17 親子の時間~権力者~


 夜八時。最終演目であるOB会による花火大会が終了し、ようやくお祭り騒ぎに終わりが見えた。皆が皆、明るい笑顔を振り撒く中、クロードは息子の車椅子を押している。

 小綺麗な赤レンガの敷かれた通学路に、息子の頭は小刻みに揺れる。大型駐車場は高校からは少し遠い。久しぶりの親子の時間を大切にするためにも、二人で駐車場まで歩くことにしたのだ。使い込まれた車椅子がガタガタと鳴る。

「劇のヒロイン役がレイルさんなんだろう? 凄く綺麗な娘さんだな」

 高校生の劇ということで和やかな気持ちで見ていたが、息子の友人が出ている劇だけはレベルが違うように感じられた。

「うん。あと、ルークも最初にちょっと出てた」

 前を向きながら話す息子も、穏やかな声を出している。

「あの体格の良い子か。いつもその三人でミリタリーごっこを?」

「そうだよ。ちょっとした格闘技ならルークもやれる」

「レイルさんは、見てるだけかな?」

「まさか! あいつは率先して銃を撃ってるよ……もちろん、モデルガンだけど」

「確かトレインさんのとこの娘さんだったな」

「そうそう。だから銃の扱いには手慣れてる。実銃も撃てるみたいだから、この前父さんのライフルを褒めてたよ」

 そう言いながら、ロックがクロードを見上げる。一瞬だけ、何かを考えるような沈黙が、親子の間に流れる。

「そうか。見かけに寄らず、強いお嬢さんなんだな」

 大声で笑うクロードに、周りの学生や親達が怪訝な表情をした。父親と同じように笑いながら、息子も前を向いた。その息子の態度に、クロードは小さな違和感を感じた。






 劇の打ち上げをやるらしいクラスメートを無視して、レイルは父親と共に家へ帰った。

「病気の母親のために料理を作らないといけないので」と発言をすれば、担任も納得、父親も感動だ。

 その言葉通り、帰ってからすぐに晩御飯を作り始める。昨日の残り物で炒め物とスープを手早く作り、テーブルに運ぶ。

 リビングとして申し分無い広さの空間に、こじんまりとした当たり障りの無いブラウン系統の家具が並ぶ。例に洩れずブラウンのテーブルに、レイルとトレインは対面するように席に着く。

 リビングの奥――夫婦の寝室がある部屋の扉が開き、顔色の悪い女性が出てきた。トレインの妻で、レイルの母親でもあるヘルガだ。

 美しい赤髪を腰まで伸ばした寝巻姿の妻を、太い腕で抱き止めるトレイン。警察官らしい鍛えられた腕は、長年の仕事により常に日に焼けた色をしており、ヘルガの白く繊細な肌に映える。

 夫婦の愛情を感じ取り、ゆっくりと流れる時間をレイルも楽しむ。レイルにとっての理想の夫婦像である両親に、笑顔で席を薦める。ヘルガも嬉しそうにお礼を言い、夫の隣の席に座った。トレインも慌てて椅子を戻して座り直す。

「レイル。今日は劇のヒロイン、ちゃんと出来た?」

 フワフワと妖精が歌うような母の声。

「ちゃんと出来た。みんなから褒められたよ」

 女らしさの欠片も無い返事を返し、レイルは自分の根本的な部分は、父親似だと再確認する。

「レイルは凄く綺麗だったさ。俺の誇りだ! ビデオも撮ったから、何回も観たい! 仕事場にも持ってくぞ」

 子供のようにはしゃぐ父親に、レイルは溜め息しか出ない。

「あなたったら。今担当している事件は、そんなに気楽じゃないんでしょ?」

 釘を刺すようなヘルガの声に、トレインは拗ねたような表情になる。一瞬彼の視線を、レイルは感じた。

「まぁな。ウェスト通りの連続殺人の捜査が、全く進展しなくてな」

「あの電話のやつ、ね?」

 察しのついたレイルが確認する。

「そうだ。不法滞在の外国人の女性ばかりが殺されてて、犯人は未だ不明。巷では『カルメンの恋人』って言われているらしい」

 レイルの家族全員に言えることだが、おそろしく口が軽い。そして、配慮も足りない。

「手がかりは全く無し?」

 レイルとしては興味はないが、一応聞いておく。犯人の呼び名が気になったからだ。

「まず、被害者の側も犯罪的なことをしているからな。我々、地元警察を信用してくれないんだ。俺としては捜査に人種も何もないと思うんだが、仕方なく援軍を出してもらった。最近までその国に住んでた男でな。生まれはこっちなんだが、見た目や喋り方は向こうと変わらない男だ」

 疑問はすぐに氷解した。

「そのお兄さんなら、前に会ったよ」

「そうなのか? どうして?」

 レイルはトレインに、この前あったことを話す。

「あいつ、初日からパトロールサボりやがって」

 苦い顔をしながら言うトレインを尻目に、レイルは納得し興味を失った。晩御飯も食べ終わったので、母親の薬のためにお湯を沸かしにキッチンに行く。父と娘の会話にも参加していたので、今日は調子も良いのだろう。

 ヘルガは先天的な難病に冒されている。トレインとは恋愛結婚らしいが、あまり外に出ることも出来ない。毎日薬が手放せない彼女を、トレインは神経質な程に心配していた。

 お湯が沸いたので、レイルは洗い終わっていたマグカップに注ぐ。父と母の結婚記念日に、幼き頃のレイルが初めてプレゼントしたマグカップだ。十年経った今でも、母は薬を飲む為の専用として、そのマグカップを大切にしてくれている。

 熱すぎないか確かめながら、母親に手渡す。日焼けを知らないその白い肌は、どこまでも澄んでいて美しい。

「ありがとうレイル」

 細い声で、しかししっかりと礼を言う母親は、やはり調子が良さそうだ。

「母さん、今日は調子良さそう」

 嬉しい出来事に、つい顔が綻ぶ。彼女の表情を見て、ヘルガも満面の笑みを浮かべる。

「そうなのよ。薬が変わってから楽になってね」

 笑顔のままそう続ける母親を見詰めたまま、レイルは自分の顔が引き攣るのを自覚した。母親にはバレないように、そっと父親に視線を投げる。

 トレインはその目線には何も答えず、静かにリビングを出て行った。残された二人に静寂が訪れる。

「シャワーの準備はもう出来てる。私は明日の学校の準備があるから」

 相変わらずニコニコとしている母親に、レイルは短くそう伝え、足早に父親の後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る