16 歓迎会


 歓迎会当日は、大変な盛り上がりを見せていた。一日限りの露店や催し物は、軒並み好評だ。

 そんな中、昼から開催の一年生の劇は、それ相応の客入りを見せる。巨大な体育館を埋め尽くす人々の顔の多さに、ルークは自分の息が乱れているのを自覚する。

「こんなに人がいたら、一言だけの出演でも緊張するな」

 ルークの横で平民の衣装に身を包んだ友人らが、ルークと同じように緊張した面持ちで話し掛けてきた。ルークも平民になりきった自分の姿を思い出し、緊張は更に高まる。

 既に他のクラスの出し物は終了し、残すは商業科クラスとスポーツ特待クラスの合同――つまり自分達の番だけである。

『これは、遠い遠い世界の物語。猫達が支配する、とある王国の物語――』

 始まりに合わせて暗くなった体育館内に、マイク越しのナレーションが響く。それまで話し声が続いていた観客席が急に静かになり、ルークはいよいよ緊張で、心臓が爆発しそうになっていた。

『――王女様が出掛けた郊外には、数人の平民達がいました』

 自分達の登場の合図が出て、ルーク達は慌てて舞台上に出ていく。ルーク達が出ただけで、少しばかりの笑い声が上がる。

 それはそうだ。スポーツ特待生である自分達――がっしりとした体つきの男子学生達が、猫耳を付けて出て来たのだから。

 羞恥心にも堪えながら、ルークは観客席に目を向ける。すぐにロック父子とレイルの父親を発見した。自分の親が、今日は仕事の都合で来れなかったのには助かったと思う。

 最前列の招待席で、柔和な表情を浮かべるクロード。その隣のスペースで車椅子に座ったロックは、イヤらしい笑みを浮かべている。

 一瞬にして頭に血が上りかけたが、既に自分の役目は終わらせたので、舞台袖まで早々と退散するだけで思い止まった。これからは大道具の仕事だ、とルークは舞台を振り返る。

 それと同時に、レイルが舞台に上がる。その瞬間、客席の空気が変わった。

 歓声を含んだどよめきが走り、後ろの方にいた彼女の父親が、ビデオカメラを振り乱しながら前に出ようとしている。そんな客席に一瞬だけ笑顔を向けると、彼女は長々とした演技に入った。相手役の男も、釣られるようにして演技に力を入れる。

――本当に、平民なんて気楽なものだ。

 ルークはそう思わずにはいられなかった。






 結論から言えば、劇は大喝采に包まれて終演した。この高校始まって以来の出来だと、特別に賞までいただいた程だ。しかし、それでもルークの心は晴れない。

 大道具係らしく、平げっぱなしの道具を片付けようと舞台袖に引きこもっていたら、二人の男女が体育館に戻って来た。

 今は入賞の喜びからクラスメート達はみんな、教室にいる。つまり、ルークに気付いていない二人からすれば、ここは二人きりの空間だ。






「今日は最高に良かったね。綺麗だったよ。みんなから言われて鼻が高かった」

 男は女――レイルに向かって笑顔を作る。彼女もその笑顔を受け止めるように、優しく微笑む。

「ヒロインが輝けるのは、それだけの主人公がいるからだよ」

 レイルが彼――相手役を勤めた男子生徒のリチャードに、腕を絡ませながら妖艶に見詰める。二人は舞台の上に立っており、ルークの場所から見ると、まるでまだ劇が続いているかのようだ。

「レイル……」

 リチャードが彼女を呼んだ。この空気は知っている。この後の展開も。

「付き合ってくれないか?」

 搾り出すようにそう発する彼に、レイルは穏やかに頷いた。

 途端に彼は飛び上がり「今から君は、ボクのハニーだ」と、テンションを上げて喜ぶ。そのまま入り口まで歩くと、レイルに向かって「それじゃ、俺はこれから母さんを送らないといけないから。明日からはよろしく」と言って、一人で出て行った。

 舞台の上でレイルが溜め息をつく。そしていつものイヤらしい笑みを浮かべて、ルークの方に向き直った。

「盗み聞きも大道具係の仕事なのか?」

 笑いながら問い掛けて来た。どうやら居場所までしっかりバレていたらしい。道具を押し退けて、ルークも舞台に上がる。

「相変わらず、えげつないあしらい方だな。アイツ、確かバスケ部のモテる奴だ」

「まだ優しい方だと思うぜ? アイツが必要なのは『劇のヒロインを演じた彼女』だ」

「……きっかけ、じゃねえの?」

「見た瞬間から恋に落ちないのは、極端な話、どこかに妥協か幻想がある」

「厳しいねー」

 確かに――なんて、口にはしない。

「劇の練習が始まって一週間ちょっと、何人目だっけ?」

「今の野郎で六人目」

「そんなにいる? 彼氏」

「私にとって彼氏ってのは『友人関係を縛る、弾避けにしか役に立たない男』を言うんだぜ」

 そこでレイルは真面目な表情になる。蝶が舞うようにルークの目の前に移動する。

「“彼氏”達は『君を守りたい』って口を揃えて言うけど、私が守りたいのは……」

 レイルの顔がルークに近付く。唇同士が触れ合うかという寸前に、彼女の唇が見馴れた形に歪む。悪い笑顔だ。

「愛の言葉も“自分の言葉”で言えないような人間には、相手の真実なんて見えやしない」

 顔を離して横を向くレイル。一瞬ルークには、レイルの笑いが酷く寂しいものに感じられた。

「確かにアイツの口説き文句、劇のセリフだったな」

「カレンさんの脚本は普通に良いよ。大衆の心を掴む。だから、告白にも使いたがる男が増えるんだ。でもな、そんな万人受けの言葉やシチュエーションに流されるような奴は、どんな状況でも万人の意見に流されるんだ」

 レイルの瞳に鋭さが増す。

「私の今までの“彼氏”達は、みんなロックのことを軽蔑した」

 レイルは言葉を搾り出す。

「万人の言葉に流されて、いわれのない偏見で。『自分の彼女を汚す、堕ちた存在』から引き離そうとした」

 深い憎悪を吐き出すように。

「だから私は」

 舞台を降りながら彼女は続ける。言葉にならず、口元だけで紡がれた言葉。

――一緒に堕ちた存在になる。

 ルークは、舞台に一人取り残される。

「やっぱり俺は、平民だった……っ」

 彼女が出て行った体育館の入り口からは、夕焼け色に染まる光が差し込んでいる。弱い光のため体育館内は、知らない間に薄い闇に包み込まれていた。

 闇の中、ルークの嗚咽が響く。明日の暮らし――自分のことしか考えられない哀れな平民。そして、どこまでも先を見通す友人二人。

 彼女が立ち去った方向に顔を上げ、ルークは強く思う。

 諦めたくても、諦められない。だからこそ、希望に縋っているのではないのかと。

 愛する親友と共に、闇に堕ちると言った彼女。体育館の入り口――彼女の出て行った先は、美しい光に溢れていた。

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