19 遭遇者の正体


 歓迎会の翌日は、穏やかな天気になった。昨日の花火の時点で綺麗な満月が輝いていたので、この天気はロックの予想通りだ。先程飲んだ薬が効きだしたのを身体で感じ、車椅子に乗り朝食に向かう。

 長いテーブルの大半を使いきれない人数で食事。ロックとクロードの二人きりだ。母親はまだ長期の出張中で帰ってこない。

 使用人の女性が朝食を運んでくる。歓迎会に合わせてこちらに戻って来た父親に海外の話を聞きながら、ロックは真剣にこの使用人の名前を思い出そうとしていた。

 苦い顔をしている自分に気付いたのか、クロードが大声で「すまない」と女性を呼ぶ。

「息子の口に合わないようだ。下げてくれないか、えーと……」

 どうやら父親も名前を覚えていないようだ。しっかりとセットされた柔らかい茶髪をかきあげる。必死に思い出そうとしている姿も絵になる男だ。

「ローズにございます」

「そうだったな。頼めるか?」

「かしこまりました」

 彼女が出ていくのを確認してから、クロードは少し恥ずかしそうにロックに向かって舌を出した。

「どうも、物忘れが激しいのが悩みだ」

 昨日の夜も親友のことを覚えていなかった彼を思い出し、ロックは苦笑する。

「でも、それ以外のことは完璧」

 研究者としても、息子を想う父親としても。

「お前にそう思われるのが、一番嬉しいよ」

 目を細めて、笑う。白い歯が光る。自分自身にもしっかりと受け継がれたキラースマイルだ、とロックは自分でも思う。

「今日は昼から来るんだろう?」

「うん。今日は疲れてるだろうから、ミリタリーごっこは無しで」

――明日の準備をする。

 心の中でそう付け加え、ロックは笑顔を返した。









 昼過ぎになり、ルークとレイルはロックの家に到着した。ダラダラと映像機器の準備をしながら、自然と話題は昨日の劇の話になる。

「レイル、本当に綺麗だったよ」

「そりゃどうも。いつもあんな姫さんみたいな服装すりゃ良いのか?」

「そうは言ってないけど、ルーク……こいつ、モテてただろ?」

「それはもう。クラスの大半がレイル嬢に夢中だったぜ。彼氏も六人増えたみたいだし」

「また軽く遊んでんのかよ」

「お前みたいなプレイボーイには言われたくない」

「僕のハニー達は、ただの時間潰し。時間の潰しようのない今は、全くのフリーだ」

 そう言いながら、ロックはガラスのコップに入ったアイスティーを一気に飲み干す。

 ジャスミンの良い香りが漂うロックの自室で、三人は今日も、地下の映像を観るために集まった。明日は朝からまた潜る為、その最終確認も兼ねている。

「経験者として言わせてもらうが、恨まれても仕方ないことなんだぜ?」

 ロックが静かに言う。ルークにも、彼なりの本気の心配が伝わってくる。彼が、自分を下げるような台詞を本気で吐くのは珍しい。

「わかってるよ。深くなる前にみんな切ってる」

 レイルも窓辺に目線を投げながら、それでも表情は真剣だった。沈黙が走る。開いている窓からは、小鳥の鳴き声が小さく聴こえる。

「……ちょっと営業しても良い?」

 沈黙に耐えきれなくなり、わざとルークは明るい声を上げる。

「どうした?」と、ロックが笑顔でこちらを見、レイルはうるさそうに溜め息をついた。

「俺の親の営業! ロックの親父さんと話してみたいらしくてさ、リフォームとかなんでも相談に乗るって」

 キョトンとした顔で話を聞いていたロックの目が、何かを思い付いたように輝いた。

「明日くらいに、親も巻き込んでバーベキューでもしないか?」

 興奮した様子で、いきなりそう提案するロック。確かに夜には探検も終わる――クロードが学校から帰ってくるせいだ。明日は生徒のいない学校で打ち合わせをするらしい――ので、提案としては申し分ない。

「明日は両親も、仕事入っていないはずだから空いてる」

 ルークは親の予定を思い出し、快諾する。

「レイルは?」

「私の家は……母さんは絶対家出れないし、父さんも仕事がどうなるかわからない」

「大きな事件でもあったのか?」

 最近のニュースを思い出すように目を閉じてロックが問う。

「この前に電話で言ってた、ウェスト通り沿いの連続殺人事件だよ。犯人がまだ捕まってないらしい」

「なるほどな、確かに忙しそうだ」

「なんでも、外国人が多い場所らしくて」

 そう言って、レイルが二人に説明する。あの新人警官もどうやらそれに関係するらしい。

 そして話している間、レイルの顔が一瞬、歪む。

「ウェスト通りって、あの博物館がある近くだな」

「あの……“元”女神像の、な」

 ロックも確かめるように口にする。それをレイルは肯定。二人の視線が絡まり合う。

「あの閉館した博物館だよな? それが――」

 どうした、と聞こうとしたルークも、二人の様子がおかしいことに気付いた。

「今、同じこと考えてた」

「あくまで仮説だが……」

 レイルが妖艶に笑い、ロックが言葉を引き継ぐ。彼は緊張のせいか、額に汗が浮かんでいる。

「遺跡には二つの入り口があった。一つは我が家の女神像の下。もう一つは博物館前の像の下だ」

「つまり、そっちの入り口からも人が入れる可能性がある」

 レイルの補足に、ルークは目を丸くする。

「人種の特徴的にあの女の子は、その地区の違法滞在者という可能性が一番高い」

「なら、あの子は地底人じゃない!?」

「ああ、おそらく警察の調査を嫌がってか、犯人に恐怖して地下に逃げ込んだんだ」

「なら普通の人間なんだな! 安心したぁ」

 安堵の声を上げるルークに、レイルが鋭い視線を向ける。

「安心するのはまだ早いぜ。相手が人間ってことは、だ。コヅチが盗られる可能性がある」

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