5 信じたい心


 詳しく話をする間、レイルはたまに相槌を打つのみで、意見を挟むようなことはしなかった。

「こういうことなんだが……誰かいるのか?」

 沈黙ばかりの彼女に、不安になって問い掛ける。

 あまり仲間内以外には知られたくなかった。レイルの家の間取りを思い出す。

 子機などがない彼女の家は、電話は確かリビングに設置されていたはずだ。最後に彼女の家に行った日を思い出し、ロックは目を細めた。

「今日は、父さんはまだ仕事で帰ってなくて、母さんはシャワー浴びてるよ」

 レイルの返答に慌てて意識を現実に戻し、悟られないように気をつける。

「今、犯しに行くタイミングだよな」

「どっちをだよ? 体調治すまで我慢だな」

 レイルからは軽く冗談で返ってきたので、動揺は伝わっていないようだ。

「なら良いんだ。とにかく、どう思う?」

「どうって……聞いただけじゃ夢物語だ」

 そこでしばしの沈黙。

「藁にも縋りたいのはわかる。私だって探してやりたい。ロック……何か他に引っ掛かることがあるんじゃないか?」

 さすがはレイルだ。ロックの心境を理解している。

 しかし――

「確かに、僕はどこかに引っ掛かっている。でもそれが何なのかわからないんだ」

 本当に、わからないのだ。このホワイトボードの何かに引っ掛かっているのはわかっているのに。広い図面に左右――東と西の記号の下に、女をあしらったようなマーク。

「左右に女……ロック! その地図の尺度って、この街の広さくらいか?」

 レイルが突然何かを閃いたように声を上げた。その声量にロックは受話器を耳から離しながらも、ボードの端に目を走らせる。

 一般的な地図の倍率を考える。

「確かにそれくらいだが、それがどうした?」

「結論から言うなら、その遺跡はお前の家の真下から、ウェスト通りまで続いてるんじゃないか?」

「は? まさか……なんでそう思う?」

 ロックはまるで、タチの悪い冗談を聞いている気分だった。疑問は山積みだ。

「先週、高校初めての地理の授業で、この街の広さを改めて教わった」

 レイルの説明では、ホワイトボードの図の尺度から考えると、この街のイースト通りからウェスト通りの距離がピッタリ一致するらしい。

「こじつけじゃないか。だいたい、目印も無い、距離感だけが一緒でピッタリなんて言うのなら、世界中どこだって一致しちまう」

「目印ならあるだろ?」

「……この二つの女のマークか?」

「ああ」

「まさかこの街が誇る二大美女なんてのがこの地点に住んでる、なんて言ったら殺すぞ?」

「生きてはないが、美女だぜ」

 冗談混じりに軽口を叩くロックに、レイルは曖昧にだが肯定し、続ける。

「さて問題。東の女は正確にはイースト通りではなくお前ん家だ。お前の家の美女と言ったら?」

 レイルの軽妙な出題に、ロックは頭を抱える。生きてはいないというヒントの時点で、この家の人間ではないようだ。しかしレイルが知っているということは、もうすでに亡くなった祖母などでもないらしい。

 生きていない――無機質?

「……庭の女神像を言ってるのか?」

 搾り出した答えだが、確証はない。

「正解だぜロック! さすがだな」

「正解は嬉しいが、ウェスト通りの方はどうするんだ?」

 ロックが知る限り、向こうには女神像はなかったはずだ。確か、大きな天使の像があったはずだが、それにしては翼が大き過ぎる。

「あの火事があった博物館の前! あそこに像があるだろ?」

 どうやらレイルは、ロックと同じ像のことを考えているようだ。それなら――

「ロックは知らないだろうな。あの像、三ヶ月ほど前に工事用の車が衝突して、翼がごっそりもげちまったんだ。当時はちょっとした話題だったけど、今では全然話に上がらないから、海外ばっかり行ってる親父さんが知らないはずだよ」

 繋がってしまった。ロックは先程までの興奮が、冷たいものに変わっていることに気が付いた。

 自分が正しいなんて思えない。しかし、ロックの中のスリルを求める感情が、既にスタートの合図を求めている。

「なぁ、レイル……」

 自分でも怖いほど、震える声が出た。

「わかってるよ。ルークには連絡しといてやるから、明日から始めよう」

 ロックよりは落ち着いた声音でそう言い、レイルは静かに電話を切った。






 本日は午後から晴れて、夜まで雲一つない天気だとラジオが告げる。夏に別れを告げ切れていない気温の中、ルークは一人スコップを持つ手を動かす。

「なんでも願いを叶えるコヅチね……ところでコヅチってなんだ?」

 一人だけ汗を噴出させながら、肉体労働の愚痴の代わりに質問を吐き出す。テラスの横の地面をひたすら掘り返す作業など、病人や女の子にはさせられない。

「構成物質まではわからないが、魔力を宿したオカルト的な物だろうな」

 テラスで資料に目を通しながら、レイルに翻訳しながら説明していたロックが、こちらに振り返りながら答える。

「なんだよ、ワイズストーンみたいなもんか?」

「それはアルケミストだろ」

 ゲームで得た知識からくるルークの発言を、即座に訂正するレイル。

「でも地下にあるなら、ストーンの方がしっくりくるな」

 ロックはそんなやり取りを眺めながら、一人呟いた。人一人の掘るスピードなど、たかが知れている。

 しかし大型重機など、ロックに用意は出来なかった。今だって、親には「ミリタリーごっこをするための塹壕を掘っている」ことになっている。そのおかげで小型の測定機やカメラを買う口実が出来たのだが。

 昨日の大発見から、さっそく掘り始めた三人だったが、長期戦になることは自覚していた。

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