13 遭遇者


「しばらくしたら夕食を頼む」

 自室に戻るロックの声に、彼女は一礼して応じる。

 今日は何を作ろうかしら、と呑気なことを考えていたら、心臓に悪いものを発見してしまった。綺麗に掛けられている銃の先端が、少し欠けてしまっている。装飾が不揃いなことで気付いた。あのレイルという女の子の仕業だろうか?







 部屋に入るなりプレイヤーとテレビに電源をつけ、大きな窓とシックなデザインの扉に鍵を掛ける。

 そこまでを一気にやり終え、ロックは身体をベッドに移した。動ける時に、やるべきことはやっておくという彼の判断は正しい。

 ルークとレイルの二人も、持って来た荷物を床に置き、ルークはロックの移動を手伝い、レイルはティーポットから新しい紅茶を注いでいる。

 朝から出しっぱなしのカップに全員分の暖かい紅茶が注がれると、部屋いっぱいにダージリンのほのかな香りが広がった。まだまだ暑い季節だが、暖かい紅茶は三人のお気に入りだ。

 少し三人で落ち着くと、起動を終えたテレビとプレイヤーが静かになった。

 さっそくそこにレイルがディスクを突っ込む。一瞬の砂嵐の後、今日の冒険の記録が映し出される。

 ルークは映像の鮮明さに舌を巻いた。ほぼ自分が見ていた映像と同じだ。

 ロックがベッド脇の棚からメモ用紙を取り出す。レイルが彼の為に、机に放置されていた油性ペンを取り立ち上がる。ロックが書きやすいようにセパレート式の机をベッドに装着し、ペンを手渡す。

 どうやら彼女は、映像には興味がないらしい。最初の数分はじっと映像を見ていたが、すぐに飽きてしまっていた。

「この辺りは飛ばすか?」

 ルークが提案。彼もレイルの反応には同感だったからだ。レイルが無言でリモコンを操作し、映像が一つの場面で止まる。

 彼女の瞬発力はスポーツだけでなく、映像を止める面でも素晴らしい結果をもたらしてくれる。

 画面いっぱいに広がる暗闇から、この映像はまだ地下で録られていたことがわかる。ライトの部分――画面の中央部分だけが、地上と同じ色合いで鮮やかだ。

「これは、なんだろうな?」

 レイルが、リモコンをベッドに叩き付けるようにして投げ捨てた。

 三人の目線の先、一般家庭用にしてはかなり大きい型のテレビ画面には、金髪のあどけない少女が映し出されていた。






 ロックの足元で、リモコンがポフンと音を立てて跳ねる。

 ロックは、自分の脳内が麻痺したような錯覚に襲われた。頼りない手足と同じように、頭まで痺れが走る。極度の興奮と混乱が、自分をそうさせている。

「遺跡探索には、地底人の少女も付き物だよな」

 レイルが半笑いで呟く。彼女自身も、どう反応して良いかわからないといった様子だ。

 映像を見る限り、それは人間だった。

 一瞬だけだが、フワフワとカールした金髪と白い肌が映る。ぶれていてしっかりとはわからないが、愛らしい緑色の瞳に惹き込まれそうになる。

「こんな可愛らしい子が、食人鬼とか?」

「まさか、何かの間違いだろ?」

 SFに影響されたような発言をするレイルに、ルークは反論。しかし、この状況ではルークの意見の方が弱い。

「見た限りでは、人種は違うな」

 ロックは眉間のシワに手をあてながら言った。

「やっぱり地底人?」

「バカ。そっちの人種じゃねえよ。この地方の人間じゃねえってことだ」

 呆けたことを言うルークに、レイルが噛みつき、その表情が一瞬にして固まる。

「どうした?」

 動きまで止まってしまったレイルに、ロックは声を掛ける。

「おいルーク」

 いつもよりトーンを落とした彼女の声に、ルークは息を呑み姿勢を正した。

「ロックにも話した、あの新人警官」

 レイルが続けてヒントを出し、ニヤリと笑う。新人警官と言えば一人しかいない。微妙に訛っていたという方言の男を思い出す。少し癖のある金髪に白い肌だったか。

 しかし――

「あの人、こっちの生まれだから瞳は黒っぽかったぞ?」

 こじつけにしかならないか、と瞳を爛々と輝かせていたレイルも、すぐに項垂れる。自分でも強引だとは思っていたようだ。

「とにかく、もう一度潜ってみないことには解決しそうにないな。この女の子がどこに行ったかも気になる」

「またかよ」

「今度は私も行ってやるよ」

「また、装備揃えなきゃならないのか。バックアップは大変だぜ」

 ロックはそう言いながらも、棚から違うメモ用紙を取り出す。その紙には引き上げ用の小型クレーンに改造した、元が何なのかもわからない機械や、測定器、パソコンを仕入れた相手の連絡先が載っている。

「またその人に頼めるか?」

 レイルが心配そうに尋ねる。

「父とも取り引きしてたようだから大丈夫」

「アジア人だっけ?」

「ジャパニーズじゃないから安いよ」

 中大型機材を扱う商社――と言えば聞こえは良いが、ただの中古品を流しているだけだ――の営業マンの連絡先だ。確かチャイニーズだと聞いている。電話でしか話したことはないが、父親と親交があるようなので、危ない人間ではなさそうだった。

 いろいろな機材を揃えるために、ロックは父親の書斎を探った。古い手帳を引っ張り出し、詳しそうな業者に電話をする。息子だというのは伏せて取り引きした。中古品で良ければ、と格安の料金で手に入れることが出来た。今回も利用させてもらう。

「電話は、飯が終わってからで良いんじゃないか?」

 レイルが提案。余程空腹らしい。

「それもそうだな」

 三人は資料を一通り片付けて、部屋を出る。

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