3 親友
「その警官、きっと配属されたばかりの新人だな」
使用人の若い女性が煎れて来たレモンティーを優雅な動作で一口含みながら、ロックは楽しそうに笑った。
ルークとレイルの到着が遅いことを少し心配していた彼だったが、遅刻の理由を交互に説明する二人の勢い――悪口が主であったが――に笑う姿には、療養しなければならないという事実すらも忘れてしまいそうになる。
健康的な褐色の肌に、明るい茶髪。今はもう閉じかけてはいるが、耳には多数のピアスの痕まである。端正な顔のパーツからは年齢以上の色気が垂れ流されており、彼の笑顔は同性のルークから見ても充分に魅力的だった。
「今日も調子良さそうだな」
一通り説明し終わったルークが、安心したようにロックに声をかける。それは本心からの――心配と嬉しさから出た言葉だった。本来ヴィジュアルに優れた同性は嫌い――ただのヒガミである――なルークだが、彼だけは特別だ。
「それ、百四十二回目」
白で統一されたシンプルだが高級感の漂うベッドと、隣の小棚の上のカレンダー――ジャパン製のコンピュータゲームのイラストが入っている――に、軽く目を通しながらロックは答えた。
中学校からの親友であるロックは、去年の春に突然の病魔に襲われた。
成績優秀、スポーツ万能のロックは、推薦により二人と同じ高校の特進クラスに入学が決まっていたが、入学式から二週間が経つ今も、まだ学校に行ける状態ではなかった。
中学時代はその能力と見た目、また“自称”フェミニストな性格で女遊びが絶えなかった。そんな彼が、手足が痺れて動けなくなるという謎の症状を訴えたのは、去年の春休みの終わり頃だった。
有名大学の教授を勤める父と地質学者の母を持つロックは、正真正銘のお坊ちゃまである。一人息子を心配して彼の両親は、地域内だけでなく海外にも息子を連れて検査を受けに飛び回ったが、息子の病名は判明せず、それどころか痺れが一定の周期で襲ってくるため、ついには集団生活――つまり学校生活である――が送れなくなってしまった。
それまで当然のように集まっていた三人は、自然な流れで放課後や休みの日は、ロックの家で過ごすようになった。
二人はほとんどベッドから出られないロックに、沢山のことを話して聞かせた。学校であったことや地域のニュースの話題が大半だったが、ロックは目を輝かせて話に聞き惚れた。またロックも、二人が普段読まないような文献――両親に書斎の本を借りているようだ――を簡潔にまとめて聞かせたりしていた。
「いくら新人でも、警官が見物に来るとはね」
「仕方ないよ。こんなに立派な住宅街なんて、なかなか無いんだし。初めて来た奴ってけっこう見物来るしさ……あいつらみたいに」
「まぁな、確か生まれはこっちみたいなことを言ってたけど、まだここが開拓されて十年後半らしいからな」
ロックが一般から外れた価値観なのは仕方がない。自分が住んでいるこの“高級”住宅街を、何故他人が見に来るのか本気で理解出来ないようだ。
「そんなに見たいなら、声を掛けてくれれば庭のテラスまで案内するのに」
ロックが残念そうに溜め息をつく。原因不明の病魔の正体を突き止めるため、彼は両親と共に世界各国を半年以上巡り歩いた。しかし状況は良くなるどころか、彼は手足の痺れによりベッドから動けなくなる。昼間は手の痺れがマシになるようだが、それでもやみくもな病院巡りを続けるには限界があった。
今は両親と共に住んでいたこの家に戻って来たが、自分の部屋での療養ばかりで、たまの散歩が車椅子を使って庭のテラスでティータイムを楽しむだけの生活に、彼は退屈していた。もとより社交的で人を好むタイプの人間なので尚更だった。
「この際、女の子なんて贅沢は言わないよ。警官でも男の同級生でもなんでも良いから、会話を楽しみたい」
親友らと三人でいるこの時間には、何の不満もないだろう。しかしそれでも、人は新しい出会いを求めてしまうものだ。閉塞するばかりの彼の状態を察して、二人は掛ける言葉が見付からない。
二人もまた、ロックの快復が一番の願いだった。だからこそ、お互い何も言わずとも放課後はこの家に急行し、高校で出来た友人ともまだ学外で遊んだことはない。それよりも優先するものがあるからだ。
「そういえば、この前の同級生共、ちゃんと誤魔化せたのか? 『あのクソ金持ちに、金が掘り出せるって嘘でただ働きさせられてる』なんて、言われてるんじゃないだろうな?」
しばらく沈黙が続き、場をしんみりさせてしまったことを感じてか、ロックが明るい声をあげる。わざと自虐的な台詞で笑いを誘おうとしているようだ。『クソ金持ち』とは、ルーク達のクラスでのロックの呼び名だ。
明るく派手好きで女好きなロックは、浮くことはあれど万人に好かれるタイプではない。特に同性からは敵意を持たれても仕方がない条件が揃っている。時に破天荒とも取れる言動や女性を巡ってのトラブルは、中学の段階で大人顔負けの憶測が飛び交っていた。
彼の一番近くにいたレイルやルークは、その火消しによく奔走したものだ。本人達からすればそれは充分おふざけの範囲――よく略奪愛をかまして修羅場になった程度――だったのだが、周りのクラスメートからすれば違って見えていたようで、二人は召し使いかそれ以下のように見えていたらしい。
「安心しろ。最近は俺の穴掘りも浸透してきた」
「私のクラスじゃ『ルークは、私への婚約指輪を穴に落としたから探してる』ってことになってるぜ?」
「それは良い。ところで最近の僕の呼び名は?」
レイルの発言に顔に熱を感じるルークをよそに、ロックは涼しい顔でニヤリと笑う。
「最近は学校来てない理由が、性病拗らせてるとか言われてるかな」
「風邪みたいに言うなよ」
「性病はうつされたことはないよ。ちゃんと避妊具使ってるのに心外だな」
「ハイスクールの噂話なんてそんなもんだよ。みんな、エロい話が大好きさ」
「女のお前が言うなよな」
「黙れよ童貞。僕の代わりに伝説を繋げてくれ」
ロックが軽い口調で話すのは、彼の中学時代の伝説だ。
「おいおいロック、ルークなんかじゃ千人切りは出来ないよ」
心底呆れたように言うレイルに、いろいろな意味で顔の熱が増すルーク。
「だ、誰がっ、そんな伝説受け継ぐかよ!」
大声を出しながら憤慨するルークに、後の二人も大声で笑った。
「俺は! お前のために続けてるんだ……だからお前は、しっかり治して……その伝説は自分で達成してくれ!」
――たとえ、夢物語だとしても……
最初は照れていたルークだが、最後には真剣そのものになっていた。その視線をしっかりと受け止め、ロックも真剣な表情で頷いた。
お互いに声に出さなくてもわかる。確かな友情のためにルーク達は行動して、ロックもそれに応えたいと切に望んでいた。
だから――
三人は庭に移動し、各々の準備に取り掛かった。
レイルがロックの乗った車椅子を押してくるのを待っている間に、ルークは庭の右奥のスペース――入り口からは綺麗な花壇により死角になっている場所――に向かう。
そこには、豪邸の庭には似つかわしくない簡素な作りの小さな白いコンテナがあり、ルークは慣れた手つきでそこからモニターやパソコン、計器類を取り出す。この仕事は体力に自信のあるルークの仕事だ。中学まではラグビーで鍛えていたため、小型の計器類などは軽々と持ち上げることが出来る。
「今週は雨がないから助かるな」
機材を所定の位置に運び込みながら、ルークは遅れて来た二人に声を掛ける。
「天気予報を見ても、しばらくは降らないみたいだよ」
「先週は大変だったからな。まさかホースとこのテラスが役立つとは思わなかった」
ロックが先週の雨による大惨事を思い出し、うんざりしたような顔をしながら言った。機材を揃え、真っ白なテラスに集まった三人は、静かに目の前の地面を見詰める。
三人の前には、人一人がようやく入れる大きさの穴がポッカリと開いていた。
誰一人、声を出そうとしない三人を、テラスの横に設置された像――古い神話に登場する女神をあしらった石像だ――が、静かな笑みを湛えながら見下ろしていた。
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