8 いつもと同じ
それからは上品などとは程遠い晩餐会が進み、デザートまで綺麗に平らげた三人は、自然な流れでロックの部屋に移動した。あまりに自然だったため、ルークとレイルの二人は、仕組まれた部屋割など、一瞬頭から抜けていたぐらいだった。
普段から行き慣れたロックの部屋に入り、二人は知らず知らずに息を呑む。
現実離れした高級感を漂わせたこの部屋は、普段から冷たい異世界のような空気がある。しかし今日はそれ以上に、冷たい何かを感じる。それは目の前のベッドの上に転がる沢山の錠剤のせいだろうか。
まだ服用していないとわかるパッケージに入ったままのそれらが、これから隣にいるロックの中に収まる。そう頭ではわかっていても、ルークにはそれが何かの儀式のような恐ろしいものに感じられた。
「それ、全部飲むのか?」
レイルも後の展開を察したのか、そう恐る恐る問い掛けた。
「ああ」
ロックが短い返事をし、ティーポットからほとんど冷めたお湯をカップに注ぐ。そして手慣れた様子で薬を飲み終える。
ゴクリと、音を立てながら動く喉の動きすら冷たく、神妙な顔つきが不思議と男らしさを引き立てる。病魔に冒されても尚、力を失わない瞳がルーク達を捉えた。
「さっきの食事で確信した。僕は、お前らに隠し事はしない。“いつもと同じよう”に“昔と変わらないよう”に、今夜は一緒にいたいんだ」
暫しの沈黙。真剣な雰囲気。
「……お前がモテる理由がわかった」
ルークが気の抜けた声を出したせいか、場の空気が幾分柔らかくなった。
「今夜は作戦会議だけか?」
レイルが妖艶に微笑み、問い掛ける。
「……それだけじゃ不満なら、相手してやっても良いぜ?」
「ロック、お前は!」
「下半身は相変わらず痺れて麻痺ってるが、あっちがどうかは試したことない」
おちゃらけた様子で自身の股間に触れる仕種をするロックに、レイルは大笑いし、ルークは顔に熱が集まるのを自覚した。
「あの女好きのロックが、まさか不能になってるとはね」
レイルがニヤつきながらロックを見やる。
「まさかの、だ。残念ながら半年はセルフサービスもやれてない」
イヤらしい挑発めいた視線を受け止め、ロックは真顔で返す。自分で処理することが余程カンに障るのか、少しシニカルな表現をしている。
「男としてどうなんだよ、ルークさん?」
「まずその質問が女としてどうなのか問い返したいな」
「童貞の楽しみだよなルーク?」
「うるせぇ!俺に相手いねえのわかってるだろ!?」
「叫ぶな。悪かったよ」
謝りながらも反省の色が全く見えないロックを軽く睨んでやりながら、ルークはレイルに視線を戻す。彼女からの問い掛けに答えるか言い淀んでいると、彼女の口が動いた。
「ついに、明日か……」
もう既に先程の問い掛けには興味が無くなっているようで、物思いに耽るその表情は、まるで悲しみを湛えた妖精のようだ。
紅一点に男二人の意識が捕われる。気分屋で、自由とスリルを好む猫のような同級生。
ルークとロックはお互いに、レイルに惹かれているのはわかっていた。しかしそれを口に出したことはない。恋愛感情以上に、今の関係は大事にしたい物で、それはきっと、レイルもそう思っていることだろう。
美しいものを見る人間の表情は、誰でも似たようなものだ。レイルの視線がこちらに戻る。
優しくも攻撃的――危険な光を宿した瞳が、明日の目標を捉える。書斎のホワイトボードを簡略化して記した紙の地図が、ベッド横のサイドテーブルの上に広げられていた。
そんな彼女を眺めてルークは、明日への興奮がもう一度自分の中で燃え上がるのを感じた。友二人のためならば、自分はどんなことでも出来るだろう。
もう一人の友人に決意を伝えるため――自分達の間に、言葉はいらないと自負している――目に力を込めてロックを見ると、彼は思い詰めた表情で地図を見つめていた。その表情で彼の考えを悟り、ルークは自分一人だけが明るい未来を考えていたことを恥じた。
「名声のためではなく、ただ彼のためだけに働くことは、どんな未来よりも暖かい」
レイルが小さく囁く。地図を見ていた視線はいつの間にかルークを見ており、何かの小説を引用するかのように言葉を紡ぐ。それはルークを落ち着かせた。
「えらくカッコイイ台詞だと思ったら、ゲームの引用かよ」
ロックが呆れたように呟く。まさか自分が海外から仕入れて来たゲームから引用されるとは思ってなかったようで、少しばかり口元がひくついている。笑いを堪える彼を横目に、ルークは先程の自分の感情の変化を理解した。
古代遺跡に願いを叶える石を探しに行くストーリー。先程の台詞は考古学者を護る元軍人の台詞だ。
「そのゲームの通りだったら……」
ルークは、自分に言い聞かせるために続ける。
「俺達は望んだものを手に入れられる」
彼らは最後には、その石を見つける。
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