7 いつもと違う


 自室として与えられた部屋で、ルークはぼんやりとベッドで横になる。先程までロックの部屋で集まっていたが、夕食の時間まで荷物の整理も兼ねて、各自部屋に戻ることになった。

 部屋の隅――シンプルだが高価そうなデザインの家具が並んでおり、自分の本来の部屋より遥かに広い――に放り出した通学用の鞄からは、今日の寝巻きが飛び出していた。

「あー……」

 意味も無く唸る。ルークは自分の考えの甘さに腹が立っていた。どうせ三人で雑魚寝だろうと考えていたのに、一部屋与えられるなんて。

 正直、期待していなかったと言えば嘘になる。久しぶりに三人集まって――どれだけ成長しても、親友同士、性別なんて関係無いと考えていた。病魔なんて、もっと関係無いと考えていた。

 しかし、自分の考えはどうやら間違っていたらしい。異様に膨らんでいるのが自分でもよくわかる鞄を眺めながら、ルークは瞳を閉じた。






 自室として与えられた部屋を見渡し、レイルは溜め息をついた。

 親友同士、自分を“そういう意味での異性”だとは思われていないと思っていた。今日もどうせ、三人で雑魚寝だろうと考えていたのに。

 思った以上に深刻な彼の対応に、レイルは思わず壁に通学用鞄を投げつけた。他人様の部屋だが、今は自分の気持ちに折り合いをつける方が先決だ。

 鞄は投げつけた拍子にボタン式の口が開き、中の物を散乱させながら床に落ちる。今日の寝巻きにシャワーセット、それから――

 ふとそれに目をやり、自分の考えの浅はかさに自分で自分を殴りたくなった。

 レイルに与えられた部屋は、ロックの自室から二部屋挟んだ場所にあった。ルークの部屋はレイルの真向かいなので、“騒音”対策はばっちりのハズだ。

 プライドの高い彼らしい。こんな状態でも相手の考えていることがわかる。そんな自分には苦笑いしか出ない。






 二人をそれぞれ部屋に戻るように促し、ロックはベッドの横の棚をまさぐる。そこから数種類の錠剤を取り出し、ティータイムでいつも使うポットから少し温くなったお湯をカップに注ぎ、流し込むようにして飲み込む。

 一日に何回も飲むこの薬だが、深夜はかなり効き目が悪かった。薬のおかげで会話を楽しむぐらいなら多少痺れても問題は無い。足も車椅子に慣れた今では問題無い。

 だが、眠る時は別だ。著しく効きの悪くなる薬の影響で、朝まで眠れず、全身が痺れる異様な不快感にうなされる。

 こんな状態なのだ。昔のように三人で雑魚寝は難しい。

 この頃は出張などの影響で、あまり家に帰ってこない両親に代わり面倒を見てくれている使用人を説得するのにも、かなり無理を通した。

 その結果が『声が聞こえない距離の部屋になら、泊めることを許可する』ということなのだが、この決定にはロックも助かった。

 自分の夜の状態は、親友二人には知られたくなかった。優しい二人を更に縛ってしまうように感じたからだ。可能性の無い夢物語に縋ることに、友人をこれ以上は巻き込みたくなかった。

 これを最後の悪ふざけにしよう。ロックはそう決意し、静かに食事の準備が終わるのを待った。






 学校と興奮のせいで疲れていたのか、ルークはベッドの上から飛び起きた。知らない間に眠っていてわからなかったが、柔らかいベッドの弾力が心地好い。

 おそらく客室として使われているであろう空間をもう一度見渡し、ロックの苦痛を想像し頭を抱える。

 レイルからこの話を持ち掛けられた時は、悪い冗談だと思って聞いていた。わざわざあんな時間――建築業を営む両親が寝入った時間を狙って電話を掛けて来た時点で、かなり真剣な話題であることはわかったが、それでもルークには信じがたい話だった。しかも証明する方法は、掘るしかないというのだ。

 ホワイトボードの図面は、書斎には家族以外の立ち入りを禁止されているため見れないらしい。図面を見たとしても、建築についての知識はあまり無い自分では、到底理解出来ないだろうが。

 その翌日、半信半疑でロック宅を訪れたルークだったが、二人の本気さが伝わり、自分の全身がゾクゾクと冷えるのを確かに感じた。

 それはきっと、武者震いというものだろう。

 ロックは既に簡易的な機材――測定機や照明用ライト、ヘルメットやそれに取り付けるタイプのカメラや受信用の古い型のパソコンなど――を集めている最中で、次の日の夜には全て揃うと言っていた。

 レイルはいつもと同じような身なりだったが、その手には無線機らしきものが握られており、その表情からは興奮がこちらにも伝わってきた。

 数週間前のことが、昨日のことのように思い出せる。期待と興奮を原動力にして掘り進んだ毎日が、明日は探検になるのだ。

 ソワソワと落ち着かなくなって来た自分を制し、ルークは壁に掛かったシックなデザインの時計に目をやる。そろそろ夕食の時間だろう。呼ばれる前に行くのが礼儀か、と立ち上がり、重たい部屋のドアを押し開けた。






 ピカピカと輝くシャンデリアが、夕食の空間を照らしていた。世界に二つとないオーダーメイドの光は、広い吹き抜けとなっている天井を、まるで星空と錯覚させるかのように煌めいている。

 テレビでしか見たことのない長いテーブルに全員が着席すると、使用人が自身の力作を順番にテーブルに運んで来た。今日はロックの両親はいないので、三人だけの晩餐会だ。

 目の前に並ぶ料理の長ったらしい名前を聞きながら、ルークは欠伸をかみ殺した。この使用人はシェフ兼配膳係のようで、三人が食べ終わってから自分は庭師と食べるらしい。

 普段では絶対に食べられないような豪華な食事だが、テーブルマナーがよくわからないルークはなかなか食が進まない。隣のレイルを盗み見ると、彼女にしては珍しく上品に、しかしスピーディに食べている。

 どうやらこの秋野菜をあしらった前菜では、ほんの少しも空腹が紛れないようだ。それは自分も同じなのだが、緊張で手が震えてそれどころではない。

 ふと前を見ると、ロックがニヤつきながらこちらを見ている。手つきこそ上品に――薬が効いて震えは止まっていた――食事を楽しんでいるが、その表情はどこかの品の無い悪ガキと変わらない。

「緊張しなくて良いから、普段通り食べろよ」

 ロックがそう笑顔で言い、自ら手に持っていた焼きたてのパンにかぶりついた。もちろん品の悪い行為で、使用人の女性は引き攣った笑みを浮かべた。

 そんな彼女を無視してロックは、口いっぱいに頬張ったままルークに食を勧める。

「料理は暖かいうちじゃないと、マズイからさ」

 ようやく口の中の物を飲み込み、笑いながら言う。そんな彼を見ていると、緊張していた自分に笑えてくる。レイルも同じようにパンにかぶりつき、普段通りの笑顔になった。使用人の女性も困ったような、しかし安堵のような表情を浮かべ、次の料理を運ぶために厨房に消えた。

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