逆だな」
相変わらずの悪い笑い方をする彼女を見て、ルークも釣られて笑ってしまう。
筋が通っているのかは微妙だが、自分の意見を持つ彼女。強い心、言葉が似合う。
「やっぱり、自分の言葉が一番だ」
前を向きながらレイルが呟く。知らない間にお互いの自室の前まで来ていた。
「自分の言葉って?」
「誰かの名台詞をパクったところで、その言葉に力はもう無いんだ。人の心を動かすには、自分の言葉が必要だ」
「なるほどね……まぁ、確かに、お前の言葉は強くて男らしいよ」
「弱い女にはなりたくないんだ」
そう言ってレイルは、ドアノブに手を掛けたまま顔だけこちらに向ける。
「特に、親友の前では」
言葉と同じく真剣な表情を向けられ、ルークはまた照れてしまう。そんなもの、ルークからしても同じ気持ちだ。
「ルークだけには背負わせない。お前の夢物語、楽しみにしてる。寝る前にロックに、明日の予定聞かせてやれ」
ドアを開け、部屋に入りながら言うレイルの背中に、ルークは静かに返事をする。
「わかった。言葉は、聞かせないと意味がないからな」
相手に伝えないと、それは力にならないから。
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