4 遠き島国の伝承
三人は穴を掘っていた。それは高校に入学する以前から。
長期休暇ど真ん中、ロックがこちらに帰って来て一週間が経った頃。半年以上のブランクなど感じさせない勢いで集まっていた時だ。いつものように昼前にはロックの部屋に集合し、簡単なスナックや飲み物でお腹を満たしながら喋り続ける。
この頃の話題の中心はもっぱら、ロックが治療のために向かった海外の話ばかりで、その日もロックの土産話で盛り上がっていた。
「そのジャパニーズサムライの考えはどうだったんだよ?」
ルークが半笑いでロックに質問する。この問い掛けはロックにではなく、父親への問いだ。そしてこの空間にその父親はいないので、代わりにロックが答えることになる。
「サムライタマシイ……まぁ、騎士道精神みたいなもんらしい……が気に入ったみたいでね。昔話や伝説みたいなのを沢山資料として貰ってきたみたいだ」
ロックの父親――クロードは大学で民俗学の教授をしている。もともと好奇心が旺盛で、沢山の国を旅したことがある彼は、一人息子の治療の間にも、自身の研究の資料集めに余念はなかったようだ。
特に最後に立ち寄った小さな島国にはいたく感動した様子で、沢山の研究資料――紙媒体や電子データだけでなく、ゲームソフト関係のものまであった――を持ち帰れるだけ持ち帰って来たのだ。今は書斎で仕分け作業が行われるのを待つ状態の、文字通り山積みの資料の中から、ベッドの側に立て掛けているカレンダーを救出してきたとロックは続けた。
「つまり、お前も気に入ってると?」
「まぁ、そういうことだな」
ルークがそう言って笑うので、ロックも嬉しくなって笑顔を返した。
「なぁなぁロック。これってなんて書いてあるんだ? ジャパニーズの言語は見た目からして難しいぜ」
レイルがカレンダーの日付欄の上を指差しながら言う。
「色でわかんねぇ? それはカンジって言う向こうの言語で、曜日を書いてあるんだ」
「ふーん。まぁ、なんとなくなら雰囲気でわかるかな」
「レイルすげえな。俺、こんなカクカクした文字見てもよくわかんねえよ。ロックはけっこう、この言葉わかるようになったのか?」
「簡単なヒラガナやカタカナならわかるかな。カンジは辞書がねぇと……確か父さんの書斎に簡単な昔話があったはずだから、明日読んでやるよ」
そう言いながらロックは目を細める。カレンダーを眺めるレイルの横で、険しい顔をするルーク。昔と何も変わらない空気。
それだけでロックは、自分が海外まで出向いた甲斐があると思う。何もすることがないベッドの上で、ひたすらに海外の言語を勉強するのもこのためだ。
例え自分の病気が治らなくても、以前のように遊べなくても、それでも二人が笑っているならそれで良いと思っていた。
その日、転機は訪れる。
次の日、少し早めに集まった三人は、荷物を部屋に置いて早々に庭に向かった。
三人とも普段と変わらない出で立ち――パーカーとチノパンという簡単な組み合わせで固めたルークに、薄手のサマーニットにタンクトップを組み合わせ、ホットパンツとその下にレギンスを穿いたレイル、シャツにスウェットという寝巻きに近い状態であるロック――だが、ルークとロックの手にはそれぞれ、大きなのスコップと資料の束が握られていた。
昨日の夜、二人が帰ってからロックは、宣言通り父親の書斎から昔話――平仮名ばかりの絵本を引っ張り出してきた。車椅子の生活にもすっかり慣れ、今では自分の身体の一部のように使うことが出来る。
父一人の部屋にしてはとても広いスペースが確保されたこの部屋は、それでも数多い資料のせいで生活スペースはほとんどなかった。使用人には入室は許可していないので、そこかしこに埃が転がっている。自分の部屋にはあまり几帳面ではない――プライバシーという面でも、クロードは家族を信頼していた――性格がよく出ている。
ロックは、資料の束を押しやりながら部屋の奥へ向かう。天井まで伸びる大きな本棚の足元に、雪崩のようにして目的の資料の束は置かれていた。本棚の横のホワイトボードには、どこかの遺跡らしい見取り図のようなものが書かれている。
一瞬図面に気を取られたがもう夜も遅いこともあり、ロックは自分の捜し物に集中する。車椅子だと踏ん張りがききにくいのが欠点だが、その絵本は資料の山の一番上に置いてあったので、ロック一人でも取ることが出来た。
両親はその日は外出しており、静かな邸宅の中ロックは、自室でひたすらに物語を読み耽る。時たま使用人達が見回る足音を聞きながら、ロックは自分の動悸が荒くなっていることに気付いた。
はじめは二人に教えるために翻訳していただけだったが、どんどん物語に引き込まれる。
それは、何でも願いの叶うコヅチというものが出てくる物語だった。とても小さいナイトがプリンセスと結婚するために、身体を大きくしてもらったり、財宝を出したりしている。
ロックは唐突に、自分の興奮の理由に気付いた。ロックにはコヅチというものがどういうものかはわからない。しかしこの絵本にあるコヅチの形は、さっき父親の書斎のホワイトボードにあった気がする。
――父さんはジャパンでこれを探したのか?
憶測でしかないが、自分の父親ならそれくらいしそうな気もする。息子の病気で藁にも縋りたい心境なのだ。昔話だとしても求めてしまう気持ちはわかる。今のロックも同じ気持ちなのだから。
これはもう一度見に行くしかない。好奇心旺盛な父と同じく、ロックにもロマンを求める血は受け継がれていた。
見回りの使用人を上手くかわしながら――夕食後は体調のためにも安静を義務付けられていたが、今日ばかりは大量のアドレナリンのせいか、痛覚まで麻痺しているかのようだった。
難無く父の書斎に戻ることが出来たロックは、食い入るようにホワイトボードを凝視する。おそらく海外だと思われる遺跡の見取り図に、小さな文字が沢山走り書きのように付け加えられている。
遺跡は尺度を見る限り大規模なもののようで、入口らしき記号が二カ所確認出来る。
「東と西……か」
端と端に入口がある独特の造りに首を傾げながら、しかしロックの目線は一点に集中した。西の入口の近く、奥まった広いスペースにコヅチのマークが描かれていたのだ。酷く簡潔な記号のようなマークに、ロックはそれが父親が書いたものだと確信する。
どうやら父は、まだこの遺跡を諦めてはいないらしい。何故なら彼は今、海外に出張しているからだ。その島国で手に入れた、多機能ガラパゴス携帯電話が書斎に無いのがその証拠だ。
とにかくこのことを誰かに話したかった。書斎に備え付けられている電話を持ってダイヤルを回す。
中学時代からの親友以上のダイヤルだ。完全に記憶している。
「うぃーっす。ロック。どうした?」
電話番号を通知していたため、数コールでレイル本人が出てくれた。ロックがレイルに一番に掛けたのには訳がある。
確証の無い夢物語だ。仮に探すということになった場合、おそらく一番負担が掛かるのはルークになる。
優しい彼のことだ。ロックやレイルには内緒で学校など放り出して探しに行くだろう。普段は迷信など信じないが、人のことが関わると話は別。ルークとは、そういう人間なのだ。
対してレイルは、なかなかのリアリストだ。今回もロックのロマン溢れる話を、根本から突き崩してくれるに違いない。
「レイル、今父さんの書斎で昼に言ってた絵本を探してたんだが……」
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