22 身分の違い
夢の中でもギターを弾いていたルークは、カーテンから零れる朝日で飛び起きた。
小鳥の声が一瞬ロックの歌声に聞こえて、鳥肌が立つ。この鳥肌が立った原因を思い出そうとして、なんとなく顔を横に向けると、そこにはロックの端正な寝顔があった。
ルークの体が硬直する。その微かな動きによって、目の前の瞳がゆっくりと開いた。
綺麗な色をしたガラス玉のような瞳が、ルークを捉えて離さない。男性的な色気に満ちた表情が、どんどん悪魔のような笑みに変わっていく。
「おはようハニー。昨夜は激しく掻き鳴らしたけど、痛くない?」
「ばっ、お前っ、言い方がエロいんだよ!」
沸騰したように熱くなってしまう自分に更にムカついて、大声で怒る。激しく掻き鳴らしたのはギター。指は、痛い。
「お前、大声出すなよ。バレちまう。エドワード、どうやら徹夜みたいだな」
両手で耳を塞ぐ仕草をしながら、ロックは窓際に視線を走らせる。レースのカーテンのせいで、窓の向こうは見えない。それは外からも同じなので、損得無しだ。
小さく呻きながらロックは、ルークに向かって体ごと姿勢を変える。体勢が体勢だったので、ルークはロックに押し倒されたような形になる。
「マジ、声出すなよ? こんなのバレたら『性別まで超えるのか』って卒倒され――」
「――なにがだっ!?」
ロックのほとんど全体重が掛かっていて、抜けられないルーク。しかし違和感を覚える。
確かに強引で好色で男も襲いそうなロックだが、この体勢って――?
「ロック! ロック!」
「そんなに声出したらバレるって言ってんだろ? 僕のぶち込んでやろうか?」
「黙れ! お前! 薬飲んでねえだろ!?」
サッと、ロックの笑みが消える。今まではルークの方が起きるのが遅かったので気付かなかったが、今日のロックは薬を飲んでいないはずだった。
昨晩からずっと隣にいたのだから。もちろん変な意味ではなく、ロックの囁くような歌声に誘われて――おかしい、変な意味みたいになる。
「バレちゃったかぁ」
そう言いながら申し訳なさそうに笑うロックに、ルークはすぐさまベッドから這い出て薬とお湯を渡してやる。自分では上手く動けないようなので、上体を起こして座らせてやる。
「悪いな……薬が効くまではいつもこうなんだ。レイルを起こしてやってくれ」
そう言われて、ようやく彼女の存在に気付いた。三人で同じベッドで寝るのは無理があることは、初日で学習している。
彼女は床の上に脱落していた。それでも一緒に落ちたシーツに包まって逞しく寝ている。
「あー……」
なんとなく起こすのも面倒に感じたが、そろそろ使用人が各部屋に起こしに来る時間だろう。文字通り叩き起こして、彼女と一緒に部屋を出る。
ロックはその間、脂汗を出しながらベッドに横たわっていた。最初は寝ぼけていたレイルも、彼を見た瞬間に、頭が覚醒したようだった。
いつもと同じように朝食をとる。今回はクロードだけでなく、庭師のエドワードも同席していた。
一番下座の席に着く彼に、クロードは労いの言葉を掛ける。その言葉に恐縮しながらも、彼の目は、ロックとレイルの間を行ったり来たりしていた。
エドワードは白髪が目立つ初老の老人だった。小さな漆黒の瞳が特徴的な、食の細そうな男性だ。
クロードがそれ以降、庭師に話を振ることはなかった。話題は今夜の集まりのことばかりで、余程楽しみにしているのだろう。
「ルークくんのご両親は、うちのような家は扱っているのかい?」
突然話を振られて、ルークは慌てる。緊張しながら営業なんて、ルークにはまだ難しい。
「いえ、こんな立派な家は、俺の両親はやったことないと思います。興味……じゃなくて、腕や知識はあると思います」
「なるほど……なら家の話ではないんだが、遺跡の建築様式の鑑定等は出来るかね?」
「遺跡……ですか?」
一瞬足元の遺跡を思い起こし、魚を突くフォークが止まった。レイルやロックも同じことを思ったらしく、おかしな雰囲気になる。
「……俺にはよくわからないです」
「そうか。新しい遺跡が発掘されたんだが、古美術品の類いが出なくてね。建築の面から何かわかればと思ったんだが」
「すみません。良かったら今日、両親に聞いてみて下さい」
「わかった。そうさせてもらうよ」
にこやかにそう言うクロードに、三人は安堵の表情をした。
朝食が終わったところで、レイルはエドワードに声を掛けられた。
クロードはさっさと席を後にし、ロックも一瞬だけ視線を向けただけで自室に戻って行った。ルークは仕方なくまだ食べている振りをしていて、なんとなく気まずい。
「昨日、少し目に入ったんですが」
ルークに聞こえないように考慮してだろう。小声で話すエドワードは、レイルから見ても興奮していることがわかる。
「ワシは応援しとるから、頑張って欲しい」
見事な勘違い――計画通りな台詞を話す彼に、レイルは苦笑しながら礼を述べる。
「旦那様は少し平民を見下す癖がある。だが、貴女みたいな美人なら別だろう」
まるで自分のことのように嬉しそうにそう話す彼に背中を向け、レイルはルークにだけ見えるようにうんざりした顔をする。
人を見下すのは権力者の権利だ。そこに耳障りの良いだけの平等なんて、そんな概念は存在しない。それを履き違えた下の人間程、卑しい者はない。
クロードが彼を嫌っているように感じたのは、こういう考え方の違いからなのだろうか。
自分の身体ごと機材を放り込んで、ルークは坑道に二度目の足を踏み入れた。すぐにレイルも飛び降りてくる。身軽な彼女は、受け身をとるまでもない様子で羨ましい。
『大丈夫か?』
「大丈夫だ。先に進む」
相変わらずノイズの混じる無線機に返答し、足早に坑道を進む。前回である程度の地形はわかった。そしてあの巨大ミミズも、この狭い坑道には入ってこれないはずだった。
それにしても、とルークは後ろについて来ているレイルをちらりと振り向く。ルークと同じく完全装備――ライター以外――で、腰には古い型の小型拳銃まで装備している彼女は、まるで警察の特殊部隊のようだ。
「庭の方は大丈夫か?」
『問題ない。エドワードはミリタリーごっこみたいな物騒なことは嫌いらしくて、庭には夜まで寄り付かない』
「なら安心だな」
『それより、問題は父さんだ』
「なんで?」
『レイルの分の装備一式を取り寄せる時、相手に僕の身元がバレちゃってね。請求書が親子揃って来るらしい。相手は気を遣ったようだが、こっちとしては大迷惑だ』
舌打ちをしながらロック。相当、頭にきたらしい。
『おかげで、いつ来るかわからない請求書を、父さんより先に押さえないといけない。イライラするよ』
「あんまキレてたら、せっかくの美形が台なしだぜー」
レイルが軽い口調で宥める。
「バレたとしても、全てが片付いた後なら問題ないさ。レイル、さっさと見つけて今夜はパーティーだ!」
「ナイスな計画だ!」
『お前ら、頼もしいこと言ってくれるが、マジ気をつけろよ?』
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