14 学園生活の誘い


 豪勢な料理を平らげ、三人で部屋に戻ろうとすると、レイルは使用人の女性に呼び止められた。一瞬銃のことかと身構えるレイルに、彼女は電話の子機を手渡す。そういえば食べ終わる直前に、電話が鳴っていたような気がする。

「お父様からです」

「へっ? 父さんから?」

 今日はこのまま泊まって、週初めの学校にはルークと直接向かうつもりだった。

「もしもし……」

『もしもし、レイルか? 今日はクロードさんのところにお世話になるのか?』

「そうだけど、問題ある?」

『お前らは友達だから問題無いが……良いか、家柄はかなり違う。泊まるなら粗相の無いようにな』

「大丈夫だよ。そんなこと言いに電話?」

 欠伸を噛み殺しながらレイルは答える。

『いや、本題は違う。さっき学校の連絡網が回ってきてな』

「あー、連絡網?」

 今は楽しい日曜日の午後八時。こんなタイミングで回ってくる連絡網なんて、ロクなものではない。

『今度の歓迎会での出し物の劇でのヒロイン、やって欲しいって電話だ』

「は? 出し物?」

『お前、いつも準備サボってるらしいな。やっと台本が出来て、あとは劇のキャストの練習だけらしいぞ』

「ちょっと待って、全然そんなの聞いてな――」

『――俺に聞くな! こっちだってびっくりしてるんだ! 休みの申請もせにゃならんし、ビデオカメラも用意しないと! とにかく、伝えたぞ』

 一人でテンションが上がっている親バカな父に、レイルは怒る元気も出ない。

「……明日クラスメートに聞いてみる」

『あと最後に』

 さっきまで浮かれていた声が、急に下がる。こういう落差があるのは、レイルもよく似ている。

『この頃銃を使った連続殺人が起こっている』

「そんな話、初耳だ」

『ウェスト通り沿いだからな』

 なるほど。ウェスト通りから西は、いわゆる貧困街だ。犯罪なんて当たり前の治安なので、ニュースにすらあまりならない。警察官の父でなければ、正しい情報すら入ってこない場所だ。

『育ちの悪い奴らが、上流階級を襲わないとも限らない。用心しろよ』

「……了解」

 短く応えるレイルに、父であるトレインは満足したようで受話器を置いた。切れた電話に悪態をつきながら、レイルは使用人に受話器を返した。

 すると、また電話が鳴り出した。一瞬父親がまた電話を掛けてきたのかと、レイルは顔を歪めるが、使用人の対応を聞く限り違うようだ。

 今度は傍にいたルークに受話器が渡される。

「もしもし……」

 さっきと同じように会話が進む。レイルと違うのは、出し物の配役がどうということもない脇役だったことと、犯罪の情報が無かったことくらいだ。

「お前ら、学校の行事無視してたのか?」

 受話器を使用人に渡すルークの横で、ロックが申し訳なさそうに呟く。そんな声を出されたら、二人は黙るしかない。

 正直、授業が終わった瞬間に下校していたので、出し物の存在すら知らなかった。おまけにルークに至っては、スポーツ推薦にも関わらず部活に顔も出していない。

「明日行って、サクッと断って来たら問題ねーよ」

 いつもの悪い笑い方をしながらレイルは言った。

「そうそう。明日から練習始まるなら、サクッと終わらせても良いんだしな」

 ルークもロックを安心させるために爽やかに笑う。スポーツマンらしい印象の良い笑顔に、ロックだけでなく使用人まで笑顔になる。

「それもそうだな。僕もレイルのヒロイン姿を観たい」

「おいおい、私はサクッと断るって言って……」

「今度の歓迎会、僕も父さんと一緒に行くよ」

 笑顔のまま、ロックは無邪気にそう続けた。






 ルーク達の通う高校は、セントラル大学の付属である。

 特別推薦からスポーツ特待まで、天才から肉体派まで幅広く集まる高校にはそれだけ客人も多い。特に優秀なOB会からは毎年、教育実習生や特別講師といった数ヶ月に渡る客人が来る。

 そんな“先輩方”を歓迎する名目で、毎年セントラル大学付属高校では文化祭が開催される。歓迎の意味が大きいので、文化祭ではなく歓迎会と称されることが多い。

 期間は一日だけの開催だが、二、三年生が担当する大量の出店だけでも、かなりの見応えがある。地元住人から学校関係者まで幅広く参加する、大規模な開けた行事だった。

 新入生の団結を深めるために、一年生はクラス毎に三十分程度の小演劇を行う。

 今年の歓迎会の目玉は、来週から二週間の間特別講師として来校する、セントラル大学教授のクロードだ。






「そういうことだから、レイルさんにはヒロインをやって欲しいの」

 翌日、レイルはルークと別れ、自分の教室に入った瞬間に、数人のクラスメートの女子達に取り囲まれた。話題は昨日の電話の続きで、劇のヒロイン役をやって欲しいという。

 期待と興奮に瞳を爛々と輝かせる彼女達に、レイルの心も一瞬動く。もともと頼られることが嫌いではない、お調子者な性格だ。

「とりあえず、台本見せてよ?」

 了承の意味の返事に、教室全体から歓声が上がった。歓迎会まで、後一週間。ルークも捕まっているだろう。

「カッコイイ役じゃないと、エスケープしちゃうぜ?」

 面倒くさいが、やってやることにする。






 隣のクラスから地響きのような歓声が聞こえる。理由はさっきこちらのクラスに飛び込んで来た伝令役のクラスメートによりわかった。教室に入ってわかったのは、どうやら劇はレイルのクラスと合同でやるらしい。

「あいつがヒロインねー」

 項垂れるルークに、友人達が声を掛ける。

「おいおいルーク! 何落ち込んでんだよ? 確かに主人公はお前じゃないが、配役くらい仕方ねえだろ?」

「そうだそうだ。今までずっとあの美人独り占めにしてたんだから、行事にくらい貸し出せよ」

「お前らは気楽だよなぁ」

 冷やかしと憧れの混ざった友人達に、ルークは力無く反論。

――自分も、か。

 最後にそう付け加えようとして止めた。クラスメート達は、彼女の本質に気付いていない。

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