9 探索開始
翌日。
結局昨日は三人で雑魚寝をし、朝起きたルークは寝起きの一発ギャグ――ロックとレイルの絡み(寸前)を披露されたり、はっ倒したりしながら、仲良く朝食に向かい、豪勢な料理を昨日と同じように平らげ、ルーク達は今に至る。
暗く口を空けた大穴に、完全装備のルークは座っている。足をブラブラさせる余裕まである大穴を、座った姿勢から覗き込むのは少しばかり勇気がいる。
今日からは本格的な地下探検となるため、ルークは普段着の上から“小道具”の沢山入ったベストを着用している。沢山のポケットにはそれぞれ無線機、護身用ナイフ、ライター、懐中電灯、コンパスなどが入っている。
「俺、ナイフなんて持ち歩いたことないから緊張するよ」
「当たり前だバカ野郎」
不器用な手つきで折りたたみナイフを開け閉めしているルークの傍で、レイルが持ち物の最終チェックをしてくれている。その横ではロックが、パソコン画面を険しい顔で睨みながら、車椅子のひじ掛けを小刻みに指先で叩いていた。
かなり古い型のパソコンからは、延長に延長を重ねたコードが二本伸びており、一本は電源の供給の為に豪邸へ、もう一本は地下に開いた穴の中に消えている。
「懐中電灯あるのにライターなんている?」
最後の手荷物――銀色のアンティークなデザインのライターを持って、ルークは疲れた声を上げた。自分の手荷物一つ一つにツッコミを入れながら作業していたのだから自業自得だ。
「僕からのプレゼントがお気に召さないと?」
ロックが首だけこちらに向けて返事をする。
「これプレゼントなの? かなりお高い気がするけど」
プレゼントと聞いてテンションが上がるルークを見て、ロックは優しいが少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「エンジェルってブランドのアンティークものだよ。お前、そういうの好きかなって思って。地下で寂しくなったら……その炎を僕だと思って欲しい」
「ロック……」
「ロックは酸欠の天使だな」
最終的にはニヤニヤした笑いを堪えきれなくなったロックに、律儀に感動するルーク。それをレイルがバッサリと切り捨てる。
その瞬間、小さな電子音が響いた。ロックはすぐさま音源――目の前のパソコンに視線を戻し、静かに告げる。
「測定機、カメラの感度は良好。ルーク! 降りて無線の感度を確認しろ。確認出来次第、探索を開始する」
ルークは頷き、レイルに手伝ってもらいながら、体に手際良く命綱を取り付けて行く。
「危なくなったらこのコードごと引き返せ。一応延長コードは沢山あるから無くなることはないはずだ」
「それとルーク! いくら寂しいからって、ロックのライター使ったら死ぬからな?」
文字通りの命綱――絶対切れないようにと、頑丈な造りの線に測定機へと繋がったコードがぐるぐると絡まっている――を、一度引っ張って確認する。やや潤いの足りないカサカサとした肌触りが不快だ。
ルークは周りを一瞥して心配させないための笑顔を見せると、一人穴の中に飛び込んだ。
「あー、あー……聞こえてるか?」
ルークは、ポケットから取り出した無線機に向かって問い掛ける。暗闇に自ら飛び込み、そのままの勢いで蓋を開いて、“地面の中の床”に着地。正直、怖かったので敢えて確認せずに蓋を開いた。
ほんの少しの滞空時間を経て、しっかりとした地面に足が着いた。一応不安だったので、受け身も取っておく。ザラついた砂が軽く纏わり付く。
起き上がりながら頭につけたヘルメットに手を伸ばし、慎重にライトを点ける。ヘルメットの前方についたそのライトによって、自身の目の前が眩しく照らされる。
そこには木材によって強度を保たれた坑道が広がっており、明らかに人の手が入った痕跡があった。あまりに驚き過ぎて、シンプルに地上へと連絡を取ることしか出来ない。
『聞こえてる。中はどうなってるんだ?』
少しばかりのノイズと共に、ロックの声が無線機から流れる。冷たい空間に、その声はよく響いた。
大人一人が少し屈めばギリギリ歩ける程度の高さだが、逆に横幅は余裕がある空間で、それでもその声はしっかりと聞き取れた。これならわざわざ持たなくても大丈夫か。
「当たり前だけど真っ暗! で、木材で補強した坑道のスタート地点ってとこだ」
両手を空けるために、試しに無線機をベルトを利用して腰からぶら下げてみる。
黒くて無骨、シンプルなデザインのそれは、ファッション性としても悪くないような気がした。古くて使わなくなった父親の無線機を、レイルが拝借してきた骨董品だがなかなかの性能だ。
『なるほど。無線機は問題ないな。次はライトの横についてるカメラを頼む』
「りょーかい」
フリーになった両手で、細かい作業に移る。命綱と一緒に地上から引っ張る形になるコードがプラグに繋がっていることを確認し、カメラの電源をオンにする。これによりルークの視界とほぼ同じ映像が、地上のパソコン画面にも映しだされるはずだ。
『来た来た……けっこう綺麗だな』
レイルの驚いた声が聞こえる。おそらく地上の二人も無線機から手を放しているのだろう。遠くで、近くで、二人の声が聞こえることに、ルークはなんとなく安心する。
「それは俺も思ってた」
『画質が悪いわけじゃなさそうだな』
「ああ……こんなとこで建築の話をするとは思わなかった」
『家業の方はあんまり詳しくないんじゃなかったっけ?』
「これでも生まれてからずっと材木と生活してんだ。木の古さくらいわかる」
『新しいから綺麗なのか?』
「地上とは痛み方が違うだろうが、多分な」
『絵本にはコヅチがあったのは、サムライの時代だと載ってる。けっこう最近なのか?』
『この前テレビで、あの国の人間は皆ニンジャの技が使えるってやってた』
『全員が全員じゃないはずだ』
『カップラーメンはニンジャの食料じゃないのかよ!?』
少し興奮した二人の会話で、無線機の音が僅かに割れる。
「無線機挟んで言い合うなよ。とにかく、進んでみるぞ」
そう言いながらルークは先の見えない暗闇を凝視する。小さなライトの明かりに不安を感じ、思わず後ろを振り返る。
文字通りのスタート地点であるのがわかるのは、ここが木材の壁に被われた袋小路だからだ。元は白かったであろうその壁を見つめ、ルークは自分が不安だけに潰されようとしているのではないことに気付いた。
『早く行こう』
ルークの心を読んだかのように、ロックが静かに先を促す。
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